第2話 テスト・パイロット

「・・・誰だ、貴様」

 男の声が聞こえる。

「え?」

「貴様は誰だ」

「リョウ」

「苗字は?」

「・・・・・・多分、カリル」

「多分?」

「親父は名乗るのを許してくれなかった」

「そうか・・・所属と階級は?」

「タクアニカ帝国、日本自治区第7師団隷下れいか、技術試験隊の二等兵」

「ほう・・・よし、本当のようだな」


「リョウ、何言ってるんだい?」

 男の声は通信機には拾われていないらしく、科学者には彼がうわ言を呟いていると受け取ったらしかった。

 刹那、リョウは戦慄した。「親父は許してくれなかった」——そのような批判と取られうる言葉が父の耳に入ることは、すなわち彼への苛烈な虐待が起こるのと同義であった。

「なんでもありません。」

「そうか。今お父上はここにいらっしゃらないから安心していい。・・・とりあえず適合率は上々。それじゃ、試験場の方に行くから、そこのハンヴィーに乗ってくれ」

「これだけのために、ここで起動試験を?」

「適合率が低いと発狂しちゃうからね、警備兵がわんさかいるここでやる方が面倒ごとは少ない」

「えぇ・・・・・・嘘でしょ」

 彼は車に乗り込んだ。移動の途中、また男の声が聞こえた。聞こえるというよりも、頭に響いた、の方が正しいだろう。

(お前のような童がなぜ軍にいる)

「俺は・・・」

(言うな。うわ言扱いされて困るのはお前だろう、頭の中で考えるだけでいい)

(親父が拾ってくれて、養育の代わりに小間使いとサンドバッグ替わりになってる。んで何故か試験隊にいきなりブチ込まれて、で——ってわけ)

 彼は「そうか・・・・・・」といったきり、押し黙ってしまった。試験場までの道のりはかなりあったから、ここから先がリョウにとって退屈極まるものだったことは想像に難くない。

 そもそもリョウは正規の訓練などはろくに受けていなかった。何の脈絡もなく試験隊に入れられたため、1番焦ったのは人事部と言っていい。さらに謎を深めたのは、彼の所属する基地の試験隊の仕事がほとんどないことである。兵器開発は主にタクアニア本国で行われ、日本に回されるのは型落ち品が大抵だったからだ。



 ここで、彼のいる時代について解説しておく必要があるかもしれない。

 2022年のロシアによるウクライナ侵攻の後、今度は新興国家のタクアニアが台湾を急襲した。

 天下のアメリカとはいえ、ウクライナでの緒戦に追われた直後のコレであるから、対応が後手に回った。一応は在日米軍が出動して防衛にあたったが、米の出払った後の沖縄の守備戦力は激減した。

 そこを突いた中国は台湾を無視し、清時代に黙認した日本による沖縄統合を「数百年間に及ぶ領土侵害」であるとして、突如沖縄に大艦隊を差し向け、攻撃を開始した。(中国が台湾攻撃を看過したのは、タクアニアが外国籍企業にも関わらず、人民解放軍の兵器生産を請け負っており、強く出られなかったからである。)

 侵略の食指が四国まで延びようとしたのを、自衛隊、および後から合流した米の援軍によって何とか九州北部まで押し返した。が、そこで両軍に疲弊の色が見られるようになり、中国は核兵器の使用を示唆し始めた。

 それに対し国際社会はそれ以上の奪還作戦に難色を示すようになったため、結局、台湾本島と沖縄、九州の南部地域は中国領となった。

 タクアニアは新興国とはいえど、元はタクアン・グループと呼ばれる超巨大企業複合体であり、その中には兵器シェアNO.1を誇るタクアン・ウェポン・インダストリーがあった。そのため、その軍事力は強大で、2つの超大国を相手取る羽目になったアメリカに、対処の余裕はなかった。

