第28話 アマツイクサ
去ってゆくワゴンを見送りながら、涼夜を捕らえた刀使いのアマツイクサ隊員は、腰の無線機を外した。
「
どこかへ連絡している。
刀が突き刺さったままの肩の激痛をこらえながら、涼夜は相手の顔を見上げた。
マスクに隠されてわからないが、声から、老人であることは判別できる。そして、涼夜の知る限り、アマツイクサであれだけの強さを誇る老人として思い浮かぶのは、一人だけいる。
アマツイクサ隊長、土方。
「油断か。それとも集中力の欠如か」
通信を終えた土方は、マスクを取った。
鷹の目。短く刈り揃えた頭。真一文字に引き締められた口元。年齢は還暦を超えていると思われるが、その強面から漂ってくる精気は、並みの若者のそれを遥かに凌ぐ。
「韋駄天と恐れられるお前をこうも簡単に制圧出来るとは思わなかった。仲間の救援でも期待しているのか」
「残念なことに、僕は裏切り者だから。穏健派も僕を許さないみたいだし、打つ手はないみたいだね」
「なぜ裏切った」
土方はしゃがみ込み、涼夜の目を覗く。
「貴様には志はないのか」
「あなたも人のことは言えないでしょう」
涼夜のひと言で、土方の目元がピクリと痙攣した。少し怒っているな、と涼夜は感じ取った。
新宿駅周辺は瞬く間に戒厳令下の体制が敷かれつつあった。アマツイクサの隊員達が指示を下し、人々は抗うことも出来ず、西口側か東口側へと誘導されていく。涼夜の周囲には土方と数名のアマツイクサ隊員以外の人間はいない。
「表舞台に出ちゃっていいんですか?」
「仕方があるまい。先に手を出したのはお前達だ」
「何千年間も秘密にしてきたことを、こんなにあっさり、衆人の目に触れさせてまで、僕らを殲滅したいと?」
「天秤にかけるものの重みが違う」
土方は立ち上がり、西口側からやって来るセダン車に目を向けた。
紺色のごく普通の家庭用乗用車から、麻多智刀子が降りてきた。捕縛されている涼夜を見て、目を丸くする。
「本当に、隊長が……」
「疑っていたのか」
「私でも逃がした相手を、まさか、と」
「大した自信だ」
土方は苦笑する。
「俺を相手に随分と生意気なことを言うな」
「実際、私の方が強いから」
と言いつつも、刀子は歯噛みをしている。明らかに悔しがっている。その様子は、獲物を横取りされて拗ねている幼子のようだ。
そうやって二人が会話している間にも、方々からそれぞれごとの移動手段でもってアマツイクサの分隊長クラスが集結しつつある。
まず最初に、あからさまなほどに迷彩塗装な軍用トラックが到着した。そこから飛び降りた、迷彩服を着た虎髭の大男が、地を震わさんばかりの大音声を張り上げて、土方に声をかけた。
「おう、隊長っ! さすがだな、あの韋駄天を捕まえたか!」
二メートルを超える巨躯。涼夜はその存在だけは知っていた。生身で夜刀神一族とも渡り合える豪傑と噂の男、
続いて、BMWが駅前に滑り込んできて、中から二人の男が出てきた。どちらもダークグレーのスーツを着ている。一人は伍島ほどではないが筋肉質かつ大柄であり、つぶらな瞳に似合わず巌のようにゴツゴツと四角い顔をしている。もう一人はボサボサの長髪に不健康そうな細面だが、スーツの上からでもわかるほど鍛え抜かれた肉体を持っている。
「
腕組みした刀子が、苛立たしげに足踏みしながら、二人を睨みつけた。
「悪いな、ボス。別件で手こずっていた」
低く響く声で対して悪びれた様子もなく言ってから、筋肉質な方の男は、小さな目を涼夜へと向けてきた。
「ほぉ」
ひゅっ、と口笛を鳴らす。
「さすが大将だ。ボスでも手こずった韋駄天を一発で仕留めたか」
「それ以上言ったら斬るわ、波戸」
と、本当に刀子は腰の刀へと手を伸ばした。
「怖い怖い」
ボス、と呼びつつも対等な物言いかつ不遜な態度を見せている波戸は、刀子から距離を取った。その横で(消去法で草埜と思われる)もう一人の男が、「なに遊んでんだよ」と呆れたように肩をすくめている。
そこからさらにやって来ること七人。
計十名のアマツイクサ分隊長が一堂に会した。
(男七人に、女三人か)
涼夜は集まった分隊長達を一人ずつ観察する。
男は、伍島に、波戸と草埜。他は、禿頭で僧侶のような雰囲気の男、色白で頬のこけた人相の悪い男、甘いマスクの長髪の青年、小柄で風采の上がらない老人、といった構成になっている。どれも曲者揃いといった風情だ。
かたや女のほうは、刀子を含めて、全員男並みに背が高い。いずれも鍛え抜かれた肉体の持主であることには変わらず、全体的なボディラインが整っているから、立ち姿が美しい。刀子の他は、迷彩服を着たショートカットヘアの女に、場違いなまでに紺のスーツを艶やかに――胸元を開けて着こなしている――長い金髪の女。
