第23話
それを、昨日会ったばかりの楓が簡単に線を越えるとは思わなかった。
「もしかして楓、河田さんから解体の仕事については聞いてないの?」
「ううん、聞いたよ?」
楓は首を傾げてそう言った。
「その……ゾンビを解体しているって話だよ?」
「だから聞いたってば」
楓はキョトンとした表情になる。
明らかに異質な職業なのに、全くに気にしている様子はない。
「怖いとか、思わなかった?」
「そりゃぁ怖いなって思うよ? でも、河田さんが怖いわけじゃなくて、その仕事が怖いだけだもん」
あたしは楓の考え方に関心してしまった。
職業と人間を結び付けないのだ。
あたしはついつい、その人自身も怖いのだと思い込んでしまうんだけれど、最初から割り切っているようだ。
あたしは何度も瞬きをして楓を見た。
「どうしたの? あたしの顔に何かついてる?」
「いや、そうじゃないけど……」
「あ、あとさ、解体については口外しちゃダメなんでしょ? 学校内では話さないようにしようよ」
楓に注意されて、ハッとする。
そういえばそうだった。
「ご、ごめん」
楓があまりにも普通に会話をするものだから、うっかり忘れていた。
「でも、そういう秘密のお仕事をしてる河田さんってやっぱり好きかも」
楓はそう言い、頬を赤らめたのだった。
河田さんの職業を知っても河田さんを好きだと言える。
そんな楓を少し羨ましいと感じながら、今日もアルバイトへ向かっていた。
2人で『ロマン』へ向かう道でも、楓はずっと河田さんの話をしていた。
まだ数時間しかまともに会話もしたことのない河田さんの話を、何度も何度も繰り返す。
あたしも、瑠衣に片想いしていた時はそんな感じだった。
瑠衣のすべてを知っているわけじゃないのに、同じ内容の話を何度も繰り返して舞美や楓に聞いてもらっていた。
好きな人の話はずっとしていたいのだ。
あたしは楓の話に耳を傾けながらポケットで自分のスマホが振動していることに気が付いた。
『ロマン』に到着してスマホを確認すると、それは舞美からのメールだった。
《モコ、聞いて! 今あたしは冬と2人でいるの。今から告白しようと思う……!》
その文章に目を見開くあたし。
舞美が冬に告白?
いつの間にそれほど関係が進んだんだろう?
いや、舞美はダメ元で告白するのかもしれないし、関係はわからない。
でも、放課後に2人で遊ぶくらいに仲良くなっていたのだ。
あたしはメールの届いた時間を確認した。
15分ほど前だ。
舞美はもう告白したんだろうか?
冬からの返事は?
気になるけれど、今のタイミングでメールを送って舞美の邪魔になるのは嫌だ。
舞美からの次のメールを待つ方がいいかもしれない。
そわそわと落ち着かない気持ちを押し込めて、あたしはスマホをポケットへ戻したのだった。
☆☆☆
『ロマン』が開店する時間になると河田さんが解体部屋から戻ってきた。
そしてエプロン姿の楓を見るなり鼻の下を伸ばし、ニコニコと上機嫌になる。
楓には一通り仕事内容を教えているし、もう河田さんがいなくてもあたしだけで大丈夫だった。
しかし河田さんは「今日の解体もモコちゃんにお願いしようと思うんだ」と、言ってきたのだ。
あたしは驚いて目を丸くする。
「あぁ。色んな『お客様』の相手をするのは仕事の内だよ」
河田さんはそう言い、あたしのカッパをあたしに差し出してきた。
河田さんの言っていることは一見正しいように見えるけれど、結局はあたしに解体の仕事を押し付けたいだけなのだ。
あたしは呆れながらも河田さんからカッパを受け取った。
「解体は男性の方があっている仕事だと思いますけど」
「あぁ、体力的になそうだろうなぁ。でも、解体するテクニックを教えるから、
体力も筋力もないモコちゃんでもきっと大丈夫だよ」
あたしを安心させるための言葉の中に罵倒に似た物が混じっているが、それは無視しておくことにした。
楓は河田さんに恋をしているのだ。
楓の前で見にくい争いはできなかった。
「楓、解体の仕事を教えてもらってくるけど、大丈夫?」
「うん。昨日教えてもらったことはちゃんとメモしてるし、大丈夫だよ」
ニッコリとほほ笑む楓に見送られながらあたしは解体部屋へと移動したのだった。
まさか解体の仕事をまたすることになるとは思わなかった。
あたしは目の前の『お客様』を見てほほ笑みながら、心の中では泣き顔だった。
舞美が頑張って告白をしている間、あたしはゾンビの解体。
楓が河田さんと仕事をしている間、あたしはゾンビの解体。
考えれば考えるほど切なくなってきて、あたしは強く頭をふって思考回路を切り替えた。
「それじゃぁ解体を始めますね」
今日の『お客様』は大柄な男性だった。
腐敗は進んでいるけれど昨日ほどではなく、スコップでは対応できない。
こういう場合はナイフを使うのが一番だと、河田さんは教えてくれた。
ナイフを付き刺すのではなく、横に滑らせるように皮膚に食い込ませる。
すると弱い力でも腐敗していく肉をそぎ落とす事ができるのだそうだ。
あたしは河田さんに聞いた話を思い出しながら、ナイフを手に持った。
『お客様』の腹部にグッと押し当てて、まるで刺身を切るように滑らせた。
すると肉は音もなく切り離され、固まり始めているドロリとした血液が流れた。
体の大きな『お客様』の場合、まずは血液を抜いて軽くしておくと解体もしやすくなる。
「うつ伏せになっていただいてもいいですか?」
「ん、いいよ」
『お客様』はゴロリと回転し、背中を向けた。
腹部の傷口からドクドクと血が流れ出し、その度に『お客様』の肌は色白くなっていく。
人間の暖かさはどんどん失われていき、触れると冷たさを感じられるまでになった。
「それでは、こんどは背中の肉から解体していきますね」
あたしはそう言い、『お客様』の腰にのこぎりを押し当てた。
全体的に肉が付いている『お客様』でも、背中側の方が肉が薄い。
背中から解体する場合はすぐ骨にぶち当たるから、のこぎりを使うのだそうだ。
普段のこぎりを使う事なんてないけれど、 のこぎりは引くときに切れるのだと河田さんは教えてくれた。
力を使わなくても、のこぎりは使える。
それを思い出しながら、あたしはのこぎりを引いた。
一度引くだけで『お客様』の肉は細かく砕けて、あちこちに飛び散った。
後で掃除が大変そうだ。
思わずそんな事を考えてしまう。
「なんだかサッマージされてるみたいだ」
『お客様』がそんな事を言い出すので、あたしは思わず笑ってしまった。
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