これはケツと尻の物語

不破陸

これはケツと尻の物語

 かつて世界は二つに分かたれていた。


 呪文により空気中の魔素を体内に取り込み魔力をひり出す彼らの『魔術大戦』は長年に渡り続いた。


 ある時に空が割れ、現在ではω(オメガ)と呼ばれる天の中心より一柱が現れる。


「二つで一つ」


 あまりに神々しきその姿に、いがみ合っていた二つの種族は一つとなった。シリ族とケツ族が和解し彼等はオメガの一族と名乗るようになった。


「二つで一つ」その言葉は聖典となった。大河を流れていく神の姿と共に。




 彼等は下した。ケツ断をした。その尻ぬぐいにどれほどの労力を要すのかも知らぬまま。


 彼等は召喚した。


 異世界の民を。




「俺に魔王をどうにかしろって言われてもなぁ」


 学ランを着た少年が、目の前に立ち並ぶ明らかに日本人ではない格好をした行列に困惑の意を示す。


「勇者様!」


「その勇者っていうのも意味が分からないし」


 ポケットからスマホを取り出して彼等を動画に撮る。どうせドッキリか何かなんだろう。


 少年はそう考えていたがスマホの電波は途切れている。


「それはO-シリーズでございますか!?」


「確かそんな型番だった気がする。それが何?」


 上等な服を着た如何にも臣下です、という格好をした奴等が騒ぎ出す。


 茶番もいい加減にしろよ、と少年は思った。


「それは勇者だけが持ちうる傑物」


 そう言いながら現れた長い金髪の女が言った。


「見るが良い!我がケツ物を!!」


 何かを期待した少年だったが女が手にした板を見て思った。ただの石じゃねーか。


「それ何か出来るんですか?」


「よくぞ聞いた! 投げるも自由! 書くも自由! 永久に朽ち果てぬ不滅のHENGE!! その名も」


「聞きたくない」


 疲れた顔をした少年が女の言葉を遮る。


「どうせストーン便秘とか言うんだろ。もういいよ」


 驚愕を隠し切れぬ表情を見せた女が声を上げる。


「我等は! 我等は勇者の召喚に成功した!!!」


 少年の心に寒い風が吹いた。




「理 在りし」


 明度の高い茶髪を垂らした男が呟く。


 その度に異形が形成された。


「撃つべき敵 反逆の狼煙 世界を閉じよ」


 再び異形が生まれ出でた。


 黒衣を纏った男が召喚を続ける。





「話は大体分かりましたけどね、何で俺は召喚されたんですか?」


「よくぞ聞いてくれた」


「何で偉そうなんだ」


「偉いからな」


「距離感持てよ」


 進まぬ話にイラついてきた少年が言う。


「何で呼んだ?」


「ドラゴンを倒すため」


「できるわけねぇだろ。ただの高校生だぞ」


「コーコーセー?」


 世界観が分かってきた。軽くかましておくかと少年が告げる。


「コーコーセーってのは光り輝くケツが」


 そんなつもりはなかった。光が自分達のいる神殿を無かったものにした。


 日光に照らされた女が叫んだ。


「勇者! そなたこそまさに勇者! 名を!!」


 いまいち喋り方がよく分からん。そう思った少年が名乗る。


彼方かなた 勇気ゆうき


 金髪の女が鼻血を噴いて倒れた。




「ドラゴン退治は終わっている」


 相変わらず偉そうな態度で金髪の女が言う。


「よく分からん魔物が出現してな。それを退治してもらいたい」


「呼びつけておいて言うことじゃねぇだろ。ふざけてんのか」


「召喚されしものは使命を果たすまでは元の世界に帰れない」


「都合がいい設定だな。おい」


「頑張れよ」


「受験勉強があるんですけど」


「シリ乱振りのことか」


「は?」


「受検便強と聞こえたが」


「多分お前が考えてることと違う」


「私と一緒に魔王を倒してほしい」


「話をしよう」


「している」


「通じてねぇ」


「神の言語『お通じ』を知るとは。やはり君こそが勇者」


 帰りてぇ。少年は心底そう思った。




「空との結合 果てをいけ」


 言葉の度にモンスターが生み出される。


「ハーザー アーザー マリアドーゼ 結合せし闇よ 螺旋 決壊」


 茶髪の男の呪文に最大級の魔物が生まれた。




「で、どこにいんだよ。その魔王とやらは」


追跡者ケツを追う犬が突き止めた。奴はあのK2と呼ばれる山にいる」


 遠くに見える双子山を指さした女に少年が頭痛を覚えた。


「あんな山登れないんですけど」


「勇者なら大丈夫」


「ノーソースで人の体力に自信を持つな」


 不思議そうな顔をした女が問う。


