第9話 ポンコツな登校風景【3】



「誰ですって言われても……飯塚まなかだよー。一応、そこのシルバーと同じD組なんだけど」


「私の銀次さんとはどういう関係です? 私の銀次さんとは」


「二度言う必要ある?」


 飯塚がヘラヘラ笑いながらツッコミを入れた。


 ポンコツゆるふわ眼鏡がどんな顔をしているのか、俺の位置からは見えない。ただ、不穏な空気はゆるふわの髪からも立ち昇っていて。キレたときの範馬勇次郎みたいなオーラすら見えるようだった。


 え、いや、突然どうした?


 ところで、なんなのその丸バサミは? 作って遊ぼうをするには朝早すぎるよ。


「どんな関係かー。どんな関係なんだろうね私達」


 飯塚が小首を傾げながら訊いてくる。


「腐れ縁」


「まー、そうかもねえ。でも、ただの腐れ縁でもないと思うんだよなー。ねー、そうだよねー」


「はあ? なに言ってんだ?」


 おいおい、謎に意味深なことを言うんじゃねえよ。直方さんのオーラが勢いを増しただろ。強化系念能力者の練くらい勢いあるぞ。


 飯塚の目尻がぬるっと下がった。あ、楽しんでいるときの悪い顔が出たな。


「うんうん、私達は仲良しだもんね。小学生の頃から知り合いだし? お風呂も一緒に入ったこともあるし? お祭りとか一緒に行ったりお互いの家に泊まりに行ったりもしてたしねー。まあ、幼馴染ってやつかな。特別なとくべつな友達だもんね私達……。もしかすると、友達以上かも?」


「おい、適当なこと言うなよ!」


「え、でもやったことは全部事実でしょ? 間違ったことは何も言ってない」


「そうだけど、誤解を与えるような表現をするんじゃない!」


 直方さんのオーラがキメラアントばりの禍々しさになってるじゃねえかよ。「お風呂……お泊まり……」と呟いている声が感情死んでいてやばいんだが。


 直方さんの丸バサミが震えはじめる。


 うん、これ以上はやばい。


「さあて、飯塚! 俺達は忙しいからこのへんにさせてもらうぞっ! バイバイ!」


 俺がそう言って、直方さんの腕をとって退散しようとしたら――


 あろうことか飯塚が反対の腕に絡みついてきた。


「……どこいくの銀次?」


 なんかちょっと艶っぽい声で言ってきたよ。いや、やめろやめろ、このタイミングでなんてことしやがる!


「学校だよ! いいから離せ!」


「えー……つれないこと言わないで。銀次と私の仲じゃないか」


「今はそんな仲良しじゃないだろ! 小さい頃のはなしだ!」


「ひどーい。いまも仲良しだよっ」


 漫画ならキャピっていうオノマトペが貼られてそうな声だった。


 俺は飯塚を引き剥がしにかかったが、こいつはこいつで合気道をやっているものだから、力のツボを抑えられていて引き離せない。技術を無駄につかいやがって。


「はなせえええ! はやく学校にいかなきゃいかんのだっ」


「いやだ! じゃあ、一緒に行こうよ!? 向かう方向は一緒でしょ?」


「だが断る! お前はその辺でタクシーでも拾ってろよ!」


「もったいなさすぎるから却下!」


 俺達がギャーギャー言いあっていると、直方さんがゆらりと動いて飯塚の腕にかみついた。


「あだっ! え、いきなり噛みつかれたんですけどっ!」


「はなふでふ、はなふでふ! 銀次さんから離れるでふっ! 気安く触るなでふっ」


「あだだだっ、痛い痛い! けっこう力強く噛むね君っ! いたいいたい!」


「泥棒猫ー! はなふでふー!」


 ガジガジと噛みながら、直方さんは丸バサミの腹を飯塚の手首に叩きつける。いや、刺さないで叩くんかい。子どものチャンバラみてえだな……。


「わかった、わかった! 離すからやめて!」


「もふもふ〜!」


「はい、離した! だからあなたも離れなさい!」


 俺から離れた飯塚は、犬と化した直方さんをあっさり引き剥がし、流れるような動きで彼女の腕をとって軽くひねった。「いたああああいっ!」という叫びとともに、直方さんの腕からハサミがこぼれ落ちる。


 飯塚はそれを蹴り飛ばすと、直方さんを手放した。


 涙目で手をさする直方さん。腕についた歯型をみて顔をしかめる飯塚。なんだったんだろう、このキャットファイト……。


「もー、噛みつきはルール違反だろ。さすがにからかいすぎたけどさあ!」


「ぎ、銀次さんに許可なく触るのがいけないんです! 私のものなのに!」


「いや、お前のものじゃねえよ!」


 というか、誰のものでもねえよ。こちとら恋愛経験ゼロ人間だぞ。誰のものにもなったことなんかない。


 虚しいことを思いながら、俺は時計を見る。


 うん、やばいね。このままだと遅刻するね。


 再び俺を庇うように立とうとした直方さんへ、軽い脳天チョップをかます。痛いです〜とか涙目で抗議してきたがかまっている暇はない。


「おら、馬鹿なことやってねえでいくぞ!」


「……ふぇ?」


「ふぇ、じゃねえよ。このままじゃ遅刻するわ!」


「あ、えっ。は、はははははい! それはマズイです!」


 俺と直方さんは慌てて駆け出した。飯塚の方へ向いて、俺は叫ぶように言った。


「おーい! お前も遅刻するぞ、はやく行こうぜ!」


「……うん」


 飯塚は優しく微笑んで鞄を持ち直した。


 なぜだろう? 少しだけ、その笑顔が寂しそうに見えたのは。


 

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