第22話

あたしは内臓を横に移動しておいたゴミ箱にそのまま移した。



人間の体は人間として機能しなくなった瞬間から、柔らかく、別の生物の家となって移り変わって行く。



『お客様』の体をスコップですくって捨てるたび、あたしはそう感じた。



生きていても死んでいても、何かの役になっている。



生物は生物を生かす力がある。



生きている間どれほど残酷な人間であっても、死んでしまえばこんなに小さなウジムシたちの栄養となるのだ。



天国や地獄といったものが存在しなかったとすれば、死んでいきつく場所は、きっとみんな同じだ。



スコップの先が硬い物に当たってガンッと音を立てた。



見ると、白い骨が見えている。



もうここまで体を解体したのか。



無心で作業を続けていたため気が付かなかったが、『お客様』の体の上半身はほぼなくなっていた。



「これほど腐敗していたんじゃ皮膚や臓器は使えないもんね」



あたしは呟いた。



河田さんと同じように『お客様』の体の一部を保存しておくつもりだったのに、骨くらいしかつ変えなさそうだ。



すると、すでに成仏してしまったと思っていた『お客様』が不意に目を開けた。



「あたしの体……使えなくてごめんね」



腐敗した喉でなんとか声を絞り出す『お客様』。



「と、とんでもないです!」



あたしは慌てて左右に首を振った。



しまった、今の言葉は完全に失言だった。



この『お客様』は解体後体の一部を再利用していることを知っていたようだけど、知らない『お客様』だっている。



その場合、自分の体を勝手に利用されることを怒る人だってきっといる。



『お客様』の前で、不用意な発言はしちゃいけないんだ。



あたしはグッと唇を噛んで、作業を再開したのだった。




どうにか1人目の解体を終えたあたしは『お客様』の小指の骨をストラップにしていた。



あたしの初めての『お客様』。



そう思うとなんだか心がウキウキしているのがわかった。



少し大人になれたような、河田さんに近づいたような、そんな気分。



「モコちゃん、終わったみたいだね」



河田さんにそう言われ、あたしは驚いてその場で飛び跳ねてしまった。



いつの間にか河田さんは解体部屋へ移動してきていたようだ。



集中していたため、その気配に全然気が付かなかった。



「河田さん、いたんですか……」



「あぁ。ストラップを作っているあたりからね」



少し前からずっとこの部屋にいたようだ。



「初めての解体にしては上出来だね」



ゴミ箱の中を確認して河田さんはそう言った。



「ありがとうございます」



あたしは頭を下げてそう言った。



でも、今回は失敗だ。



これから成仏する『お客様』に変な気をつかわせてしまった。



「次の『お客様』も、頑張ってみるか?」



河田さんの言葉にあたしは返事につまってしまった。



正直、さっきの『お客様』はスコップ1つで大半を解体する事ができたから、あたしでもできたようなものだ。



次の『お客様』の腐敗が進んでいなかったとしたら、1人で頑張れる自信はない。



考えて無言になっていると、河田さんがあたしの手から手袋を外した。



「今日はこれくらいにしとくか。後は楓ちゃんの指導を頼む」



「あ……はい、わかりました」



もしかして河田さん、さっきの『お客様』ならあたしでも解体できると思ってわざとあたしにやらせたのだろうか?



だとしたら、その真意は……?



聞きたかったけれど、河田さんはすぐに次の『お客様』を解体部屋へと通してしまい、聞く事はできなかったのだった。




河田さんはあたしに解体作業を覚えさせようとしている。



そう感じたバイトだったけれど、初めての解体作業に疲れ果ててしまったあたしは何も考える事なく深い眠りに落ちたのだった。



☆☆☆


翌日。



目が覚めたあたしは両腕のだるさを感じていた。



長時間スコップを使っていたため、筋肉痛になってしまったようだ。



「解体の仕事ってすごく大変なんだなぁ……」



自分の腕をマッサージしながらそう呟く。



いつも河田さんが解体しているのを見ているだけだから、ここまで重労働だとは思わなかった。



解体の仕事は男性の方が向いているということがよくわかった。



ベッドから起きだして制服に着替えていると、スマホがなった。



メール受信の音楽だったので、手早く着替えをしてスマホを確認する。



メールは楓からだった。



《モコ、昨日はとっても楽しかった! 河田さんってすごくいい人だね!》



楓は昨日のバイトを楽しめたようだ。



これなら長く続ける事もできそうだ。



《よかった! 楓がいればあたしもこれから楽しくなりそうだよ!》



そう返信し、鞄を持って一階へと向かったのだった。


☆☆☆


学校につくと先に教室に来ていた楓がすぐに駆け寄ってきた。



会話の内容は当然のように昨日のバイトの話だった。



楓は河田さんの事を本気で気にいってしまったらしく、河田さんの素性について色々と聞いてくる。



でも、あたしも河田さんの事は正直あまり知らなかった。



両親の代から解体部屋と『ロマン』を継いでいて、好きな人を解体して……。



だけど、そんな事あたしの口から言えるはずもなかった。



昔好きだった女性のシャンデリアがあると知れば、楓も傷つくかもしれない。



「河田さんの事、このままだと好きになるかも」



楓が夢見心地でつぶやく。



「え、嘘でしょ!?」



あたしは思わずそう言っていた。



「どうして? 河田さんってすごくカッコいいじゃん」



「それはそうだけど……」



一緒にいたらドキッとすることは何度もあった。



でも、解体屋という特殊な仕事をしている河田さんとは、一歩線を引いたような付き合い方をしていたのだ。

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