第37話 聖女とギフト
「えっ? 私が……聖女?」
聞き間違いだと思った。
だけど私の言葉にマーヴィさんは強く頷いたから、どうやら聞き間違いじゃないみたい。
勘違いですよ、と笑って返す雰囲気でもなく、どう返答すればいいのか困っていると、
「まあ、戸惑うのも無理はないだろう」
と前置きをし、マーヴィさんが説明をしてくれた。
「魔王討伐の旅の時から、気にはなっていたんだ。あんたが使う神聖魔法は、効果も発現するスピードも、俺が知っている神聖魔法とは桁違いだったからな。ただ神聖魔法についての知識が浅かったから、そういうものかとずっと思っていた」
「桁違いって、そんな大袈裟すぎますよ……」
「大袈裟? 本来時間がかかる癒しの魔法で傷を一瞬にして治したり、ただでさえ巨大な結界を何重も張る神官なんて、私は見たことも聞いたこともありません」
大袈裟だと笑う私の言葉に、女性神官が真剣な表情で反論した。お世辞を言っているようには見えなかった。
彼女の言葉が本当なら――
(本来、神聖魔法で傷を癒やすには時間がもっと掛かるってこと? 結界だって、もっと小さい範囲しか張れないし、重ねがけもできないってこと?)
後、こういうことも言われたっけ。
『初めて神聖魔法を使ったときに現れた効果が、その神官の実力。どれだけ訓練を重ねても、そこから成長はしないのです』
私の魔法は、魔王討伐の旅の途中、どんどん上達していった。
つまり……
「私が使っていたのは……神聖魔法だと見せかけた別の魔法だった、ということでしょうか?」
「ああ、そうだ。聖女のみが使えるとされる【奇跡】――それがあんたの力の正体だ」
信じられなかった。
言葉を失う私とは反対に、今まで放心状態だったダグがハッと両目を見開くと、私を指さしながら唾を飛ばす勢いで怒鳴った。
「こ、こんな女が聖女様なわけないだろ! こいつは旅の途中、神聖魔法しか使わなかったんだぞ⁉ こいつが万能と言われる聖女様の力――【奇跡】を持っているわけないだろ‼」
そう叫ぶダグの青い瞳は血走り、まるで自分が落ちた場所に私も引きずり落とそうとしているかのような気迫だった。
だけどマーヴィさんの表情は変わらない。淡々とした口調で、ダグの疑問に答えを突きつけていく。
「それはダグ、お前が常日頃からアウラに『お前の神聖魔法は大したことはない。もっと強い神聖魔法を使え』と言い続けていたからだ。そのせいで、弱い神聖魔法しか使えないと思い込んだアウラは、聖女の【奇跡】をお前が望む【強い神聖魔法】という形に変えて発揮していたというわけだ。本人は、訓練によって魔法が上手くなったと思い込んでいたようだがな」
「嘘……だ……傷を一瞬で癒やすなんて、あの程度の結界を張るなんて、神官なら誰だって出来ることだろ⁉ なあっ、おい‼」
「……馬鹿言わないでください。あれだけの力、大神官様ですら持ち合わせていません。それに……アウラさ――いえ、アウラ様から放たれていた虹色の光は、神殿に伝わっている聖女様の力の特徴と同じ。間違いないでしょう」
「そんな……こんな女の力が特別なわけがっ……」
半眼になった女性神官に低い声で否定され、ダグは言葉を失った。
薄く開いた唇をパクパクしているダグに追い打ちをかけるように、マーヴィさんが畳みかける。
「ダグ、もう一つ面白い話をしてやろう。クレスセル領は魔王に汚染されていたが、今では浄化され、豊かな土壌へと戻っている。何故だか分かるか?」
「う、嘘言うな! 魔王汚染の浄化方法は、まだ見つかっていないはずだぞ⁉」
「ちょっと待って、ダグ。魔王汚染の浄化方法が見つかっていないってどういうこと? だって私ここに来る前、大神殿に魔王汚染が解毒魔法で浄化出来るって話してきたのよ?」
だからもう魔王汚染の脅威がなくなっているって思っていたのに。
しかし私の言葉に反応したのはダグではなく、副官と女性神官だった。
「まっ、魔王汚染を浄化⁉」
「解毒⁉ そんなもので、魔王に汚染された土地が浄化されるわけがないですよ! 土地の浄化方法は、現在も神殿が必死になって探しているというのに‼」
「え? え? あのっ……私、確かに大神殿に報告を……」
したん……だけど……あれ?