「飛べばいいだろう」


「は?」


「フリ・フ・ラッター」


 光に包まれた女が浮いた。


「なんすか、それ」


「簡単な浮遊魔法だが」


 ウソだと思いたかった事実をつきつけられた少年が頭を抱える。


「そーなんすね。魔法」


「使えないのか?」


「うん。魔法って何」


「何って君は神殿を浄化しただろう」


「知りません」


 天が光った。


「尻間閃。見事な呪文じゃないか」


「勇者にでも何でもなってやるからさっさと帰らせろ」


 少年が呪文を唱える。


「フリ・フ・ラッター」


 浮遊する自身の無重力感に小気味よさを覚えた。


「手を貸してやろう」


 たどたどしい浮き方をしている少年を抱きかかえて女が飛んだ。




「雨よ。果たせ」


 黒衣の男の前に水が湧いた。


「開き。流れよ」


 異空へと水が消えた。




「この世界はイメージしたものが魔力として放たれる」


「先に言えよ」


「知りもしませんという召喚人は初めてだったのでな」


「知りもしません」


 防御のイメージを浮かべた少年の周囲に絶対防御空間が生まれた。


「勇者」


「そんな感動されても困るんですけど」


「詠唱が美しい」


「復唱しただけなんですが」


「美しい」


「そろそろ放せよ」


 擦れる柔肌に年相応の感情を抱いた少年が告げる。


「何故?」


「分かるだろ」


「知らん」


「知らんって」


 魔力が空を裂いた。


「もう黙っときます」


 谷間に顔をうずめられた少年が金髪の女と空を飛んだ。





 山に辿り着いた二人が洞ケツを行く。


「暗いな」


「シーリングライト」


 そう言った女がケツを右に振った。生み出された光の玉を見て少年も続けてみた。


「シーリングライト」


 尻を右に振った途端、洞ケツ内が目を開けていられないほど輝いた。


「お前こそ真の勇者よ」


「褒められても嬉しくねぇ」


 ふと思いついた呪文を試してみる。


「シーリングレフト」


 左に振った尻の先にあったものが消し飛んだ。


「勇者よ。破滅の呪文は魔王との闘いに温存しておけ。イメージせずともある程度出るものは決まっている」


「すみません。知りませんでした」


 天が光った。




「知り尽くせ、全てを」


 闇の洞穴にいる茶髪の男に光が降り注いだ。




 洞穴の中で蠢く魔物を前に女が呪文を唱える。


「シ・リより来たりて 水流を待つ 洗われよ」


 一瞬見えた洪水の中に魔物が消え去った。


「コーユーモンなんですね。アビス!とか言うと何か開いちゃうのかな」


「伏せろ!!」


 女が彼方勇気の頭を抑えつける。


 抱かれたまま上を見ると、洞穴を食い尽くす闇が口を開けていた。


「勇者!迂闊なことを口にするな!!」


「ウ、ッケツなって」


 とちった少年の言葉が更なる闇を開く。


「黙ってろ!」


 勝手なことを言うなと思いながら抱かれる胸は心地が良かった。





「開け 門」


 突如現れた門が開いた。


「結界よ 決壊せよ シ・リー」


 掌から捻りだされた魔力が門を消し飛ばす。


 魔法が、生まれる。






「魔王。迷惑行為は止めてもらう」


「あー、はいはい。魔王、そういうことになってるのね」


「軽口を叩くな」


 明るい茶髪の男が耳をほじりながら応じる。


「こっちは勝手に召喚されてまいってんだ。魔法の法則も分からん」


「召喚されただと?」


「うん」


 男が翳した手から光が生まれる。


「うん」


 抑揚を変えた男の手から暗黒が生まれる。


「けったいな言葉にイメージを乗せると魔法が生まれる」


「その言葉を口にするな!!」


 召喚された最害級のモンスターが牙を剥く。


「あー。なるほどねぇ」


 男の掌から閃光が放たれた。モンスターが壁に叩きつけられる。


「弟子との約束があるんだよ。勝手に召喚されて迷惑している」


「お前が二人目の勇者なのか!?」


「ただの三流魔導士だ」


 左手を天に向けた男が唱える。


「ワレ ヒーリダス 朝焼けより紅なる門」


 男の左手から魔力が立ち上る。


「魔素を吸収して体外に留めておくだと!?」


「体内の魔力量が少ないもんでね。こういう小技を使わんと魔力の器が壊れる」


 驚愕する女を余所に男が彼方勇気に声をかける。


「あー、それと少年」


「ん? 俺か?」


「復唱しろ」


