多重人格な恋人を優しく包み込み大きく受け入れるだけの物語

ALC

第1話多重人格な恋人

僕の恋人は多重人格である。

自分でも信じられない。

でも確かに彼女はまるで別人になってしまったようだ。

幸い僕を好いてくれているということだけはどの人格にも共通だった。

初めて知った恋人の内面や知らない顔。

僕はこれから受け入れていけるのだろうか。

考え方を変えてみよう。

多重人格の恋人ということは、日によって違う恋人とデートしているようなものではないか?

もう少し柔軟に思考を回転させるべきだ。

前向きに物事を捉えていこう。

また明日に続く…。

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恋人が多重人格と知ったのは彼女が就職して一年が経過してからだった。

一つ年上の恋人である笹原舞ささはらまいが僕よりも先に就職をして仕事に追われるようになって一年が経過した時のことだ。

舞は急に仕事を辞めると言い出して無職になる。

代わるように僕が職に就くと一人暮らしを始めた。

舞は転がり込むように僕の家へとやってくると不意に意味深な言葉を口にしたことが事の始まりだった。

「もしかしたら…明日の私は私じゃないかも…」

その意味の分からない言葉に僕は何かの冗談だと思って軽く笑うだけだった。

セミダブルのベッドで眠ると二人の夜は明けていく。

アラームの音で目を覚ました僕は隣りにいるであろう舞を起こさないように静かに布団を出る。

暗い室内で目を細めると舞は既に起きているようだった。

ベッドに舞の姿は存在せず、僕はキッチンの方へと向けて歩き出した。

「おはよう。御飯作ってるから」

「………」

この時点で僕は昨夜の言葉の意味を少なからず理解していた。

何故なら舞は料理が苦手で学生時代から一度も僕に手料理を振る舞ったことなど無かったからだ。

「舞って…料理できたんだ?」

女性に対して失礼に思える言葉を口にしている実感はある。

何度も言うようで申し訳ないのだが、それぐらい舞は一度たりとも僕に手料理を振る舞ったことがないのだ。

キッチンに立つ姿など見たこともない。

そんな彼女が今は慣れた手付きで料理をしている。

それが不思議でならないのだ。

「んん〜。昨日の私が言ったと思うけど。今日の私は昨日の私じゃないから。分かる?」

いつもよりはっきりと物を言う舞に軽い動揺を感じて口を噤んでいた。

士道しどうには言えてなかったけど。元の人格は今…心の中で引きこもっているんだ」

「え…?元の人格?どういうこと?誂ってる?」

「いやいや。心が何個にも分裂してしまったんだよ。ショックなことがあってさ」

「多重人格になったってこと?」

「そう。一つの人格では受け止めることの出来ない事が起きたんだよ。だから元の人格は沢山の私を作って心の中に引きこもった。そういうこと」

「………」

わけが分からずに僕は思考だけを回転させることに集中している。

けれど目の前の光景を見れば舞が僕を誂っているわけではないことに気付ける。

それを理解できると舞に重要なことを尋ねた。

「ショックなことって何?僕に言えること?」

僕の問に今日の舞は首を左右に振るだけだった。

「もうすぐ出来るから。仕事の支度しなよ」

「うん…」

どうにか今の舞を受け入れるとすぐに洗面所に向かった。

顔を洗って歯を磨き、髭を剃ってから髪型を整える。

再びキッチンを通って部屋に戻ると舞は朝食をテーブルに運び終えていた。

「早く食べよ」

舞にせっつかれて床に座ると手早く朝食に手を付けた。

「美味しいね…」

思わず漏れた言葉に舞は苦笑して応える。

「まぁね。明日の私がどうなるか分からないけど…今日の私を楽しんでよ」

それに頷くと素早く朝食を終えて鞄を持って玄関へと向かう。

「いってらっしゃい。言い忘れる前に言っておくね」

舞はそんな前置きの言葉を口にしてから本題を言ってくれる。

「寝ると次の人格が顔を出すから。完全にランダムだから…面倒だけど…舞をお願いね?」

「あぁ。わかったよ。じゃあ行ってくる」

玄関を抜けて僕は考え事をしながら仕事に向かうのであった。



帰宅した時。

舞は朝とは人格が変わっているようだった。

きっと昼寝か寝落ちをしてしまったのだろう。

多重人格と知らされて、最初は信じられなかった。

だが、今の舞の姿を見れば嫌でも信じざるを得ない。

舞をよろしくと言った朝の彼女のためにも…。

僕は彼女を全力で受け入れて否定をしない。

優しく包み込み元の人格を引っ張り上げたい。

また明日に続く…。


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