第50話あなたに届けたい動画


「そっか。制服じゃないんだ」


 メノウを迎えに行ったイチズは、私服の彼を見て驚いた。


 話しを聞いてみると彼は学校には通っておらず、フリースクールに席を置いていたらしい。メノウの経歴やダンジョン警察の事も考えるならば、自由の利く教育機関をフブキが選んだそうだ。


 今までのメノウの日常は、彼が日本に慣れる練習のようだものだったのだ。だから、義務教育中でもダンジョン警察の仕事が許されていた。自分の力を使うことで自信を付けさせたかったと、これもフブキが上層部に掛け合ったと言う話だ。


「フブキさんには敵わないな。ものすごい立派な保護者しているし」


 こんなふうにしっかり保護者をしているからこそ、イチズはメノウとの関係性が少し変わったことをフブキに伝えた。


 付き合う一歩手前ですと簡潔に説明したら「手を繋ぐまでは許す。相手は十二歳だから、節度は守るように」とつっけんどんな態度で言われた。


 十二歳という年齢に、イチズは腰を抜かすほどに驚いてしまった。


 メノウは身長こそは高いが、早生まれだったので十二歳で中学一年生になっていたのである。前にメノウの肉体について不思議な感覚を抱いたが、十二歳というならば肉体のアンバランスさも説明がつく。成熟には程遠いからこそ、少しだけ子供の特徴が残っているのだ。


 しかし、メノウが十二歳だということは、イチズの一世一代の告白を正しく理解できていたかどうか怪しい。


 イチズは十二歳のころの自分の恋愛観を思い出して、絶望的な気分になった。……しばらくは、真っ白な男の子を育てる楽しみを噛みしめることにしよう。


「ねぇ、この私服って誰が選んでいるの?」


 イチズについてきたヨルが、ひょっこり顔を出した。


 彼女が興味深々なのは、趣味がよい私服だ。落ち着いた茶の色合いが、程よく大人っぽい。


 学校に通う格好かどうかは疑問が残るが、お洒落である事には変わりない。メノウは身長が高いので、大人が好む装いをしてしまえば年齢不詳の美人にしか見えなかった。十二歳だと分かるような人間は稀であろう。


「ユウダチさんですよ。あの人はファッション雑誌をいっぱい読むから、コーデが上手いです」


 見た目だけのヤンキーだと思っていたユウダチだが、意外な特技があったようである。メノウの服を選びに行くときには、一緒に連れて行ってもいいかもしれないとイチズとヨルは考えていた。


「そういえば、イチズの告白は全世界に発信されたんだよね。知らない外人にも、ご祝儀みたいな高額スパチャを何回も投げてもらっちゃってさ」


 ヨルの言葉に、嫌なことを思い出したとイチズは頭を抱えた。


 ヒビナとの戦いは、全世界に発信された。戦いそのものは内容が地味だったともあり、回覧数は伸びてはいない。けれども、感動的だといって投げ銭を投げるお人よしは何人かいたのだ。


 そのなかで、こちらが不安になるほどの高額投げ銭を投げ続けていた外国人がいた。


 名前は同じなのに言語はバラバラだったので、メノウの熱心のファンだったのかもしれない。念のために、メノウに高額投げ銭のことを知らせると予想外の反応が返ってきた。

 

「この人は、僕を知っている人です」


 関係者一同驚いたのだが、メノウはメッセージの相手を言わなかった。様々な言語で書かれたメッセージに何と書かれているのかも明かさなかった。


 けれども、それでいいのだ。


 イチズは、そう思っている。


 その人がメノウに無償の愛で包んでくれたからこそ、今のメノウがいる。いいや、違う。メノウを愛してくれた誰が欠けても、今のメノウはいなかったのだ。


 愛を与えたいのに、愛が去っていくことに怯えるヒビナみたいな人間になっていたかもしれない。あるいは、両親への愛のためには全てを犠牲にするようなコクヨウのような人間になっていた可能性もあった。


「ありがとうございましたー!」


 イチズが青空に向かって叫んだので、一緒に歩いていたヨルとメノウがぎょっとしていた。そんな二人の顔を見て、イチズは笑うのだ。


「ねぇ、今度はどんなメノウの動画を撮ろうか?」


 青空の下にいるメノウを愛する人に届けるために、イチズは今日も動画の企画を考えるのであった。


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