最終話 腹黒令嬢の天職
エーリックを見送ったウェルシェは、再び
「これでエーリック様も少しはしっかりしてくださるでしょう」
「エーリック殿下は少し頼りのうございましたから」
口調が崩れた主人に驚く風もなく、カミラはしれっと同意した。
「ですが、ホントお嬢様の猫被りには、いつも感心するやら呆れるやら」
エーリックの前で天然の振りをするウェルシェを見せつけられる度に、カミラはいつも吹き出しそうになる。
それを堪えるのに必死で仏頂面になっており、エーリックからは苦手意識を持たれていた。
「だってエーリック様は
「まあ、あの方はお嬢様に幻想を抱かれておいでですからねぇ」
こうやって
「ところで当主に
「あら、だってそうしないとエーリック様と結婚出来ないじゃない」
「えっ!?」
エーリックとの甘々な雰囲気は、てっきり政略結婚を円滑に進める為の演技と思っていたカミラは驚きである。
「殿下に本気で
「懸想って……言い方が嫌ね」
あの純粋培養されたような頼りない男に、猫被りの腹黒令嬢であるウェルシェが真剣に想いを寄せているなど信じ難い。
「わ、私どうやら熱があるようです……それともこれは悪夢?」
「私がエーリック様をお慕いしたらおかしい?」
あわあわするカミラに苦笑するウェルシェ。
「だって、お嬢様がですよ。周囲の者を騙して出し抜くのに生き甲斐を感じる、あの愉快犯のお嬢様がですよ?」
「失礼ね!」
あまりに無礼な言動のカミラにウェルシェもムッとした。
「私だって普通に恋する乙女よ!」
「お嬢様に一番似合わない言葉ですね」
「あなた私の専属侍女で、私があなたの主人よね!?」
「はい、私はお嬢様が小さな時から大人達を翻弄して楽しんできたのを側で見てきた侍女にございます」
主人の言及に平然と
「それでも私のエーリック様への恋心は本物なの……あの方を立派な王にしたいと思う程には」
「だから先程は発破をかけられたのですね」
「グロラッハ家の当主くらいなら私が陰で支えれば問題はないけど、国主となれば難しいもの」
「アイリス様とイーリヤ様の件が上手く仲裁出来たら良かったのですが」
「あの二人には話し合いの場を
ふぅっとウェルシェが呆れたように息を吐く。
「まったく……ザマァだか何だか知らないけど、同じ『転生者』ってなら仲良く出来なかったのかしら」
こっちはいい迷惑だわと不貞腐れたウェルシェの態度にカミラは小首を
「お嬢様はお二人がされた話を信じていたのですか?」
「この世界が『乙女ゲーム』ってやつ?」
「あまりに荒唐無稽で……リアリストのお嬢様が信じるとは思えませんでした」
「まあ、アイリス様だけなら一笑に付したでしょうね」
確かにイーリヤ様からも同じ話を聞かされたなとカミラは会談の内容を思い出して頷いた。
あの場でアイリスは自分は『ヒロイン』だの一点張りで、イーリヤはただザマァから逃げる事しか考えていなかった。
「その『ザマァ』というのはホントに必要だったのかしら?」
「さあ、私には分かりかねます」
二人は『ザマァ』なるイベントらしきものに固執していた。
そのせいで、せっかく互いの利害を一致させて丸く収めようとしたウェルシェの努力が全て水泡に帰したのだ。
「それにしてもオーウェン殿下には困ったものね。殿下が理性的に振る舞いアイリス様を遠ざければ、最初から問題にならなかったのに」
「ですが、『乙女ゲーム』の話を信じるのなら、『攻略対象』は魅了されていたのでは?」
「それはどうかしら」
「違うのですか?」
アイリスは自分が『ヒロイン』だから『攻略対象』は自分を愛するのだと豪語していた。
「エーリック様も攻略対象だけど魅了されなかったでしょう?」
「えっ!? エーリック殿下も攻略対象だったのですか?」
驚くカミラに、あっと口を押さえたウェルシェの目が盛大に泳ぐ。
「ほ、ほら、イーリヤ様が仰っていたじゃない」
「そうでしたか?」
カミラは記憶を探ったが、どうにも聞いた覚えがない。
「それよりアイリス様はどうなったのかしら?」
「やはり処刑は免れなかったようです」
何とも苦しい話題の切り替えだとは思ったが、カミラは特に追求しなかった。
「仕方がないわね。仲裁に応じてくれれば、それなりの幸福は得られたでしょうに」
「イーリヤ様は家を勘当されたようです」
「あの方も大概ぶっ飛んでいたわねぇ」
「ええ、ザマァ回避に剣と魔術を極め、商売にまで手を出したのだとか」
まあ、あの真っ直ぐな気性の令嬢では、王妃どころか貴族の世界で生きていくのも辛いだろうなとカミラは思った。
「商売もかなり軌道に乗っているご様子です。イーリヤ様には勘当された方が良かったようですね」
「イーリヤ様の天職だったのね」
「お嬢様もイーリヤ様と結託して、投機されて利益を得ているじゃありませんか」
「私も王妃じゃなくて、そっちの方に進みたかったなぁ」
王妃なんて堅っ苦しくてやりたくないんだけど、と愚痴を口にした主人に専属侍女はじっとりとした目を向けていた。
その目は語る――それこそ王妃は腹黒お嬢様の天職ではありませんかと……
そのザマァ、本当に必要ですか? 古芭白 あきら @1922428
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます