第二幕-1

 カイムは召喚されてから、とにかく自分の出来ることをアマデウスと共に調べ始めた。それは、嗅覚や味覚までも含めた感覚器官や身体能力全てであり、特に戦闘力についてはアモンに協力を得て即座に調べたのである。


「さぁ、来い!俺の盾は特注だ!どんな攻撃だって防いでみせる!」


 カイムと対峙し己の技量や装備を自慢するアモンの肩肘張った態度は、カイムの能力調査が進むにつれて崩れていった。腕力は振りかぶった拳1つでアモンをその特注という装備諸共に吹き飛ばし、彼は城の壁ごと隣の部屋へ倒れ込んだ。脚力も相当なもので、カイムが全力で跳躍すると彼はシュトラッサー城3階の部屋へ軽々と飛び入られる程だった。

 その後もカイムの調査が続き、やがて彼の能力の大半が判明した。


「さすがに魔王の体を使ってるだけはあるな、筋力が違う。技術さえ身につければ大貴族も易々と御せるだろうな」


 分厚い紙束となったカイムの身体調査結果を見ながら感嘆の言葉を漏らすアモンのとおり、彼の肉体が持つ殆どの能力は魔王の体が持っていたものをそのまま利用しているだけだった。この他にも強力な記憶力があったりと、カイムがこの世界で会ったら者たちと比べれば圧倒的に生物として優れていたのである。

 しかし、その能力全てはあくまで生物としての枠の内であり、それ以上に強力な何かがあるということはなかった。


「ヒト族の勇者はその魔王を倒したのだ。結局魔王が蘇っただけというのではな……」


 そして、数日に渡る検証で得られたカイムの能力の全容はアモンの一言に尽きた。

 つまり、ヒト族に対抗する最後の希望であるカイムでも、ただ1人ではヒト族を相手に戦い勝利するということは不可能なのである。この事実はカイムにとっては危機的な事実であった。それは、癇癪を起こしやすいホーエンシュタウフェンが帝国の状況から役に立たない人材を置いておくと彼には思えなかったからだ。

 だが、カイムの予想とは異なり、彼の基本的な行動の自由と衣食住は皇女の名を使い公文書を発行してまで保証されたのである。


「言ったでしょ、姫様は優しいって」


「まぁ……そうだったな」


 その発布された勅命によって割り当てられた元図書室と思える部屋の中で、カイムは書類に穴が空くかと思えるほどその内容を確認したのであった。そんな彼を横目に態とらしく肩を竦めて見せたアマデウスは、カイムの肩を叩き何度となく頷いたのである。

 そんなアマデウスの言葉に、カイムはただ小さく呟くと少なからず何かしら行動をしなければならないと感じた。その為には先ずこの国の歴史や状態を知る必要を感じた彼は、一時的な自室となったその部屋に閉じ込められた埃を被る本の山を利用して調べたのであった。

 この帝国は魔族がジークフリート大陸の4箇所に入植した後、それぞれの地域が統合したことで遥か昔に建国された。建国には多くの貴族も賛同し、大陸の魔族は平穏を好んでいたことで内乱も特に起きることなく発展を続けていたのである。

 だが、数百年前から唐突に隣の大陸からヒト族の王国が侵攻を始め、それは回数を追うごとに規模が大きくなった。その侵攻の度に魔族は必死で抵抗したのだが、最後の侵攻で首都が陥落し皇帝が戦死すると帝国は崩壊した。

 帝国崩壊は同時に皇帝に集中していた権力は貴族達が得ることとなり、それぞれが領有する地にて独自の法を施行したことによって帝国は国家としての足並みさえも崩れかけていたのである。

 その混乱の中でも、侵攻により多くの被害を受けた北と東の貴族は皇女や帝国への帰属意識があった。その反面、微少の被害で済んだ西と無傷である南の貴族は帝国と完全に異なる独自の方針の元に行動していたのだった。

 とはいえ、崩れかけていても帝国は定期的に権力者を集めた帝国議会を行っていた。

 これが、カイムが調べて解った帝国の直面している現状である。

 この混乱する帝国の政治の中で、ホーエンシュタウヘンは英雄召喚という事実を利用して帝国議会を優位に進め、帝国の再統一とヒト族への復讐を提案するつもりなのであろうとカイムが想像すると、彼は机一杯に広がる分厚く大きな歴史書を枕に頭を抱えた。


「これは怒るだろうな……切り札が役に立たないなんて知ればさ……」


「そりゃそうだよ。今じゃ権力の大半が南部の大貴族のザクセン=ラウエンブルク卿に取られてるんだから……このままだと南部に国がもう1つできちゃうよ。その国に帝国が飲み込まれてさ……」


 自室となった図書室だけでは資料が足りず、崩れかけた建物達の中から書庫さえ見つけたカイム達が得た現状は危機的を通り越して絶望的なのである。

 そのどうにもならない現実から目を逸らしたいとばかりに天井を仰いたカイムは、枕としていた表紙の一部が焼け焦げている"帝国近代史"という本を閉じつつアマデウスに語りかけた。

 そんなカイムの向かい側に肘を突きながら座るアマデウスの声も暗く、視線は机の本をただ見つめるだけなのである。

 帝国の現状を調べた2人は、どうにもならない現実という壁に早速立ち止まった。


「デルンや戦災都市の復興が出来てないのも、南部が食糧生産や物流の利益を独占してるからだし……貧しいこっちは餓えに苦しむしかないのかな……」


 休みもあまり取らず四六時中資料集めを続けたアマデウスの声は重く、その疲労だけでないこれまでの苦労や苦難は言葉の端々を重苦しくした。

 そんなアマデウスの苦い顔に、カイムの脳裏には彼等への同情と今後の自分の身の危険が過った。それは皇女に召喚された自分を南部の貴族は受け入れなという最悪の結末を迎えた自分の命がどうなるか予想が出来ないからであった。


「そういえば、ザクセン=ラウエンブルクって奴は名前が2つ有るのか?」


「貴族同士が結婚すると名前を繋げる事が有るんだ。貴族2つ分の力に潤った財政。とにかく強力過ぎるんだよ」


 暗い空気の中、カイムはふと思った質問をアマデウスに投げかけた。そんな彼の質問に、アマデウスは現実逃避をしようとするカイムの気の抜けた口調を前に溜め息をついた。

 それでも、アマデウスは苦笑いを浮かべながら机に足を乗せ自分の角を撫でるカイムをジト目で見つめると、律儀に彼の口調を真似するように答えたのである。

 結局、2人は一旦現実逃避をしたかったのだった。

 そんなアマデウスの自分の口調より更に気の抜けた態度で、カイムは当面の問題は南西貴族の連合となる事を理解した。

 そして、カイムは急に勢い良く立ち上がりながら急な椅子の音に驚くアマデウスを無視して頭に少しだけ浮かんだ無茶な打開策の下調べをしようとしたのだった。


「アマデウス、少し町を散策したい」

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