第17話 迷宮のミノタウロス

同じく九月

希望ケ丘女子学校 視聴覚室


 渡邉は自分でも分かるくらい苛ついていた。

 抑えのきかない感情を目の前の生徒にぶつける。

 ぶつけて、ぶつけて、ぶつけて、吐き出す。


「せんせぃ……っ、ゃめて」


 宮原桜がかぼそい声で懇願する。

 その小さい身体を押さえつけるように覆い被さり、渡邉は腰を動かしていた。


「誰かに……見られ…」


「鍵を掛けてある、屋外そとが嫌なんだろ、屋内なかなんだからごちゃごちゃ言わずに喜べよっ」


 宮原が余計なことを言うから、雑念も苛立ちも消えない。

渡邉は脳裏から離れないが許せなかった。

 今日、廊下で見かけた一条美月だ。

 俺に気付くなり、穢れたものを見てしまったとばかりに目を逸らしやがった。

 視界から逃げ隠れやがった。

 自分だって、いや、一条の方がもっと汚れているくせに。


 真帆の話が気になって職員共有の生徒のデータベースを見てみたが、養女だとか義理の兄妹だとかの記載はなかった。

 禁断の近親相姦?!

 両親は海外で兄妹二人きりって。

 ふざけやがって。

 清らかさに癒されるだなんて、俺は、とんだ道化じゃないか……っ。

 身体中を黒い感情がぐるぐると暴れる。

 渡邉はその不快さに懸命に耐えていた。

 耐えて、耐えて、今、やっと全部吐き出せる。


「……宮原……いい子だ…」


「……何をやっているの?」


 自分達以外の声に、渡邉と宮原は愕然とドアの方向を見た。

 ドアの前には金井栞が立っていた。


「なんで……鍵」


 震える声の渡邉を蔑むような目で見たまま、栞は右手に持った鍵を見せた。

 視聴覚室を部活で使用する時は、鍵を借りて使用する。

 今日の当番は鍵を開けただけで借りずに返してしまったのか。


「あ、……これは、その……」


 状況が分かって動揺する渡邉を無視するように、栞は桜へと視線を移した。


「強制されてなの? もし、そうなら」


「あ……わたし……っ」


 青ざめて目を潤ませる桜に、栞の目は再び軽蔑の色に染まった。


「強制なんかじゃない、合意の上なんだ、だからっ、誰にも言わないで欲しい、クラスメイトだろ」


 教師ぶって言い訳をする渡邉の横で、桜は無言で衣服を整えていた。

 その顔は涙を堪えているのか、酷く歪んでいた。


「……わかりました、誰にも言いません。でも、他の人も利用するこんな場所では止めてくれませんか」


「ごめんなさいっっ」


 急に感情的な声で叫ぶと、桜は逃げるように視聴覚室から走って出て行った。

 それを目で追って、栞は小さく溜め息を吐いた。


「嘉多山先生に頼まれて鍵を閉めに来たんです。先生も部屋から出てくれませんか」


「本当に誰にも言わないと約束出来るのか?」


「約束する必要ないと思いますけど」


 視聴覚室内には、明らかに立場の優劣が生まれていた。

 金井栞が支配する側で、渡邉純一は従属する側だ。


「それじゃ困るから言ってるんだ。金井……栞さん、だよね?」


「何か?」


「金井さんも、僕らと立場はそう変わらないよね?」


渡邉の顔に下卑た笑みが浮かぶ。


「何が言いたいんですか?」


「随分お盛んだって話じゃないか。バレたら金井さんだって、相手だって困るんじゃないか? 横浜なら見つからないとでも思ったのか」


「!」


「ほら、図星だ。でも安心してください。金井さんが今日見たことを口外しないと約束してくれたら、僕も金井さんの秘密を口外しません。……しますよね、約束」


 栞の顔のすぐ横を渡邉の手が通り過ぎる。

 そのまま覆い被さるような渡邉の身体に後ずさると、栞の背は部屋のドアにぶつかった。

 渡邉の腕は栞の身体の横をふちどるように下り、カチャリ、と内鍵の回る音がした。

 栞は軽蔑の色を帯びた表情のまま、じっと渡邉を見上げる。


「約束って、『契り』とも言い換えられるんですよ。お互いに枷をかけないと」


 渡邉の青白い顔がゆっくりと栞の顔に近づいていった。

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