死体発見
リゾートホテルといっても、こんな孤島に存在するだけあって、六葉館はそこまで大きな宿泊施設ではない。
客室は全部で三十。
スタッフの数も、十名程度である。
小規模に……それでいて、ゴージャスに。
建築そのものの豪奢さや、調度の豪華さに加え、選び抜いた少数精鋭のスタッフで満足度を高めようというのがコンセプトであった。
だから、建物の高さも、全五階。
一階と五階がエントランスや遊興施設などの共用部となっており、二階から四階までが十室ずつ、客室のフロアとなっているのである。
中村に割り振られたのは、四階の部屋であった。
これも、真の采配……。
父に入れ知恵して、彼一人だけを四階の部屋へ割り振ったのである。
劇団シープの人数は都合よく二十一名であり、一人だけ余りが出てしまう。
ならば、エースである中村だけは、より景観の良い四階の部屋がよいだろうと言ったのだ。
真自身の部屋も四階にしてもらっており、誰にも見られず中村の部屋から入退出するという、完全犯罪の条件達成を容易なものとしていた。
「中村君! 寝ているのかい!?」
――コン! コン!
と、少しばかり力強いノックと声音でもって、座長がドア越しに呼びかける。
寝ているといえば、寝ているだろう。
ただし、永眠であるが。
「ふうむ……。
やっぱり、反応がありませんね。
寝ているというか、人の気配そのものがないというか……」
まるで、狐につままれたような……。
そんな顔で、座長が呼びかけを止めた。
「やはり、マスターキーで開けてもらった方がよさそうだ」
「……致し方ありませんね」
ホテルマンとして、プライベートな空間へ勝手に踏み込むのは抵抗があるのだろう。
やや
「田中君、マスターキーを」
「はい」
支配人に促され、ホテルマン田中が他と異なるデザインのカードキーを取り出した。
「中村君! ホテルの方に頼んで、ドアを開けてもらうよ!
構わないね!?」
座長が、もう一度そう呼びかけ……。
「では、失礼します」
田中が、マスターキーをリーダー端末にかざす。
――ピー!
かくして、チープな電子音と共に、中村の客室が解錠されたのである。
「では、失礼して……中村君?」
座長が、部屋の中へと入って行き……。
「――うわっ!?」
数秒後、彼の驚く声が響き渡った。
人間、心底から驚いた時というのは、このようにありきたりな反応となるということか……。
そんなことを考えながら、平然と呼びかける。
「何かあったんですか?」
「何かあったというか……。
死んでる……」
今度は、驚きすぎてかえって冷静になったのだろうか。
抑揚のない声で、座長がこちらに呼びかけてきた。
「――ええっ!?」
しかし、それに対する支配人の反応はといえば、劇的なものだ。
「どういうことです!?」
そう尋ねながら、普段の優雅な仕草はどこへやら……慌てて室内ヘと踏み込んだのである。
「ふむ……」
一方、田中はといえば平然としたもので、悠々と中に入って行く。
――ここだ。
――この機を逃してはならない。
「死んでるって、どういうことです!?」
いかにも、驚いているという風を装いながら……。
真もまた、田中に続いて中へ入ったのであった。
「これは……」
田中と真が目にしたもの……。
それは、首にワイヤーが巻き付いた状態で倒れ伏す中村の死体と、それに驚く座長たちの姿である。
「な、中村君……」
座長が、恐る恐るという具合に死体へ手を触れようとした。
「――失礼」
素早くそれを制したのが田中で、彼はまず死体の首元に手を当て、次いで手首を調べる。
「……死んでますね。
見た通りの絞殺でしょう」
……やけに場馴れしているというか、本職の刑事や医者のような手際良さであった。
だが、それはどうでもいい。
重要なのは、この後に密室トリックを完成させることなのである。
「殺されてますよね、これ……」
息を呑む風にしながら、三人へそう問いかけた。
「ま、まあ……確かに」
「首を締められたとしか」
田中と同様にしゃがみ込み、死体を見ていた座長と支配人が、同時にうなずく。
その間、真は室内のキャビネットへと、自然に移動するのを忘れない。
「壁のあれ、何かのメッセージでしょうか?」
そうしながら、反対側の壁を指差す。
もっと早く気づくかと思ったが、死体のインパクトというのは、それだけ大きいということだろう。
だが、室内全員の注意を傾けられるこの形は悪くない。
「壁……?」
「――ああっ!?」
真に言われ、ようやくそれに気づいた座長と支配人が、驚愕の顔となる。
「……ふむ」
田中も、落ち着いた様子でそちらに視線を向けた。
――今だ。
キャビネット上のカードキーを素早くポケットに仕舞い、代わりに、ハンカチで包んだカードキー……。
この部屋本来のそれを、裏返した状態で設置する。
音を立てないよう慎重に……。
それでいて、素早く。
拍子抜けといってしまえば、それまでだが……。
すり替えは、つつがなく完了した。
部屋に入った他三人は、壁に描かれた模様に夢中となっており、誰も真に注意を払っていない。
何の意味もないグラフティアートが、狙い通りの効果を発揮したのだ。
「これ、犯人からのメッセージでしょうか……?
こう、犯行声明のような」
「しかし、何を意味しているのか、全く分かりませんよ。
子供がグチャグチャに描いた落書きのようだ」
座長と支配人が、そのような会話を交わす。
せいぜい、頭を悩ませてくれればいい。
こちらの目的は、果たされたのだから……。
どれ、せっかくだから自分も推理に混ざってみようか。
そんなことを考えたところで、田中が口を開く。
「ひとまず、このような所にいても、仕方がありません。
皆様方、ここは一度、状況の保存に務めて、他のお客様への説明と、警察への通報をしませんか?
――む」
できる男だと思っていたが、やはり目端が効くようである。
田中は、真の背後――キャビネットへ向かって、つかつかと歩いた。
そして、ハンカチ越しに、上へ乗せられているカードキーを手にしたのだ。
「ふむ……当然ですが、ここのカードキーですね」
田中は、顎に手を宛てながら解説し、そっとカードキーを元の位置に戻す。
座長と支配人が、その言葉を聞いて愕然とする。
「すると、それはあれかい?
ミステリなんかでよくある……」
「密室だったと、言うのかい……?」
「そういうことになりますね」
田中が、平然と答えた。
「この件も含め、まずは下に降りて、皆様にご報告しましょう。
どうやら、本日のディナーは楽しいものとならないようです」
もう、こうなると、支配人と一ホテルマンの立場は逆転しており……。
支配人は頷きながら、座長を促したのである。
「さあ、お嬢様も」
「え、ええ……」
あくまで、突然の事件に困惑している風を装いながら、部屋から出た。
これで……密室トリックは完成。
後は、罪を逃れるだけだ。
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