第2話 婚約破棄と婚約の危機
ウェルシェと結婚する――そう決意した出会いの日から二年……
今でもエーリックの想いは色褪せていない。
むしろ、想いは……恋心はより激しく燃え上がっていた。
エーリックは政略など関係なくウェルシェを愛している。
溺愛と言っていい。
「こちらでございます」
「あ、ああ……ありがとう」
ウェルシェとの出会いに想いを馳せていたエーリックは家令に掛けられた声で我に返った。
家令が開けた掃き出し窓から中庭へと出る。
どうやらウェルシェは庭のガゼボでティータイム中らしい。
(なんとも面倒な)
屋敷内部を通らず、外から周って中庭へ向かった方が近い。
だが、お客はいったん応接室に通すのが儀礼となっている。
こういった馬鹿らしい形式が貴族の世界では重んじられる。
それが何とも煩わしい。
(それでも王家のしきたりに比べれば、まだ気楽さはあるけれど……)
国王になろうものならエーリックは息が詰まって死んでしまいそうだ。
彼はここマルトニア王国の第二王子である。
だが、彼の兄である第一王子オーウェンの立太子が決まっており、エーリックには王位など関係ない話の
王位を継げないから彼はグロラッハ侯爵の一人娘ウェルシェと婚約を結んだのだ。ゆくゆくはグロラッハ家の当主となる
自分は王家の重責から解放され、可愛い妻と温かな家庭を築く……その
そう……全ては『はず』だった。
(このままではウェルシェとの婚約が解消に)
それだけは絶対に嫌だ。
(考えなしのバカ兄貴のせいで!)
エーリックは自分の兄に心の中で毒づいた。
実は今、彼は最大の窮地に立たされている。
(兄さんがやらかしたせいで……)
国王になるはずだった兄のオーウェンが盛大な失態を犯したのだ。
それも取り返しのつかない痛恨事を。
(何で浮気した挙句に婚約破棄なんてするかなぁ)
オーウェンの婚約者は自分の強力な後ろ盾であるニルゲ公爵の令嬢イーリヤである。彼女と結婚する事でオーウェンの王位継承が盤石なものになるはずだった。
それなのに、何処ぞの馬の骨とも知れぬ男爵令嬢に入れあげて、人目も
(ニルゲ嬢に何の不満があったのやら)
第一王子オーウェン・マルトニアの婚約者イーリヤ・ニルゲ。
才色兼備を絵に描いたような令嬢である。
(あれ程の女性はいないだろうに)
艶やかな黒い髪、鋭く光る赤い瞳、生命力と迫力に溢れた絶世の美女。気品も所作も他者を圧倒しているが、それだけに留まらない。
剣を握らせれば騎士科の生徒達を薙ぎ倒し、魔術を使わせれば教師陣を驚かせ、学問においては常に学年トップ。
しかも、見た目の派手さに反して情に厚く好感の持てる人物でもある。
容姿、才能、人柄、人望、血統……どれを取っても超一流で非の打ち所がない。
そんな彼女を大衆の面前で、自分の浮気相手を虐めたなどと難癖をつけて婚約破棄を宣言したのだ。
更に
一人の罪なき令嬢を多数で囲み暴力まで振るおうとした所業は、もはや
そのせいで、国王の座がエーリックに回ってきてしまったのだ……本人は望んでいなかったのに。
(だけど、僕も王族である以上は責任から逃れられない)
だからエーリックは立太子する……ゆくゆくは即位する覚悟はできている。
(でも、ウェルシェと別れるのだけは耐えられない!)
ウェルシェはグロラッハ侯爵の至玉である一粒種。
エーリックが国王になるなら大切な一人娘との婚約解消を求めてくると予想される。
これからエーリックはウェルシェにその相談をしようとしていた。
いつもなら、ただただ楽しい婚約者との逢瀬の時間……しかし、これからウェルシェに告げる内容を思うと、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます