第7話 ポンコツな登校風景【1】





 休み明けというのはいつも憂鬱なもんだが、夏休み明けとなるとその度合いが違ってくる。


 ゾンビみたいな顔色で、さんさんと降り注ぐ太陽の光に肌を焼かれ、「俺達はまだ生きてるよ!」と自己主張に勤しむセミの鳴き声に煽られながら登校する朝が最高なはずはない。妹が出してくれたごきげんな朝食はあまり喉を通らず、髪のセットも上手く決まらなかった。星座占いでは最下位だったね。


 うん、クソみたいな朝だ。お気に入りのエアマックスはいていても気分はあがらない。サザエさん症候群を二日酔いのごとく引きずりながら歩く住宅街は、明るいのに薄暗く感じられたほどだった。ほら、登校してるやつらみんなゾンビみたいだ。


「……」


 その中に一人、不審人物がいた。


 俺の背後を、遠距離攻撃型のスタンド能力みたいにつけ回るゆるふわな髪の少女がいた。電柱の影に隠れては、建物の壁に身を潜め、薬局の看板にしゃがみ込み、自販機に身体を寄せる。ゆるふわな髪が普通にはみ出していたし、コンビニで買ったんだろうなって肉まん食ってるのまでバレバレだよ。


 俺は溜息をついて、振り返る。中華料理店の看板に隠れようとしたところを捕まえ、ポンコツゆるふわ生命体を引きずり出す。「ひゃああ」という残念すぎる可愛い鳴き声を上げたよ。 


「……さっきから何してんだお前」


「にゃ、にゃんのことでしょう……。た、ただ私は尾行ごっこをしていただけですです」


「ごっこじゃねえだろごっこじゃ。五分前くらいから俺の後ろをうろちょろしやがって。監禁の次はストーキングなんていい度胸してんな? 春道警察に通報するぞ?」


「は、春くんは勘弁してください! また怒られて朝のプリンを作ってくれなくなるです! あ、あれがないと生きていけません……!」


「知らん知らん。プッチンプリンでも買っとけ。はーい通報〜」


「や、やめて! やめてくださいです! 春くん怒ると怖いんですよ!」


「なら尾行なんかすんな!」


 戯れでスマートフォンを取り出した俺に、しがみついて止めようとしてくる直方のおがたさん。はたからみると大男にしがみつくロリっ娘というどちらが通報案件なんだか分からないっていう状況が繰り広げられていた。ほら、すれ違う同級生たちの不審そうな目! 焼かれた肌に心地よく突き刺さるね!


 つーか冷静に考えると、今までこいつに隠し撮りされてきたことになんで気づけなかったんだ? こんなにもザルな尾行しかできない奴だぞ? カメラ持ったときだけ気配を消せる術式でも身体に刻まれてんのか?


 閑話休題。


「……で? なんでお前は俺を付け回していたんだ? 背後から近づいてバックスタブでも決めるつもりだったか?」


「ち、違うです違うです! そんなダークソウルみたいなことがしたくてストーキングしていたわけじゃないんです!」


「じゃあ、なんだよ? また盗撮でもする気か?」


「そ、それも違います! それは先日すませました!」


 俺は無言でチョップを叩き込んだ。


「い、痛いです〜!」


「なにやっとんじゃワレ。やっぱり後で通報してやるから覚悟しとけ」


「や、やめてくださいやめてください! 私のプリンがなくなるです! 写真は消しますから!」


「……そういう問題じゃねえよ」


 あー、ただでさえクソ暑いのに朝から疲れる……。


 俺はハンカチで汗を拭い、訊いた。


「つーか、お前……通学路おれんちの方向と逆だよな? こんな時間から先回りして待ってたのか?」


「は、はい! そ、そのですね……どうしても一緒に登校したくてですね……。こ、声かけようと思ったんですが、なかなか話かけられなくてキモいすみっコぐらしみたいな状態になっていたですです」


「そ、そうかい。それは朝からご苦労だな……」


 若干引きながらそう言った。


 やっぱりやばいやつなんだよなあ……。しかし、健気に俺を待っていたんだと考えると、無碍にもできないんだよなあ。全力ダッシュで逃げる算段していたけどさ。


 たく、しょうがねえな……。


 俺は後頭部をかいて小さく舌打ちをならした。不安そうにしているポンコツの頭に軽く手を乗せると、言ってやったよ。


「おら、行くぞ。ちんたらしてると遅れるだろ?」


 しばし瞬きを繰り返していた直方さんは、ぱあっと華やぐように笑顔を咲かせた。


「はいです!」


 

 


 


  

 

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