第21話 「すみません、勇者の父です!! エリリカちゃん、胸当て忘れて行ったでしょう!!」 ~お父さんがスライムまみれになるお話~

 お父さんがやって来た。

 これでもう安心。


 あとはエリリカが「お父さん、助けてー!!」と可愛く悲鳴を上げるだけで全ては丸く収まり、マスラオの益荒男たるマスラオが何もかもを解決してくれる。


「…………」

「エリリカ? どしたんすか?」

「エリリカさん! 早くマスラオ様をお呼びしましょう!!」


「…………あの。ちょっと嫌かなって」

「んなこと言ってる場合じゃねぇっすよ? ウチはまあ、なんかもうこのヌルヌルしたのにも慣れて来たんでお腹空くまでなら余裕っすけど。セフィリアの乳リアがおはようするのが早いか、エリリカの服が完全に溶け切るのが早いかのデッドヒートっすよ? まさか、それ撮るまで呼ばねぇんすか? ……プロ根性あるっすねー!!」


 魔法少女をプロヴィラルに持って来たニポーンとかいう世界滅びろがモットーのマロリ。

 嫌々ながら家業を継いでいる彼女にとって、エリリカの配信に賭ける思いが琴線に触れたらしい。


「よっしゃ! 分かったっす!! ウチはもう何も言わねぇっすよ! 2人とも! ガッツリ服溶かされてサービスシーンをキメていいっすから! 撮影はウチに任せろっす! えーと。下着はオッケーっすよね? セフィリア? ちゃんとパンツとブラしてるっすか?」

「マロリさん!! 落ち着いてください!! こういうの良くないと思うんです! なんでしょう! 配信って、もっとこう! ね! 崇高な! そう! 神聖なものであるべきだと思うのです!! そんな、お乳だのお尻だのを大衆に曝け出すなんて!! 良くありません!」



「昨日は、わたくしたちで精々てめぇを慰めるんすよ! このクソ童貞視聴者ども!! とか言ってたじゃねーっすか」

「服の上から膨らみ見てるだけで皆さまご自身を慰められるでしょう!! わたくしはそれ以上を提供する気はないんです!! 何が悲しくて興味のないこの世界のその他大勢にあられもない姿を見せなくちゃいけないんですか!!」


 普段から変身する度にあられもなくなっているマロリは「ははーん? 攻守逆転っすね?」と実に悪い顔をした。



 とりあえず端末をセフィリアに向けるマロリ。

 「その乳リアをまずはポロリするんすよ!!」と大変元気に指示を出す。


 初めて頬を真っ赤に染めてプルプルしながら「ヤメてください!! 恥ずかしいですから!! 何のために服の上からこんなローブ着てると思ってるんですか!! 男性の慰みものになるのは嫌です!! ファースト慰みが奪われます!!」と脳筋がどこかに飛んで行って乙女の表情になったセフィリア。


 間違いなく撮影チャンスなのに、エリリカは無言。

 その間にもどんどん白いブラウスとスカートは溶けている。


 失礼。スカートはもう溶けてなくなっていた。


「だって……」


 そんなエリリカがようやく口を開いた。

 続けて、涙目で呟く。


「お父さんにもらったお小遣いで買った服……溶けちゃったから……。お父さんが悲しいかなって……。勝手に出て来ちゃったし。って言うか、昨日の勇者デビューも勝手に出て来てたし。2日連続とか、あたし悪い子だよ……」


 ピュアな15歳っぽい理由だった。


 次の瞬間には、沼地で迷惑を被っているスライムたちが衝撃と共に空高くへと舞い上がっていく幻想的な景色がそこにあった。

 何かが凄まじい勢いで沼地に飛び込んで来たらしい。


「エリリカちゃん!! お父さんね、そんな事で悲しくなったり怒ったりしないよ!! でもね!! エリリカちゃんに隠し事されるとお父さんは悲しいの!! いつか大人になるのは分かってる!! けど、ゆっくり大人になって良いんだよ!!」


 お父さん、見参。


「おー。おっさん来たっすねー。……ちょいちょい。おっさん」

「なんだい! ロリリン!!」


「あんたが握りしめてるスライム、どうするんすか?」


 マスラオがキュッと手を握ると、スライムが飛び散った。


「エリリカちゃんの服を溶かした大罪!! お父さんが裁く!! 乳搾りで鍛えた握力でね!! あ! 違うよ、エリリカちゃん! 牛の乳だからね!!」

「あー。こうやってクソみてぇな戦争が起きるんすね。そりゃ魔族が人間を統治しようって話になるっすよ。どんだけてめぇの理由オンリーで虐殺するんすか」


 うちの娘の涙目がお父さんを鼓舞した。

 のちにマスラオはそう供述する事となる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 スライムたちが上空50メートルまで吹き飛ばされていた。

 が、彼らはカテゴリー的には植物なので舞い上がればそのまま落下する。


 50メートルといえば、ニポーンに存在すると言われる超高速鉄馬車スンカンセンの1両がおおよそ25メートル。

 それが2両分。結構な高さである。


 スライムたちは水分を含んでいるので、それが一斉に落下して来るとなれば大惨事が想定された。


「みんな! ここは私に任せて、早く沼から出るんだ!!」

「え゛。あ゛。わたくし、ちょっとはしたない感じになっているんですけど!!」


「へーきっす、へーき。パンツ溶けてねーっすから。ウチは普段、1秒くらい裸になってんすよ? んなもん、かすり傷にもなんねーっすよ」

「……マロリさんって結構すごいんですね。わたくし、鑑定以外で初めて評価を定めたかもしれません」


「早く、早く! 2人ともー!!」


 エリリカはとっくに沼から脱出しており、端末を構えていた。


「あんたはなんでそんな堂々としてんすか!? インナーインナーって言うっすけどね!? なんかもうパンツよりそのヌメヌメしたインナーの方がエロいんすよ!?」

「えっ? マロリちゃん、何言ってるの? インナーだよ? ミニスカートの勇者はみんな穿いてるんだよ? お父さんが言ってたもん。これがあればどんな動きしても平気だよって」


「エリリカ? ずっと思ってたんすけど。あんた、おっさんのこと大好きじゃないっすか?」

「好きじゃないよ!? 何言ってるのかな、マロリちゃんってば!! もう15歳だもん!! 好きじゃないし!!」


 娘が自分の話をしているとそちらに注意が向くというか、それが世界のすべてになるのがマスラオというお父さん。



「エリリカちゃあん!! 私のこと、そんな風に思ってくれてたの!? お父さん嬉しガボガボガボカボ!! ゔぁゔぁゔゔぃゔぁゔ!!」

「ほら。おっさんが益荒男らしからぬ油断と慢心でスライムまみれになったっすよ」



 スライムを1匹、植物に対してその単位で良いのかは判然としないが、ひとまず1匹。

 無為に命を奪った報いを受けるマスラオであった。


 ぬるぬるした。

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