1 未開封の案内状

 立ち籠める煙。

 辺り一面、オレンジ色に蔽われている。

 ベッドから下りようと試みるもオレンジ色が邪魔をする。お母さんと大声で呼びかけるもウェンズデーの声は届かない。何度も何度もお母さんと呼ぶ。充満する煙が気管を刺激し出す。発声が儘ならなくなる。次第にお母さんのお、すらも発話出来なくなった。

 恐怖が急激に襲い掛かって来た。このまま誰にも見付けられなかったらどうしよう。そんな想像をしてしまった。どれだけお母さんと呼ぼうと来てくれないのは、もしかしたらお母さんは……

 思考がどんどん悪い方向に傾いで行く。

 弱気でいたら悪者を退治出来ないよとお母さんは良く言っていた。この情況で正気を保って居られるほどウェンズデーは強くない。

 決死に母親の名前を呼ぶが煙に犯された声帯は言うことを聞いてくれない。

 意を決してベッドから下りる。燃え盛るそれらを回避しながら部屋を出ようとするが、オレンジ色の範囲が拡大して廊下に出られない。

 声が出せない状態で誰かに存在を認識してもらうにはどうすればいいか、鈍い思考で考える。妙案は思い付かないが最低限のアイデアはうかんだ。最上位にランクインするであろうものだった。

 扉を叩く、だった。この方法が最善で最良と脳味噌が判断した。鈍重な思考でも思い付くだけましと自分を慰めながらウェンズデーは扉を叩いた。

 仮令お母さんでなくても家政婦さんでもこの際は構わない。お父さんだっている。どうしてお母さんばかり呼んでいたのだろう。力自慢のお父さんがいるじゃないか。そうだ! お父さんが気付いてくれればこの狭くて暗い部屋から抜け出せる。僅かの希望を見出した彼女は力一杯に扉を叩く。

 足音はおろか娘の名前を叫ぶ声すら聞こえない。

 やっぱりふたりはもう……

 見出したはずの希望は打ち砕かれてしまったと思ったその時だった。

 扉を外側から蹴破ろうとする激しい物音がした。扉を叩くことで部屋に自分がいることを証明する。外側にいる誰かも叩く音を耳にしたはずだ。これで助かる。お母さんとお父さんに会えると失った希望が息を吹き返したと両手を上げそうになったが現実はそう甘くは無かった。

 蹴破られた扉の向こう側から現れたのは、皮膚が爛れた何かだった。

 到底人間が発するとは思えない声で何か言っている。

 さらなる恐怖がウェンズデーを襲う。

 人間らしき何かは呻き声と嗚咽の狭間の声で彼女に近寄ろうとする。

 ウェンズデーは逃げる。ゾンビのように追い掛けて来るそれらに加えて、オレンジ色は侵攻の手を緩めない。扉を蹴破った所為で廊下で留まっていたオレンジ色が部屋に土足で踏み込んで来る。

 得たいの知れない生命体がオレンジ色を支配下に置いているように見える。

 頼みの綱のベッドはオレンジ色によって瞬く間に消し炭となってしまった。

 逃げ場を失ったウェンズデー。

 どうしようもない。

 どうすることも出来ない。

 このまま自分は得たいの知れない何かに肉体を食べられてしまう。血肉がこいつに吸収されるところを想像してしまった。最悪だ。

 非力な彼女に対抗する術はありはしない。

 受容するしかないのだ。

 重しを枷として装着しているわけでもないのに亀の足取りで近付いて来るそれ。恐怖の対象になるのに十分過ぎる。

 両親はそれに殺されたにちがいない。そうでなかったらウェンズデーを置き去りになどしない。

 刻一刻と死が迫っている。

 オレンジ色に染まるのが早いか、肉を喰われるのが先か。

 どちらにせよ待っているのは痛みであることに変わりはない。痛さの度合いがちがうだけ。それは目と鼻の先にいる。

 呼気が聞こえる。呼吸器官は死んでいないのか、呼吸器官だけは機能するように出来ているのか。鼻穴がないのにどうやって呼吸しているのだろう。酸素を取り込める器官が具わっているのか甚だ疑問だ。

 それはウェンズデーの頬に触れた。

 彼女は仰け反る。全身に鳥肌が立つのが判った。潰れた声帯を振り絞ろうとするそれ。何を言おうとしているのか嗅ぎ取ろうとするが、判らない。

 頬を撫でる。

 食べるんじゃないの。

 ウェンズデーはそう思った。

 それは彼女を食事と捉えているのではないのか。自分の認識は間違っているのだろうか。ウェンズデーは不安に駆られる。救けは未だに来ない。このままでは本当にそれと同等の存在になってしまう。

 オレンジ色の侵攻は容赦がない。

 いっそうのこと窓から飛び降りようか考えたが死ぬ虞もあるので突飛な行動に出られない。そうでなくとも彼女は高いところを苦手としている。バスに乗車すら出来ない彼女に窓から飛び降りるなど無謀以外のなにものでもない。

 爛れた皮膚にオレンジ色が移る。それは断末魔に似た呻き声を上げる。ウェンズデーから離れる。

 逃げ道を探そうと跡形のない扉のほうに視線を向けると、爛れた皮膚がもう一体、姿を現した。『マーズ・アタック』を思い出した。お父さんと観た映画。あの作品に出て来る宇宙人に似ている。

 それじゃあ宇宙人に地球が侵略されてしまう。危機的情況にも拘らずウェンズデーは楽観的な思考をし出す。

 もう一体はオレンジ色に袖をとおしているそれに近寄る。消そうと試みているようだが、その行為は自身の寿命を縮めるようなもの。そこまでして救けたいのだろうか。素晴らしい愛護精神だ。人間であれば賞賛に値するのだろうが、如何せんそれは宇宙人だ。

 それ共々灰になってくれると良いのにと願わずにはいられない。

 こんなことを考えてしまう自分は非情な人間だろうか。

 化け物同士の救け合いを横目にとおり過ぎようとするともういったいに腕を摑まられた。振り解こうとするが成人男性のように力が強くウェンズデーでは無理だった。

 威嚇をしてみるが野生動物ではないので効果がない。宇宙人なのだろうか。宇宙人であるならば、地球に来た目的は? 思い当たるのは侵略だ。けど二体を観ていると侵略するようには見えない。では様子見だろうか?

 数年後に大挙で押し寄せて……

 いやいや、妄想にもほどがある。

 オレンジ色がすぐそこまで迫って来ている。救けは来ないの? 消防車のサイレンは聞こえて来ないのを鑑みると通報者はいない。自力で逃げて、近隣住民に電話をしてもらうよりない。

 そのためにも屋敷から出なくては。

 火事場の馬鹿力が存在すると言うなら私を手伝って。

 ウェンズデーの願いは叶わない。引き留めるようにそれの力は益々強くなる。共倒れを狙っているのかもしれない。そうでないと腕を摑んだりしない。

 もう手遅れだ。

 オレンジ色の侵蝕範囲は広がる一方。終いに家具や壁に這い寄る始末。一刻を争う事態に発展する。

 部屋を出ないと、部屋を出ないと、部屋を、出ないと……

 迫り来る脅威に足踏みしてしまう。

 −−ウェンズデー、部屋から出ては行けません。良いですね?