「噂の韋駄天って、意外と可愛いのね」
カツカツとハイヒールを鳴らして、金髪の女が近寄ってきた。間近まで顔を寄せて、正面から覗き込んでくる。瞳が碧い。
「綾川」
刀子が厳しい声で注意する。綾川と呼ばれた女は、肩をすくめて涼夜から離れた。
続いてショートカットの女のほうも寄ってきて、何か話しかけようとしてきたが、土方の号令で制されてしまった。
「皆、こちらに注目しろ」
分隊長達は一斉に土方へと顔を向ける。新宿駅構内にはすでに一般人はいない。幹部クラスが全員集まってきたこともあり、やっと心置きなく話せる、ということなのだろう。
「説明するまでもないが、蛇どもが動き出した。が、いまだ狙いは不明だ。最重要の懸案事項は、行方の知れない女王と、その娘である長峯蓮実だ。恐らくは、一時姿を消していた浅井夕華が関わっているのかもしれないが」
と、土方は刀子へと目線を走らせた。刀子は腕組みし、険しい表情で目を閉じている。
「残念ながら、取り逃がした」
「ボスのミスだな」
波戸がにやりと笑い、挑発してくる。その後頭部を、刀子は平手で思い切り引っ叩いた。首まで立派な筋肉のある波戸は、頭をはたかれたくらいでは動じず、笑ったまま肩をすくめた。
「例の手帳は?」
律儀にメモを取っていた草埜が、ハンドサイズのノートから顔を上げて、土方に問いかける。
「長峯蓮実のマンションを捜索したが、何も出てこなかった。叔父の長峯俊雄の家も部下に調べさせているが、まず何も出てこないだろう」
「誰が持っているか、ということですね」
「それは夜刀神側としても同様だろう。あれがあるのとないのとでは、今後の対策が大きく変わってくる。我々としては奴らの行動を阻止することに繋がるが、夜刀神にとっては、勝利への近道となるのだろうからな」
そこで全員の目が、涼夜へと向けられた。このタイミングで聞かれるであろうことは、ひとつしかない。
「おい! お前は知っているんだろう!」
伍島が肩を怒らせて、大きな声を張り上げる。答えを誤れば、そのまま飛びかかってきて、首の骨をへし折りかねない勢いだ。
もっとも、涼夜はそれほどヤワな身体をしていないが。
「僕は何も知らないし、仲間達が知っていたとしても、僕には教えてくれなかった。残念だけど、協力は出来ない。したくても」
正直に真実だけを告げる。
伍島は顔を真っ赤にし、ダンッ、とアスファルトを力強く踏みつけた。怒っている。あとひと言何かを言えば、躊躇うことなく、彼は突進してくることだろう。
が、ショートカットの女が全く違うポイントに反応したことで、伍島の気は逸らされた。
「〝したくても〟?」
女は腰に手をやり、あぐらをかいている涼夜を上から見下ろしながら、嫌悪の表情を露わにした。
「なんだそれ。お前、もしかして元の仲間を裏切るつもりじゃねえだろうな」
「上条、その話はどうでもいい」
また刀子が諌める。上条は溜め息をつくと、それ以上は何も言おうとしなかった。女性分隊長同士の力関係が、少しだけわかった。
「ま、こいつが知ってるってことは、他の夜刀神がもう動いていおかしくないはずだからな。知らないってのは、逆に考えて、嘘はついてないってことだ」
波戸の発言で、分隊長達は考え込む。一理はある。だが、それは涼夜が聞いていても、問題の本質からかけ離れている言葉だと思った。
「違うわ、波戸。この男が本当のことを言っているか、言っていないか、そこに問題があるんじゃないの」
刀子の話に対して、正しい、と涼夜は内心拍手を送る。
「大事なのは、長峯蓮実を、夜刀神達も連れ去ろうとしていたこと。これは何を意味するか、考えてみた?」
「それは一人でも多く戦力を――」
「女王がいれば全ては解決する。波戸、あなた、ちゃんとレポートを読んだの?」
「退屈で寝ちまった」
「呆れた。とにかく、あそこまで躍起になって長峯蓮実を奪還しようとしていたのは、それは即ち」
「女王不在ってことか」
「そういうことになるわね」
刀子はそこで、涼夜を睨んできた。
「つまり、こいつらは、いまだ寄る辺となるリーダーを見つけられていない、ということになる」
大正解。
今度は、涼夜は満面に笑みを浮かべて、刀子を称えた。急に笑いかけられた刀子は、戸惑ったのか、一瞬だけ表情を崩しかけたが、すぐに立て直して、再度涼夜を睨みつけた。
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