第32話 尋問

「それは運命だったとしか言いようがない」


 拘束具を上半身に付けられ、身動きの取れない涼夜は、静かに語る。


 北区田端の大型ビルの中にアマツイクサの拠点のひとつがある。涼夜はそこに連行された後、取調室で尋問を受けている。


「彼は、長峯俊介は、ただ知的探究心から、東北でのフィールドワークを行っていただけだった。それが、一月十八日、彼の興味は北海道へと移った」

「何があったの?」


 部屋の隅で腕組みして立っている刀子が、鋭い声で問いかける。


「アラハバキとの接触」


 涼夜は体を動かせないので、刀子の方は見ずに、机を挟んで真向かいに座っている土方へと笑みを見せた。


「あなた達も知っているでしょう? 今や穏健派を率いる、巴さんの出自。かつての夜刀神が枝分かれして出来た新たなる一族」

「よく……知っているさ」


 土方は、肘を机上に乗せて両手を組み、口元を隠している。目尻の皺が微かに歪んだだけで、容易には感情を読み取らせない。


「最初、巴さんは警告だけのつもりだった。長峯俊介は日本民族のルーツを知りたいという純粋な思いから、知らず知らずの内に、闇の領域へとかなり深入りしつつあった。彼は、運が良すぎた」


 道に迷っただけだった。


 俊介と俊雄の兄弟は、東北の山奥で遭難しかかっていた。


 軽い気持ちだった。大学の研究のため、足を使うことをも厭わなかったが、しかし情熱だけが先走り、フィールドワークをするには装備も準備も不十分だった。


 必死で山の中を進んでいった。無駄に体力を消耗せず、まずは同じ場所に留まり、気持ちを落ち着かせなければならなかった。それなのに、彼らは焦り、がむしゃらに動いた。素人同然の判断だった。


 その結果、偶然にも、アラハバキの隠れ里を発見することが出来た。


「長峯俊介。大学では文化人類学を専攻。特に蝦夷の研究に並々ならぬ熱意を示し、時には天才、時には異端者扱いされ、学内でも常に孤高の存在だった……」


 手元の資料のページを繰りながら、土方はひとり呟く。それから資料をパンッと閉じると、涼夜を睨んだ。


「くだらない回想で時間を潰されるのは不本意だ。一方的に質問だけさせてもらう」

「どうぞ?」

「お前は何者だ」


 沈黙が流れる。お互い口を開こうとしないが、その間も張り詰めた空気の中に無言の鍔迫り合いが繰り広げられている。


 やがて折れたのは、涼夜だった。


「原初の四人」


 その言葉に、土方は眉を吊り上げる。刀子も息を呑む。室内の様子が一変した。


「つまり……千四百年も昔に生きていた人間であり……長峯俊介によって甦らされた、古き夜刀神の幹部であると、そういうことなのか?」

「そもそも涼夜なんて名前、普通じゃないでしょ」


 くすくすと涼夜は笑った。どこまでもくつろいでいる。


「これはね、僕が適当に付けた名前。本当の名前はあったけれども、忘れた。桐江という名字も、僕の面倒を見てくれた現代の夜刀神のとある一家から拝借したもの。つまり、ここにいる桐江涼夜という男は、本来どこにも存在しない人物」

「嘘を言わないで」


 刀子が、土方の目の前にある資料を掴み取り、涼夜の胸に叩きつけた。


「お前は玉造町の小学校に通っていた。長峯蓮実や浅井夕華と同級生だった。その事実は覆しようがない。戸籍だってちゃんと残っている。お前が原初の人間であるはずが――」

「アムリタを飲んだ人間が、なぜ老衰で死なないか、わかる?」


 涼夜の双眸が暗く光る。


「それが、僕ら夜刀神一族が、蛇神崇拝の民族であり、また朝廷から恐れられた理由」

「何?」

「脱皮だろ」

「え」


 刀子は土方の顔を見た。土方は何食わぬ顔で、話を続ける。


「人間は生きている以上肉体のあらゆる部分が劣化してくる。当然代わりの部品などない。ただ朽ちていくだけだ。しかし尋常ではない骨肉の精製能力と新陳代謝の力が組み合わさった時、老廃物は捨てられ、新たな肉体を得ることが出来る」

「隊長は、なぜ、そんなことを知っていて……?」

「通常の人間の七割ほどの速度で歳を取る。そして還暦を迎える頃に、脱皮が始まる。文字通りの老廃物燃焼であり、崩れた古い肉体は塵となって消える。再び現れる肉体は年齢にして十歳前後。そこからまた成長を始める」


 土方は口の端を歪めた。


「体験済みだ」

「……へえ」


 初めて、涼夜の表情から余裕の色が消えた。得体の知れない存在を見る眼差し。若干、瞳が揺れている。


「さあ、続いての質問だ」


 資料のプリントの束をめくり、土方は椅子に腰かけ直す。


「主戦派が躍起になって探している、長峯俊介の手記とは、一体なんなのだ?」

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