「俺も? その魔力のナンタラとか言うの多分俺にはねぇぞ」


「見たところ存在しない。そういう世界から来たんだろう」


「じゃあ余計にダメじゃねぇか」


 少年から立ち昇る魔力を見て男が告げる。


「無いからこそいい。壊れるものがなければ無限の魔素を取り込んで体外に垂れ流せる」


「アンタこの世界に詳しいな」


「オツムだけはいいもんでね。色々試してみたのさ。俺の肩に手を置け」


 金髪の女が男に言う。


「私も」


「お前はいい。何か知らんが魔力が臭い」


「女子に対して酷い言いようだな」


「酷い召喚だったな。後で請求はする」


 黒衣の男が詠唱を始める。


「新月 半月 満月 戻りて新月」


 その意味を意識した勇気が眉間に皺を寄せて復唱する。


「ケッ戦をケッ闘 ケッ壊に変えよ」


 復唱するのがイヤになってきた。


「ケツ痒し結界師 hipのyou」


 何をやらされているのだろう。二人は思った。


「右にオシリス 左にケツァルコアトル 召喚されし臀部るナイトよ ワレニ通じよ」


「召喚の呪文を攻撃に変えるだと!?」


 帰りてぇと思いつつ少年が復唱を続ける。


「シリ神 オシリー シ・リー 拭いたまえ 穢れし穴を」


 茶髪の男が適当に思いついた名前を言葉に乗せる。召喚の呪文も知っていた訳ではない。


「やがて再び開かれる門 アスタリスク・ホール 血路 笑顔ヲ・シ・リメンバー」


 恍惚の表情を浮かべる女。少年は詠唱を止めた。


「にーらめっこしーましょ」


 最低の呪文が少年の頭に浮かんだ。


「ヒップップー!!!」


 最低の呪文だった。唱えた男もそう思った。





 跡形もなくなった双子山の片割れを見る。


「ドラゴンを消滅させた呪文じゃ足りないと思ってな。盛ってしまった」


「魔王。いや、勇者よ。あなたが倒してくれたのか」


「掌返しはえーな」


「お前はもういい」


「手首にドリルでもついてんのか」


 呆れ顔をする少年を眼の端に捉えた男が言う。


「元の世界に戻りたいのだが」


「名をお教えください」


「ジャック」


「ザ・ヤーク。なんと素晴らしいお名前」


「おいこいつふざけてんのか」


「むかつくけどふざけてないと思います」


 思い出したように女を見て彼方勇気が続ける。


「そういやお前名前なんてんだ?」


「ブッッレイを働いたな。これで許せ」


 ブレて見えるほど尻を高速で振り出した女が告げる。


「そういうのいいんで」


「私の名前は」


 どうせオシリンとかケツノハナとか言うんだろう。


「シャルロット」


「ごめん」


 無意識の内に少年が謝罪をした。




「あの素晴らしき呪文は聖典に書き加えておく」


「金取るぞ?」


「カネ?黄金のことか」


「要らん」


 シャルロットの言葉にジャックが即座に断りを入れた。


「二つで一つ。君等は正に聖典に記されし勇者だった」


「俺なんもしてないんすけど」


「君から膨大な魔力がザ・ヤークに流れ込んでいた」


「ジャックだ。聖典とやらにザ・ヤークと書くなよ」


「覚えておく」


「期待はしていない。どうせ二度と会うこともないしな」


「送還の儀か」


「早くしてくれ。弟子が待ってる」


「俺、告白の途中だったんだ。こんな下らないことしてないで勉強も」


 空が闇に染まった。


「そちらの世界のことは心配しなくていい。召喚された時から時間は動いていない」


「おお」


 シャルロットが呪文を唱え始める。


「シリナーデ(小夜曲)を奏でよう アスのために 対の形:ケツ 終の型:結」


「二度と会いたくねぇけどお前のことは嫌いじゃないぜ」


「二度と来たくない世界だが面白い理を学べた」


 最低の呪文を耳にした二人が別れの挨拶をする。


「ぷりん・し・り・もーど」


 お尻ワールドから二人が消えた。




 突如として現れたジャックを見て制服の少女がたじろぐ。


「どちら様ですか?」


 教室の中で対面する少女を見てジャックは全てを理解した。



「お師匠様ー! 土産話がたくさ・・・誰だお前! 師匠の部屋で何をしてる!!」


 扉を開いた少年が彼方勇気に叫んだ。


 見知らぬ部屋で椅子に腰かけている勇気は全てを理解した。



 二つの世界の声が一つに重なる。


「OHHHHHHHHHHHHHHHH!SILLY!!!」






~Fin(おしり)~

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