ポンコツなヤンデレラ

浜風ざくろ

第一章 ポンコツとの出会い

第1話 ポンコツな監禁事件【1】


「あ、あなたを監禁しました。もう逃げられませんよ銀次ぎんじさん!」


 俺は、いつの間にか犯罪に巻き込まれていたらしい。


 カーテンが締め切られた薄暗い室内で、小さな女の子と向かいあっていた。扉の前に立ち塞がる少女は、愛らしいという一言で表現するに相応しかった。ゆるふわな白茶のボブヘア。空のように澄み切った青い猫目。彼女の大人しさを象徴するように映える赤縁メガネ。小さくて可愛らしい、リスの擬人化みたいな存在。


 そんな可愛らしさの塊みたいなやつが、俺を部屋にいれた途端、鍵をカチリと下ろしてそう宣言したのだ。


 俺の頭は、真っ白になったよ。


 いや、わけわかんなさすぎでしょ。俺は今日、後輩の家庭教師に来ていたはずだったんだ。それがどうして監禁事件に巻き込まれることになったのか? 意味不明すぎて、無量空処をくらったときの漏瑚じょうごみたいな顔になってるんだけど。


「……えっと」


 俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。


 よく見ると、壁一面にやばいのがいっぱい貼ってあったのに気づいたから。出るわ出るわ、犯罪の証拠。あれは全部俺の隠し撮り写真だ。登下校の様子から、スタバでフラペチーノ飲んでるときの顔まで。薄暗いから全部は見えないけど、「銀次くんかっこいい」だの「銀次くんかわいい」だのコメントもたくさんたくさんサインペンで書かれているよ。


 ……うん。


 この娘、やばいわ。






 犯行状況はこうだ。


 夏休み終了が近づいたある日のこと。

  

 昔通っていた空手道場の後輩、直方春道のおがたはるみちに「家庭教師をしてください」と呼び出された。ハマっているネット作家、「赤井つむぎ先生」の新作を全裸待機していた俺は、後輩のために重い腰を上げてやり、直方家へと向かうことにしたのだ。


 直方家のおがたけへ行くのは初めてだったから、教えられた住所をグーグルマップで検索。自転車をかっ飛ばし、夏の陽射しに焼かれ汗だくになりながら、犯行現場となった直方家へと到着。時刻は十二時二十五分。

 

 その後リビングに通され、水滴の輝く麦茶のコップを砂漠のオアシスと感じ、一息つけた。しかし不満はあった。こんな暑い時間に呼び出した馬鹿な後輩に嫌味の一つでも言ってやらねば気が済まない。その考えが、神様の逆鱗に触れたのか? だとしたら、ずいぶんと狭量な神様もいたものだ。


 春道は、勉強の用意をすると部屋に行ったきり戻ってくる気配がなかった。五分が十分、十分が十五分と時計が進むにつれ、俺の貧乏ゆすりは激しさを増していった。


 そんなときだった。


 小動物が、俺の視界に入ってきたのだ。


 正確に言うなら少女だ。俺と同じ学校の制服を着ていなかったら、間違いなく小学生と見間違えるほど身長が小さく可愛らしい。


 彼女は俺と目が合うと、肩を震わせて壁に隠れた。


 ショックを受けたね。人相と目つきが悪いことは自覚しているけど、女の子からそんな反応をされるとさすがに傷つく。


 だけど、彼女は逃げたわけではなかった。壁から顔をのぞかせると、なぜか頬を赤く染めてうつむき、また俺の顔を見てはうつむき、また見てはうつむいた。


 忙しいやつだ。ワニワニパニックでもこんな忙しなく動かないわ。


 そんなにらめっこを何度か繰り返していると、彼女が控えめにちょいちょいと手招きしてきた。なんて愛らしい招き猫だろう。頭に穴があったら全財産注ぎ込んでやるかもしれない。


 あまりにも可愛らしい呼び出しだったから、俺もついついていったよ。春道はいつまでも帰ってこないし、手持ち無沙汰だったからな。可愛らしい女の子に呼ばれて、ついていかない理由がなかった。


 内心何が起こるんだろうという期待感と微かな不安で、心臓がクラブミュージックぐらいの反響を奏でていたよ。ちょっとピンク色な妄想が頭をもたげそうになってもいたしな。なんか、告白でもされるんじゃねえか!とかさ!


 彼女の誘いに応じて二階に上がると、少女は猫の看板がついた部屋の前で立ち止まった。佳奈多、と名前が書いてある。佳奈多ちゃんという名前らしい。春道の妹……ではないか。高校の制服を着ているしな。なら、なんだろう? 春道が前に姉がいるといっていた気がするけど、まさかこのチンチクリンが……?


 佳奈多ちゃんについて思考を巡らせていると、彼女がこちらに向き直って、ふうっと息を吐いた。


 そして、扉を開けたんだ。意味深な反応に俺の期待は膨らんだよ正直な。え、これから部屋の中でなにかいいことでもあるのかって。ピンク色の妄想がちょっとだけ助走を始めたさ。


 でも、そんな期待は部屋に入ったとたん打ち消されたさ。


 サムターンの音とともに。


 彼女、直方佳奈多のおがたかなたの開幕そうそうぶっ飛びまくった挨拶とともにな!


 

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