 母親が注意する声が遠い過去の記憶を引き寄せる。

 お母さんの言うことを聞かないと。

 私はこの部屋から出ては行けない。

 私はこの部屋から出ては行けない。

 私はこの部屋から出ては行けない。

 わたしはこのへやから。

 わたしは、このへや、から−−

 意識が遠のいて行く。煙を吸い込み過ぎたみたいだ。

 目の前が暗転する。

「ウェンズデー」

 お母さんの声がする。

 漸く救けに来てくれたのね、

 助けに−−


「お母さん!」ウェンズデーは上半身を勢い良く起こす。息が荒い。またあの夢だ。夢なのに夢のように感じない。喉が渇いている。

 ベッドから下りて、冷えた廊下に出る。パジャマの上から腕を摩る。リビングにまだ光が灯っていた。

 まだ起きているんだとウェンズデーは思った。

「ウェンズデー、どうしたの」万年筆を手に原稿用紙とにらめっこしている。眼鏡を装着している。仕事していたようだ。こんな遅くまで。「眠れなかった?」

「夢を見たんです、また」

「ああ、いつものね」美耶子は椅子から立ち上がり、キッチンに向かう。「ココアがいい? ミネラルウォーターにする?」

 何時まで子ども扱いする気だろう。高校生になろうとしていると言うのに。

「コーヒーがいいです」テーブルに忽然と置かれている蝶々をあしらったデザインのカップを指差す。美耶子同様に大人であることを誇示したかった。対等の関係にあるのだと伝えようとも思った。

 しかし美耶子は首を横に振った。

「夜更けにコーヒーなんか摂取しては駄目よ。眠れなくなっちゃう」美耶子は言う。自分は良くても私は駄目は対等とは言わない。歴とした差別に当たる。ゾーニングという奴だ。「学校に行くのにコーヒーを飲んでしまって、遅刻でもしたら、私が姉さんに叱られる。預かった娘を蔑ろにしているってね」

 母親は実の妹に辛辣な言葉を言ったりしないと思う。父親だったら言いそうだけど。いや、ウェンズデーが知らないところで美耶子は母親から怒られていたりするのかもしれないと想像した。

 預かっていると彼女は言ったけれど、実際はちがう。美耶子が体裁を取り繕うとも思えないので冗談の類いだろう。彼女は冗談を頻繁に口にする。そうすることで自己防衛をしているのだとウェンズデーは認識している。それが当たっているか定かではないけれど。

 美耶子は両親ほど教育熱心というわけでもない。むしろ、甘いほうだ。ウェンズデーに何かあると血相変えて自分の元に来てくれる。大事な姉の娘だからか。あるいは、別の感情が彼女を支配しているのか。そこまでは観測出来ないけれど、美耶子から察せられるものは重々しい何かがあることに間違いはない。

「お母さんを何だと思ってるんですか」ウェンズデーは何気なく尋ねてみた。美耶子から母親のプロップスを直接耳にしたことがなかった。というか、触れたくないような感じを受けた。苦手なのか、劣等感に感じているのか。どうも余所余所しい態度を取っていた記憶が奥底に存在する。

「お母さんはねえ、とても素晴らしい人よ。私とちがってね」噓だ。美耶子は明らかな噓を吐いている。ウェンズデーが子どもだからと下に見ている。

「お母さんに負けてないと思うな」

「どう見ても負けてる。三十代も半ばで未だに未婚の独身を謳歌中。彼氏が出来る雰囲気は皆無。ここから下って行く一方よ。女性としても人生もね」美耶子は自虐しがちだ。自身を過小評価しているようにウェンズデーには見える。小説家として大成しているのだから美耶子は十分に成功者の部類に入る。向上心が異様に強いのが懸念点ではある。その向上心の強さが卑下や自虐に走らせているのだろう。

「薩摩川先生も良く自虐的な発言するけど、大人は自分は可哀想な人の振りをするの?」前々から気になっていたことをこの際だから尋ねる。

「それなりに経験していくとね、限界が見えて来るし、自分は誰にも負けないと凄んでいても、それ以上の存在を目の当たりにしてしまうと途端に自信を失くすの。それを糧に出来る人はひとつふたつ上のステージに上がれるけど、殆どの人は現状維持を目指すようになる。零れ落ちない努力に移行する。可視化されない才能に縋っても良いことはない。目に見える年収であったり、結婚という判りやすい部分に依存するようになる。それすら出来ない自分は不出来で情けない、不甲斐ない人間と自己揶揄を気付かないうちにしてしまう」

「そうなら大人になりたくないかも」

「子どもで子ども大変だと思うけどな」美耶子は食器棚から不細工な猫のイラストが描かれたカップを取り出す。冷蔵庫から低脂肪牛乳を手に取り、カップに注ぐ。カップをレンジに入れる。「未来は明るいと揶揄されるけど、皺寄せが行くのはその時代を生きる子どもたちなんだから」

「人身御供になっていると思ってないけど」ウェンズデーは小首を傾げる。「未来を明るくするかはその人次第じゃないの? お父さんはそのようなことを言ってたよ」

「貴女のお父さんは欲張りな人だからね。手に入るものは凡て手にして来たから」

「そんなことないと思うけどな」ウェンズデーは独り言を言う。何でも手に入れて来たと言うのであれば、ひとり娘が欲しいものを遺してくれたはずだ。でも父親はちがった。ウェンズデーに何も残さなかった。彼女の手許にあるのは将来、相続する予定の亜津馬家の遺産くらい。それもどれだけウェンズデーのものになるか判明していない。本家の人間とは言え、多額の金額が懐に入る保証はない。

 亜津馬も一枚岩ではない。本家、分家の仲の悪さは眼も当てられない。ウェンズデーの父親は亜津馬の当主ではあったが分家を含めて統制出来ていたかと問われれば否と答えるしかない。

 元華族を引き摺っている哀れな家系であることは慥かだ。

「出席するの?」湯気が眼鏡を曇らせている。それだけでカップの熱さが判る。「返事していないんだけど、貴女が厭と言うのであれば欠席に丸をして手紙を出さないと行けないから」

「……」ウェンズデーの前にカップを置く。「どうしたらいいと思う?」

「私に訊くのは間違っていると思うけどな。部外者である私の意見を参考にされてもねえ」眼鏡を外し、レンズを拭く。眉間を揉み、近くに置いている目薬を差す。「ウェンズデーがどうしたいかじゃない」

 無責任な人だ。それでも保護者代わりかと思う。もう少し姪を気に掛けてくれても良さそうなものなのに。ひとつ屋根の下で同居生活を開始して六年になるのに。未だに距離がある。お腹を痛めて産んだ子ではないからなのか、姉の子どもだからかのどちらかだろう。

 美耶子は世間体を気にする癖に後先考えずに行動する。部外者であるのに自分を引き取ったように。分家を盥回しされるくらいなら、妹の自分が引き取り責任持って育てると啖呵を切った。ウェンズデーの身を案じつつも良い人間と思われたかったのだと思う。生活をはじめた最初の一、二年は非道いものだった。

 興味を持たれていないのは容易に察せられた。家出しようにもウェンズデーが帰る家は存在しない。家族と呼べる人はこの世に美耶子以外にいない。

 ウェンズデーから歩み寄らなかったら関係性は今も変わらなかった。

 尤も関係が良くなったとは言えないけれど。

「私の選択を尊重してくれる?」砕けた口調で話せるようになったのも此処一ヶ月くらいだ。それまでは敬語で話さないと鬼の首を取ったみたいに指摘される。恐ろしい経験だった。「美耶子ちゃん、保護者だから」

「……そうね。貴女の選択を尊重する」美耶子は言った。

「本心からの言葉?」

「疑り深いね。まあ前科が有り過ぎるからそう言うのも当然か」美耶子は万年筆をインクのなかに入れる。眼鏡を外す。仕事以外で眼鏡を掛けている場面を見掛けたことがない。

「信用しているけど、信用していない」ウェンズデーは言った。

「私がウェンズデーの年齢の頃はもう少し、幼かったように思うけど、随分と大人びた発言をするようになったね」

「美耶子ちゃんが大人気ないからだよ。私が大人でいなきゃ」

 駄目人間と生活は出来ないよとウェンズデーは言った。

「申し訳ない」

「いいよ。もう慣れっこだから。保護者らしいことはそろそろして欲しいかな」

「そうだね。もう七年か」美耶子の顔に影が差すのをウェンズデーは見逃さなかった。「小生意気に育たなくて私はひと安心だ」

「親代わりが捻くれてるからね。反面教師にするんだよ、子どもは」ウェンズデーは微笑む。「返事は何時までなの」

 美耶子は椅子から立ち上がり、何処かに消えた。

 五分後に封筒を手に戻って来た。

「中身、見てないの⁉︎」ウェンズデーは驚嘆の声を上げる。

「見るの怖いよ、保護者とは言えね」美耶子はペーパーカッターで封を開ける。なかから一枚の羊皮紙が出て来た。たかが亜津馬の人間を呼び寄せるだけにここまでしなくてもと思うが、そこまでしないと亜津馬の名折れとでも思っているのだろう。「返事は……過ぎてるわ」

