第2話 浅見右京と湯川蘭

 結局根掘り葉掘り馬淵先輩に問い詰められて、僕は知っていることを全て話した。

 とは言っても、知っていることといえば同じ一年生だということと、吹奏楽部に入っているということくらいで、昨日の今日では馬淵先輩を満足させられるほどの情報なんてあるはずもなかった。


「あ!和徒村わとむらくーん!」

 部活が終わって下駄箱で靴を履き替えていると、弾んだ声が聞こえてきた。

 入り口のところで手を振っている女生徒。身長は160センチくらいかな?170センチの僕と並ぶと少し低いくらいだからそんなもんだと思う。

 ショートカットでボーイッシュな顔つきの少女。手には細長い黒のケースを持っている。

 1-Fの浅見右京さん。例の僕にとって初の友達だ。

 今日は部活が終わったら一緒に帰ろうと誘われていた。

 こういう時ってどうやって断ったら良いのか……教えて偉い人!


「早かったね!」

「うん。うちは特に終わってから片づけるようなものがないし。というか、部活中も何をやってるわけでもないしね」

「はは…噂通りだね」

 嫌な噂なのは間違いないけど、そこに自分が含まれるのは御免被る。


「えっと、そちらは?」

 浅見さんの後ろに隠れるようにしている女子が1人。

 馬淵先輩と比較するのもどうかと思うけど、比較したくなるほどに背が低い。

 それでいて長い黒髪は腰の辺りまであって、前髪ぱっつんな見た目は日本人形を想像させられる。


「この子は、同じ吹奏楽部の湯川蘭。一緒に帰ろうかと思ったんだけど……嫌かな?」

「いや、別に僕は構わないよ」

 むしろ二人きりにならなくて助かる。

 浅見さんもその方が楽だと思ったのかもしれない。


「和徒村君…よろしくね……」

 浅見さんの背中に隠れたままで、顔だけちょこっと出してそう言った。

 


「でね、私と蘭は小学生の頃からコンクールで一緒になることが多くて、それで友達になったの」

 二人は小さい頃からピアノを習っていたらしい。


「でも、いつも蘭が優勝して、私は2位ばっかり。本当に凄いなあってずっと思ってたから、こうやって友達になれたことが嬉しいの」

「そんな…私…なんて……」

「何言ってるの!入学してすぐにピアノソロなんて凄いじゃないの!」

「あれは…お父さんの……」

「あの、ピアノソロっていうのは?演奏会でもあるの?」

「あ、そうなの!毎年この時期に公民館で地元の人を集めて演奏会をするの。でも、本当は新入生に、上級生はこれだけやれるんだぞ!っていうのを見せつける為らしいんだけど、今年はその新入生の蘭がピアノに選ばれたのよ!凄いでしょ!」

 多少穿った味方な気もするけど、中にはそんなつもりの人もいるかもしれない。

 ん?でも……。


「あのさ、吹奏楽ってピアノって使ってた?あんまりそんな印象がないんだけど」

「普段はあまり見ないかもしれないわね。全く使わないってことは無いんだけど、吹奏楽部にピアノ専門のパートを置いているところって珍しいと思うよ。私は聞いたこと無いし」

「え?それじゃあ、湯川さんがやるピアノって?」

「今回の演奏会は特別にピアノソロの演目をやることになったの。「マードックからの最後の手紙」って聞いたことないかな?」

 それはタイタニック号に乗っていた航海士が家族に送った手紙を元にして作られた曲。


「オケでやることも出来るんだけど、今回は演奏会のラストにピアノソロで演奏することが決まったの」

「それを湯川さんが?凄いね」

「え……あ……うぅ……」

「ありがとうだって」

 いや、そうは聞こえんやろ。


 そんな他愛も無い会話から、今回の事件は始まった。



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