 世界のゴタゴタを機と見たタクアニアは各国に侵攻し、西はアフリカ東岸部、東は大韓民国までを含めた超巨大共同体を作り上げた。

 これに焦ったのは言わずもがなアメリカで、G7諸国を中心とした連邦制新国家を樹立、自らの国の命運をそれに託した。

 ロシア連邦は大量の核戦力を武器に中立の立場をとっていたのだが、困ったのは2陣営の干渉地帯となった日本であった。そして、世論の分裂と内紛を招きながらも、日本は経済発展をいまだに続けていた中国側についた。結局、アメリカの努力は水泡すいほうした。

 世界は再度、冷戦状態に突入したと言える。

 リョウの感じていた不満の1つというのもこれであり、他の国の都合を全く無視したタクアニアの自地域優先主義と、搾りカスのような自分の地域の、生活のままならなさから逃避しようとしていたのだ。そんな彼にとり軍の司令官に拾われるというのは僥倖ぎょうこうであったはずなのだが、行った先すら地獄だったのを鑑み、一体どちらがマシだったのかと頭の片隅で考えるのだった。

(また彼の知るところではなかったが、タクアニアは間接統治を実行しており、日本を管轄したのは中国自身ではなかった。)

 次に彼が降りたとき、そこは一帯荒野であった。

 試験場中央部に来ると、通信機から研究者の男の声が聞こえた。

「まずサーボメーター類がスペック通りか検査する。そこいらを走り回ってみて」

 言われた通りダッシュした。

 彼は自分の体が軽くなった感覚に襲われた。普通なら20秒もすれば息が切れ始めるペースを意識して走ったが、彼の認知と機械的出力に齟齬が起こったか、眼前のディスプレイは48km/hという数値を見せている。しかし、その速度で尚、彼は30秒を超えても走り続けられた。40秒、50秒、1分・・・・・・

 ついに彼は3分間、全くペースを落とさずに走り続けた。彼はその肉体に一切の疲労を感じてはいなかったが、代わりに性能の高さから来る恐怖に冷や汗を垂らした。

「終了。やっぱり適合率さえありゃものすごいスペックだ。んじゃ、次は兵装の試験に移ろうか」

「他のスペックは?」

「疑問が残ってたのは足回りだけだ。残りのとこなんか、どーせ普通のMPAより高性能だから別に構わないよ」

 それでいいのか、とリョウは内心不安であった。

「はい、近接兵装のロックを解除した。背部右側に取り付けてある刀、抜いてみて」

 彼は言われた通りに抜いた。すると、黒い刀身の縁のみが白く輝き始めた。

「んじゃ、そこにある戦車、叩き斬ってみて。あと、アルテリア本体には強く当たらないようにしてくれよ?白い部分が高周波ブレードになってるから、あんまり強くあてると流石のそれでも装甲が溶断されちまう」

 切り方も何もリョウは全く無知だったが、とりあえず思い切り振り下ろした。

 本来、戦車の正面装甲は砲弾を防ぐために、非常に分厚くなっている。しかし刀はそれを、いとも容易く切り裂いた。リョウの手には「斬った」という感覚すら残らないほどである。

 少し楽しくなった彼は、両断された戦車の片方を輪切りに、もう片方を袈裟斬りにしたが、最後まで切れ味は落ちなかった。

「OK。じゃあ次が最後のテストだ。背部左側のライフルを取って」

 懸架されているライフルは、銃身と銃床を切り詰めたショットガンのような形をしていた。

「それで、2km先の的を撃って欲しい」

「これショットガンですよ?しかもバットストックもないし」

「形はショットガンだが、飛ばすのはジェネレータから供給される反物質だし、収束率も無段階で変えられるから大丈夫だよ。ストックの方は、アルテリアのアームパーツでホールドするから問題ない」

 ターゲットの位置をレーダー上で捉えたリョウは、そこに向かって銃を向ける。

「オートズームだから、スコープは必要ない。収束率40%、出力9.8%。撃って、どうぞ」

 引き金を引く。すると銃身の先から光芒が走り、的の中心へと吸い込まれていった。そして、閃光が走ったと思うと・・・

的が土台ごと吹き飛んだ。

「・・・・・・よし。テスト終了。お疲れ様、リョウ」

「これだけ?他には?」

「シミュレーション上で十分にテストされてるさ。別に構わないよ」

 彼は釈然とせぬまま、基地に帰った。

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