マリエルと指輪

「勝者、アイビス!」


 マリエルとの戦いに勝利し目的にしていたブラッドフォードルートを潰しを達成したことを喜ぶべきなんだけど、今はそんなことをしてられない。


 地面に横たわったマリエルは救護班に治癒魔法を掛けて貰っても目を覚まさず、揺さぶってもなんの反応もなかった。


 まるで眠れる森の王女、生気のない人形が横たわってるようだ。


 騒ぎを聞きつけたウィリアム王子が人垣を掻き分けて飛び込んで来きた。


「アイビス、どうした? なにかあったのか?」


 わたしが無事でいるのを確認するとウィリアム王子はホッと胸を撫でおろす。


 しかし目の前にはマリエルが横たわっていたので狼狽えた。


「息はあるようだが、アイビスが手加減しなかったからマリエルに大けがをさせたのか?」


「違うわよ!」


 わたしはマリエルが付けていた指輪を拾いウィリアム王子に見せた。


「この指輪をマリエルの指から弾き落としたら、マリエルがこうなっちゃったのよ……」


 ウィリアム王子も指輪に気が付いたみたいだ。


「これって探索トライアルで戦った狂化ロックバードの腹の中から出て来た指輪と同じじゃないか。なんでこの指輪をマリエルがしていたんだ?」


「この指輪をどこで手に入れたとかマリエルはなにも話をしていなかったし、わたしがこの指輪に気が付いたのもマリエルが最後の大技を出そうとする瞬間だったの」


「そうか。この指輪は俺の方で調査しておく」


 ウィリアム王子が指輪を受け取ると同時に、治癒魔法の効果が全く現れなかったので焦った救護班が上位の治癒術師を連れて来た。


「道を空けて下さい! 救急救命です!」


 救護班に連れて来られたのはクリスくんであった。


「クリスくん、久しぶりじゃない」


「挨拶は患者を治療してからね」


 そういうとクリスくんはマリエルの容態の診察を始めた。


 『クリスくん』とは、わたしが水晶学園に入学する前に治癒魔法を教えてくれた家庭教師で『リルティア王国物語』は次期大司教の候補と呼び声が高い攻略キャラだわ。


 クリスくんは学園の生徒だけど、その治癒能力には定評があり『リルティア王国物語』では学園に蔓延した奇病を聖女候補のマリエルと構築した聖結界で水晶学園から吹き消したほどだ。


 そんなクリスくんが首を傾げる。


「これはケガとかじゃないな……。言うならば呪いの類だ」


「呪い?」


 ウィリアム王子が懐にしまった指輪を取り出す。


「まさかこれのせいか?」


「魔力は尽きているけど、原因はその魔道具だね」


 クリスくんは一目見ただけで指輪が魔道具だと見抜いた。


 さすが次期大司教候補は凄いわね。


 クリスくんは救護班に指示を出す。


「ここでは治療できないから、患者を保健室に運ぶぞ!」


「はい!」


 屈強な男子生徒の救護班の担架に載せられてマリエルは保健室へと移動。


 わたしとウィリアム王子も武闘会を棄権して保健室についていくことにした。


 保健室に到着するとわたしだけがクリスくんに呼ばれた。


「悪いんだが、施術のサポートをしてくれ」


「了解」


「まずはマリエルの装備をダメにしたらまずいので、脱がして手術着に着替えさせて欲しい。本当は僕がやらないといけない事なんだけど、女の人の生まれたままの姿ってのは見たことがないんでね……」


 そういって顔を赤らめるクリスくん。


 意外とナイーブなクリスくんに年相応の男の子を感じて少し安心したわ。


 わたしはマリエルの装備を脱がし下着姿にしたうえで、手術着を着させた。


「着替えさせたわ」


 クリスくんを呼んだら、既に治癒師らしい真剣な顔に変わっている。


 クリスくんは薬品に魔力を注ぎ込み様々な薬効をもった聖水に変え、マリエルに振り掛け続けた。


 10本目の聖水を振り掛け終えると、マリエルが目を覚ます。


「よし、治療完了だ。身体を拭いて元通り装備を着させといてくれ」


 クリスくんはそうわたしに指示を出すと、逃げるように保健室から廊下へ出て行った。


 目を覚ましたマリエルは、まるで寝ぼけたように起き上がる。


「あれ? アイビス様、お久しぶりです……って、私、なんでこんな格好してるの?」


 手術着を着ていることに気が付いたマリエルは、はだけかけた前の合わせ目を必死に閉じている。


「武闘会のこと覚えてないの?」


「武闘会? なんのことです?」


「あなた、武闘会でわたしとの試合中に突然倒れて気を失って、救護班が大騒ぎだったのよ」


「そうだったんですか? ごめんなさい」


 話をしてみると、マリエルは昨日からの記憶が全く無くなっていた。


 マリエルを着替えさせて保健室を出ると、クリスくんとウィリアム王子が話し合っていた。


 マリエルに気が付いたウィリアム王子は声を掛けて来る。


「マリエルの身体の方はどうだ? 痛いところはないか?」


「ええ、全くどこもケガが無くてピンピンしています。ウィリアム王子にもご迷惑をおかけしてたんですね。先生共々ご迷惑おかけしました」


 ペコリと頭を下げ謝るマリエル。


 武闘会の試合中の傲慢な態度は微塵も感じられない。


 マリエルはあの魔道具の指輪で狂化ロックバード同様に操られていたのかもしれないとわたしは思った。

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