第13話 玉造町へ

 夜刀神伝説の舞台となっている玉造町たまつくりまちは、いまは行方なめがた市の一部となっている。かつては電車で行けたが、ローカル線が廃線となってからは車しか交通手段がない。


 本来なら叔父の車を借りたいところだったが、それは不可能となったので、仕方なくレンタカーを借りることにした。


 新宿駅近くのショップでセダンタイプの普通乗用車を借りて、一度大通りに出た後、路肩に停めて携帯電話をチェックした。


 やはり、涼夜からの折り返しはない。


 彼は何かを知っていた。それは夕華の失踪や、警察を装った謎の二人組のことだけではなく、自分の過去に関わることも全てわかっているような、そんな雰囲気があった。


 それに、叔父と、同じようなことを言っていた。夕華の失踪の件と、蓮実の過去という対象の違いはあれど、警告の内容に変わりはない。「これ以上深入りするな」だ。


 携帯電話を助手席に放ると、蓮実はサイドブレーキを下ろし、アクセルを踏み込んだ。


(ごめん、叔父さん)


 でも一度覚悟を決めた以上は、真実を知らずにはいられなかった。


 ※ ※ ※


 常磐自動車道を使って二時間ほどで目的地に着いた。時計を見るとちょうど正午だった。


 霞ヶ浦が見えてきた。どこか鈍く光っている水面を眺めていても、特に何の感慨も湧いてこない。生まれ故郷へ戻ってきたというのに。


 両岸の狭まっている所を橋で渡る。対岸は見えるが、それでも大河川並みの距離はある。橋を渡り切ると、殺風景で寂れた田舎町の中へと入っていった。静かでだだっ広い。橋を渡ってすぐ左手に塔が見える。事前に調べていたから、それが霞ヶ浦ふれあいランドの塔であるとわかった。


 国道354号線をまっすぐ進んでいくと、国道183号線と交差する場所にぶつかった。右に曲がれば、夜刀神が祭られている愛宕神社へのルートへと行き着く。今回のことと無関係とも思えず、一応は所在地を調べていたが、いまはまだ行く気はしなかった。左へ曲がり、本来の目的地へと向かう。


 国道を進んでいくと、自分が通っていた小学校の近くに着いた。空き地に停車し、外に出る。風の吹き抜ける音と、どこか遠くで車が走っている音。蝉がやかましく鳴いている。日差しはきついが、風のおかげでいくらか耐えられる。


 小学校の目の前にあるパン屋で昼飯を買う。店の前でパック牛乳とカレーパンを袋から出し、食事を取り始めた。


 何も思い出せない。


 いくつか思い出は甦ってきた。たとえば、昔からあるこのパン屋で、涼夜や夕華と一緒にパンを買った記憶はある。雨の日、傘を忘れて困っていたら、ちょうどパン屋から出てきた夕華が快く相合傘してくれたことも憶えている。だけど、両親とのことはまるで頭の中に浮かんでこない。


 せめて叔父から昔の住所を聞き出せれば、かつての家の近くまで行けたのに、それも難しい。どういうルートで学校と家の間を往復していたのか、すっかり忘れてしまった。というよりも、無意識のうちに思い出さないようにしているだけなのかもしれないが。


 パンを食べ終わってから、勢いで茨城まで来てしまったがこれ以上することがない、ということ気が付き、困り果ててしまった。このままでは無駄足となりかねない。


 まだ日は高い。焦らず、そう広くもない町だから、しばらく散策するのもありかもしれないと蓮実は気持ちを入れ替えた。


 車を再び発進させると、小学校脇の道に入って、地元の中学校がある高台へと上っていく。自分は結局通うことのなかった中学校だが、涼夜や夕華は通学していた。どんな場所なのか、一度見てみたかった。


 坂を上っていく途中で校舎やグラウンドが見えてきた。国道354号線とぶつかる所で、車から降りた。しばらく近辺を散策してみる。


 国道を進んでいくと、目の前に平野の風景が広がった。このまま歩いていけば先ほど渡った霞ヶ浦の橋に出る。霞ヶ浦ふれあいランドの塔が見えるので、方角的にはわかりやすい。


 こうして広々とした風景を眺めていると、ちょっとした施設と民家の他には、本当に何もない。その何もない風景は、しかし一応は生まれ育った町だからか、心を落ち着かせる。


 本当にこの町で、母が父を刺し殺したという事件が起きていたのかと、信じられないくらい――平和な空気が流れていた。


 引き返して、停めてあった車に乗り、国道を走る。183号線にぶつかったところで、さっきは曲がらなかった方向へとハンドルを切った。しばらく183号線を走ったところで、ブレーキを踏み、ウィンドウを開け、道路工事中の作業員に道を尋ねた。


「すみません、この近くに老人ホームがありますよね。どちらへ行けばいいんですか」


 夜刀神の祀られている神社は、谷間の奥にある老人ホームの側にあると、インターネットでは書かれていた。


 どんぐり眼のいかつい作業員は、ギョロリと蓮実を睨んだが、穏やかでまったりとした訛りで、


「あっちだ。道狭ぇから、気ぃ付けろ」


 と指差して教えてくれた。


 示された道は、田んぼの中へと通じていた。


「えっと……ありがとうございます」


 若干戸惑いながら、蓮実はお礼を言い、ハンドルを切って本道から外れた。

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