「はあ⁉︎ 美耶子ちゃんそれ本気で言ってるの?」

 美耶子が指し示す箇所を見ると慥かに日付が一昨日になっている。良くもまあきょうまで放置していたものだ。魂消る。頻りに部外者を公言しているとは言え、執着しなさ過ぎではないか。

「この案内状が何よりの証拠」

「何でそんな冷静なのよ! いくら気乗りしなくても、これでも本家の唯一の生き残りだよ? 分家の人たちに遺産を渡せるわけないでしょう。本当、何をしてるのよ」

「御免。私が悪かった」

「美耶子ちゃんが悪い」ウェンズデーは責めた。「あの人たちが如何に性悪で人格破綻者でお金に眼が無いか知らないでしょ」

「その説明で大方の想像は出来た。横溝作品に出て来るような人たちってことがね」

「よ、ヨコミゾ……?」知らない人間の名前が登場したことに当惑する。「その人が誰か判らないけど、美耶子ちゃんの想像を軽々と飛び越える人たちなの」

「行き詰まってる小説のカンフル剤になりそうね」冗談めいた口調で言う。美耶子は小説家だ。本人の弁に依れば、ピークの過ぎた、落魄れて凋落していくだけの。ウェンズデーは言っていることが理解出来なかった。二十代に燦然と輝いた栄光だけで生活していると美耶子は言っていた。その言葉の意味を知ろうとしたが意味が判らずに諦めた。

 美耶子の自虐は行き着くところまで行っている。漂着先が流刑地とは彼女の言葉。

「冗談にしては非道い」ウェンズデーは言う。「会えば厭でも痛感するから。こんな人たちに囲まれて生活していたんだって。地獄は現世に存在する」

「益々小説にしやすい」

「私の話、聞いてた?」

「聴いてる」両耳を伸ばす仕種をする。カップに入ってるのコーヒーではなく、ブランデーか何かではないかと疑いはじめる。琥珀色の瞳がウェンズデーを見ている。母親とおなじ瞳の色。姉妹だから当然だとしても、そこまでそっくりじゃなくてもいいじゃないと思わなくもない。「私の発言は到って本気よ」

「余計に怖いよ」ウェンズデーはテーブルを叩く。「返事をしていない私は行けないの?」

 美耶子は案内状は熟読している。

「期日までに返事が無い若しくは遅れる場合は顧問弁護士・久坂部草薙あるいは顧問探偵・上江院傑まで」美耶子は文言を音読する。「久坂部氏は知っているけど、上江院傑は何者? 肩書きの顧問探偵の胡散臭さが凄まじいんだけど」

「顧問探偵の役職は知らない。私の知らない間に一族の誰かが雇用したのかも」

「一族の誰かが相談もなしに雇えるものなの?」美耶子は尋ねる。

「判らない」ウェンズデーは口吻を突き出す。「お父さんと久坂部さんで管理運営していたから。お母さんも知らないんじゃないかな」

「久坂部さんに話を聞くのが早いってことだよね」美耶子は案内状を眺めながら言う。

「そうなるね。ところで今、何時?」ウェンズデーは尋ねる。

「三時五十分」美耶子は言う。「早く寝なさい」

「そ、そうだね。遅刻しちゃう」ウェンズデーはココアを一気に呷る。「美耶子ちゃんに一任するから! おやすみ」

 早口で捲し立ててウェンズデーはリビングを後にした。

 嵐が過ぎ去ったようだった。

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