第4話 ホームズの推理
「どうぞ。もうみんな帰りましたから」
そう言って浅見さんは僕たちを吹奏楽室へ招き入れてくれた。
時間は18時半を少し回ったところ。あらかじめ湯川さんと居残り練習をする許可を先生に取ってくれたということで、二人以外の吹奏楽部員はすでに帰宅していた。
「ほお!これが例のピアノか!今日はまだ鳴ってないんだな?」
嬉しそうな声を上げながら、ピアノをべたべたと触るホームズ先輩。艶々のピアノの表面に指紋の跡が付いていくのもお構いなしだ。
「今日はまだ鳴ってないです。というか、勝手に鳴ったというのは噂なので、実際に鳴ったかは分かりませんよ?」
「火の無いところに煙は立たん!噂があるということは、そこには必ず隠された何かがあるということだ!」
そうかな?ただのデマということもあるんじゃ?
――ぽろん。ぴろん。
ボームズ先輩が鍵盤を雑な手つきで押す。
「ふむ。普通の楽器のピアノの音だな」
それはそう。そこから疑ったらそれはただのピアノの形をした妖怪とかの話になってしまう。
「あ……その……」
湯川さんは浅見さんの背中に隠れたままで何か呟いている。
「ふむ。ふむ…ふむ……」
ホームズ先輩はピアノの周りをぐるぐる回りながら何かぶつぶつと呟いている。
「やはり普通のピアノだな」
普通じゃないピアノをご覧になったことがあるのだろうか?
「ならば考えられることは……」
そしてまたぶつぶつ言いながら何かを考え出した。
それをにやにやとした顔で見ているマーブル先輩。すでに謎が解けたようなことを言っていたけど…。
「分かったぞ!!」
部長うるさい。
「ふふふ。私の灰色の脳細胞をもってすれば、この『勝手に鳴りだし女生徒を恐怖のどん底に突き落とす悪魔のピアノ事件』の謎を解くことなど造作もないことだ!!」
あんたホームズだろ。灰色の脳細胞はポアロだ。
あと事件名が長い。捜査本部の看板か。
「凄い!もう分かったんですか?!」
浅見さんはそんなホームズ先輩の言葉に目を輝かせている。
「分かってしまえば簡単なことだ!いや!俺だからこそ簡単に見えてしまうのかもしれないな!」
その自信の1%で良いから湯川さんに分けてあげて。
「では説明しよう!これはこのピアノが鳴ったわけではない!」
「え?!」
「放課後、この教室で古畑が聞いたピアノの音というのは、このピアノに置かれていたスマートフォンから流れて来た曲に間違いない!」
おっとこれは…。
「スマホの音?」
「そうだ!部活が終わった後、何者かがこのピアノにスマートフォンを置いておく、おそらくは鍵盤のカバーの上だろう。ピアノの上だと着信のランプが暗闇で目立ってしまうからな」
「着信のランプということは、そのスマホの着信音にピアノの曲を設定しておいたってことですか?」
浅見さん。そんなにまともに相手してあげなくても良いよ?
ほっといても一人で喋り続けるんで。
「ああ!そして古畑がこの吹奏楽室に入ってきたのを見計らって、そのスマートフォンに電話をかけたんだ!離れたところからだと古畑が入って来たのが分からないだろうから、犯人はこの室内のどこかに潜んでいて、その時が来るのを待ち構えていたに違いない!そして、2台も携帯を持っているとは考えにくいので、この事件の犯人は2人いる!!」
「なるほど!それでその犯人というのは?!」
「知らん!!」
「え?!」
「俺は謎を解きに来たのであって、犯人を捜しに来たわけではない!!俺は名探偵であって、警察ではないからな!!」
そんな手抜きの名探偵がいてたまるか。
「ホームズ。じゃあ、何故犯人は古畑さんがこの教室に戻ってくると知っていたのかしら?」
「そんなことは知らん!」
「じゃあ、犯人はどうやって鍵のかかったこの教室に忍び込んでいたのかしら?」
「それは部活が終わってからずっと潜んでいたんだろう!」
「部活が終わった時間は18時。教室には照明もついているし、外はまだ明るいわ。そんな中で、2人もの生徒がこの教室に残っているのを先生は気付かないものかしらね?」
そう言って教室を見回すマーブル先輩。
パートごとに座る椅子が室内に並べられてあり、前にはこのピアノ、後ろにはロッカーがある。
人二人が誰かに見つからずに隠れられるような場所は見当たらない。
「どうかしら?あなたの推理は穴があるんじゃないの?」
「気合いで隠れれば何とかなる!」
人は気合いで姿は消せまい。
「じゃあ私の華麗な推理をお見せしましょうか」
マーブル先輩はそう言って自信満々に起伏に乏しい胸を張って宣言した。
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