二人から詰め寄られ、私はただ目を瞬かせるしかなかった。助けを求めるようにマーヴィさんを見ると、彼の喉からクックッと笑いが洩れた。
「【奇跡】の力には制限や限界がない。本人が解毒魔法で浄化できると思えば、できるんだろう。大神殿は、解毒の魔法で魔王汚染を浄化出来るのが、あんただけだと分かっていたから、その報告を表に出さなかったそうだ」
「そ、そうだったんですか……」
「その後、作物が異様なくらい豊作だったのも恐らく【奇跡】の力だ。同じ苗を使っているはずにも関わらず、豊穣の儀式を行った土地とそうじゃない土地での作物の成長が大きく違っていたからな」
「いやいやいや! 別に何か特別なことはしてな――」
……ちょっと待って。
私、儀式の最後に行う空間浄化の魔法をかける際、作物が沢山実るように女神様に祈っていたっけ。
ま、まさか、そんな感じでも【奇跡】の力が発動しているの⁉
いや、そんなっ……で、でもマーヴィさん、使った苗は同じだって……
自分の出した結論に愕然としている私に、マーヴィさんが小さく笑った。
「心当たりがあったようだな」
「まさかって気持ちの方が大きいですが……で、でもマーヴィさんは、どうしてそこまで詳しくご存じなんですか?」
「あんたの力について、大神殿に手紙を書いたからだ」
私の力に初めて大きな疑問を抱いたのは、バックス様だったらしい。
当初はバックス様の思い過ごしかと思っていたマーヴィさんだったけれど、クレスセル領に現れた魔族と戦ったとき、考えが変わったのだという。
あのときマーヴィさんは、一撃で魔族を倒した。
しかし本来、彼にはそこまでの力はなく、自分のしたことが信じられなかったのだと言った。
さらに、
「倒したはずの魔族の攻撃を受けて倒れたとき、怪我一つしなかった。普通に考えれば、あれだけの衝撃を後頭部に受ければ、さすがの俺も無傷ではいられない。そこまで思って気付いたんだ。ダグがもつ勇者の力と似ているとな。そして俺やこの地の変化に、あんたが関わっているんじゃないかってな」
「だから、大神殿に手紙を……」
そして最近、マーヴィさんの元に大神殿から返答が届いた。
届いた手紙には、聖女の力【奇跡】のこと、そして勇者の力の真実など、彼やバックス様が疑問に思っていた全ての回答が書かれていたらしい。
「勇者の力の正体は、聖女が信じ、深く愛した者に与えたギフト。女神が勇者を選ぶんじゃない。聖女が初めて愛した者が勇者になるのだと」
「つまり、私の愛した人が……」
「そういうことだ」
ダグと私は、ほぼ同時にお互いの顔を見合わせた。茫然としたり怒ったりと忙しかったダグの顔に、媚びるような笑みが張り付く。
「アウラっ! じ、実はあれから、ずっとお前のことが忘れられなかったんだ! だ、だから過去のことは水に流してヨリを戻そう‼︎ 何なら俺の側室にしてやってもいいぞ! 俺たち、長い付き合いだろ? な?」
私の正体を知って態度を変えるダグに、心底呆れてしまった。この人は私にしたことを、何一つ覚えていないのだろうか。
……いや、覚えていてもこういう態度が取れるのが、ダグだ。
周囲も、私と同じ気持ちを抱いているようだった。元勇者に対し、ひりつくほどの冷たい視線を送っている。
だけどダグだけはそんな空気感に気付くことなく、いかに自分が私を思いやっていたか、どれだけ自分が素晴らしい人間かを語っている。
私は無言で、懐から一枚の手紙を出した。
ダグが私に書いた別れの手紙だ。何故か捨てられず、荷物の奥にしまっていたものを、持ってきていたのだ。
何故、今の今まで捨てられなかったのか、何故ここに持って来ようと思ったのか、ずっと不思議だった。
だけど今なら分かる。
全ては、この瞬間のために――
握りつぶした手紙をダグに投げつけた。イテッと大げさな声を出しながら、ダグが丸まった手紙を手に取り、開く。
「ダグ、潰れた手紙をどれだけ広げても、その皺や破れは元に戻らない。私の心も同じよ。あなたの言葉が、行動が、私の心を傷つけた。そんな私の心が元に戻ると思う? また以前と同じように、あなたを愛せると思う?」
「そ、そんなことない……だからやり直そ――」
「いいえ、もう二度と会うことはないわ」
「んだよ、その言い草はっ‼ こっちが下手に出てりゃ調子に乗りやがってっ‼」
態度を急変させたダグに、私はビクッと肩を振るわせた。ダグは立ち上がると、持っていた手紙を再び握り潰して地面に叩きつけ、こちらに迫ってくる。
「そもそも、お前が勝手に俺を好きになって力を与えたんだろっ! そのせいで俺は危険な魔王討伐を命じられたんだ‼ なのに今になって別の男を好きになったから、俺から力を奪ったっていうのか? ふざけるなっ‼」
ダグの怒声が、耳の奥に突き刺さる。
だけど怖くなかった。
だってマーヴィさんの分厚い体が、私を守るようにダグの前に立ちはだかってくれていたから。
「勘違いするなよ、ダグ。勇者の力は本来、聖女からの愛が失われても無くなることはない。初めて愛することを教えてくれた相手に、聖女が与える
私の力について説明をしていたときとは違う、怒りを押し留めたような声色がダグの足を止めた。
「だがお前は、始めからアウラの恋心と、お前を助けたいという純粋な気持ちを利用するだけ利用し、最後はゴミのように捨てた。だから女神が力を剥奪したんだ。そのせいで、魔王の本体である核を破壊しようとしていた勇者の力が消滅し、魔王が復活してしまった。それが今回の戦いの真相だ」
「女神様が……そんな……」
「俺は言ったはずだ。今まで支えてきてくれたアウラに、感謝や誠意を込めた謝罪をすべきじゃないかと。己の行いを反省し、アウラと別れるにしても、きちんと筋を通していれば、お前は勇者のままだったはずだ。しかしお前はあの時こう言ったよな。『アウラが勝手にやったことだ。魔王討伐の旅だって俺が誘ったんじゃない』と。そんな相手に、愛し子である聖女の力を女神が任せておくと思うか?」
ダグが膝から崩れ落ちた。ようやく自分が何をしたのかを悟ったのだろう。
そんな彼に、マーヴィさんが容赦なく言い放った。
「自業自得だ、ダグ」
「あっ、あぁ……」
地面を見つめながら意味の無い言葉を零すダグ。その瞳は絶望に染まり、もう何も映っていなかった。
彼は失ったのだ。
勇者としての力だけでなく、名声も、信頼も、全てを――
私はマーヴィさんに促されるがまま、その場を後にした。
後ろで、
「ああぁぁぁああああああああぁぁぁ――――っ‼」
という、ダグの絶叫を聞きながら。
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