第30話 再会
とうとうダグが、スティアの街にやって来た。
大勢の兵が大通りを通り、クレスセル城へと入っていく。勇者がやって来たと知ったスティアの街の人々が、彼を歓迎していた。
さすがにこの人数を休ませる部屋はないため、帝国の兵士たちは、訓練場に張られた野営用テントで休むことになっている。
地面に杭を打ち込む金槌の音や、せわしなく動く人々の賑やかな声が城内にも聞こえてきた。
軍の司令官という立場であるダグは、バックス様と対面後、用意された貴賓室で休んでいるとのことだ。
「何か凄く失礼な奴だったな……いや、あれはガキだな」
ダグとの対面を終えたバックス様は、呆れと疲れを滲ませていた。
対面当初は礼儀正しくしていたダグだったけれど、次第に態度が悪くなっていき、兵力の支援を申し出たバックス様に、
「今回は帝国兵の訓練としてやってきた。それに勇者たる俺がいるのだから、雑魚兵が集まっても邪魔なだけだ」
などというトンデモ発言をしたのだという。
これにはバックス様も言葉が出なかったらしい。
「イリス皇女の婚約者と次期皇帝という立場を得たから、貴族相手にも本性を出してきたというところだろ」
マーヴィさんは特に驚くこともなく平然としていたけれど、私は恥ずかしさと、大切な人たちを侮辱された悔しさで心がいっぱいだった。
戦いの間、バックス様のお世話になるというのに、何という失礼な態度だろう。
ちなみにリィナ様はここにはいない。
元々私の話を聞いて悪かったダグの印象が、バックス様への態度で限界値を超えてしまったらしく、その憂さ晴らしに、クレスセル兵士達相手に練習試合をしにいったらしい。
今頃兵士たちは、ヘトヘトになるまでリィナ様の憂さ晴らしに付き合わされているだろうと、バックス様が苦笑いされながら仰っていた。
そのとき、ドアがノックされた。
入れというバックス様の指示に従い、執事が一礼をして入って来ると、マーヴィさんに視線を向けた。
「ダグ様が、マーヴィ様をお呼びです。何でも、再会の挨拶をしたいとかで……」
「再会の挨拶か笑わせる。そんなことを気にする奴じゃないだろ」
フンッとマーヴィさんが鼻を鳴らして笑った。
私も同じことを思っていた。
多分、何か言いたいことがあるんだと思う。
場の雰囲気の悪さを感じ取っているのか、執事が言いにくそうに唇を歪めながら私を見る。
「そしてアウラ様にも……お会いしたいと」
(来た)
咄嗟にそう思った。
「行きましょう、マーヴィさん」
「分かった」
私の決意を感じ取ってくれたのか、私の目を見て頷くマーヴィさんの顔に、不安や心配はなかった。
◇
「よう、久しぶりだな、二人とも」
私たちを部屋に招き入れたダグは、最後に見たときと比べると、少し痩せたように思えた。だけど女性受けする爽やかな容貌は健在で、何も知らない人からすれば、理想的な勇者様に見えた。
「突っ立ってないで、座ったらどうだ?」
まるで自分の家かのように、偉そうにダグが言った。
指摘したいのをグッと堪え、マーヴィさんの後に続いて椅子に座った。ダグは私たちが座るのを見届けるとさっそく姿勢を崩し、テーブルに片肘をついた。
ダグの青い瞳が、マーヴィさんを睨みつけた。
「それにしてもマーヴィ、お前が貴族だったとはな」
「身分など、魔王と戦う上で必要はないと思ったからな」
領民たちと力を合わせるマーヴィさんの姿が、脳裏に思い浮かんだ。
同時に彼らしい返答だと思う。
だけどダグはヘッと吐き捨てた。
「俺が平民だから気を遣ったってことか? そりゃお優しいことだな。とはいえ、俺は今や次期皇帝となる人間だ。こんな辺境の地の領主なんて、足下にも及ばないけどな」
馬鹿にするようなダグの発言に、マーヴィさんは眉一つ動かさなかった。代わりに動いたのは、
「ダグ! 何てことを言うの⁉」
あまりにも失礼なもの言いに、気付けば叫んでいた。
私たちが魔王を討伐するまで、バックス様を始めとする領民たちが一丸となってこの地を、この先にある帝都を守ってくれていたというのに……
私の反応を見たダグの表情が一瞬憎々しげに歪み、すぐさま嘲りへと変わった。
「アウラ、お前がここにいると聞いた時は驚いたが、まあ役立たず同士お似合いだな」
「私をどれだけ貶めても構わないわ。だけど、マーヴィさんまで役立たずだと侮辱するのは許さない! 魔王討伐の旅の間、どれだけマーヴィさんに助けられたか、ダグは気付いていないの⁉」
「んだよ、ムキになって……俺は本当のことを言ったまでだろ。こいつが旅の中でやって来たことは、そのデカい図体を使って俺の盾になることだけだ。馬鹿でも出来る」
「あなたって人は……っ!」
「アウラ、止めろ。俺のことはどうでもいい。今更、この男に評価されたいなど思わない」
マーヴィさんは私の発言を止めると、目を細めてダグを見据えた。
何を考えているかは分からないほど無表情で、逆に怖かった。恐ろしく低い声が、私の鼓膜を揺らす。
「だが、アウラを貶すのはやめろ。彼女はこの地を蘇らせてくれた英雄だ。それにお前には、彼女に言うべきことがあるだろ」
「は? アウラに言うべきこと?」
「彼女を裏切り、イリス皇女との結婚を受けたことに対する謝罪だ」
マーヴィさんの言葉に、心臓が大きく跳ね上がった。
あの時の光景が――ダグがイリス皇女の手をとって微笑む光景が思い出された。
胸が苦しい。
だけど今は、怒りの方が強い。
私は黙ってダグを睨みつけた。
私たちからの視線を受け、ダグは面倒くさそうに大きなため息をついた。そして私を見ながら、馬鹿にするように唇を歪めた。
「アウラを裏切った? 言っている意味が分からないなぁ?」
「嘘言わないで! 私のことが好きだって……この戦いが終わったら一緒になろうって、そう言ったじゃないっ‼」
「証拠でもあるのか?」
痛いところをつかれ、私は言葉に詰まった。
残念ながら全て口約束だったから、証拠なんてない。
だけど、確かにダグは言った。
言ったのに……
黙ってしまった私の代わりに、マーヴィさんが言葉を続けてくれた。
「俺もダグ、お前からアウラとの関係を聞いている。今更しらばっくれたって無駄だ」
そうだ。
マーヴィさんがパーティーに加入したとき、ダグの婚約者だと私をマーヴィさんに紹介していたんだっけ。
当時のことを思い出したのか、ダグは舌打ちすると悪びれた様子なく言ってのけた。
「どうせお前らが騒いだところで、誰も聴く耳を持たない。それにその役立たずとイリス皇女、どちらを選べと言われたら、お前だってイリス皇女を選ぶだろ?」
ダグの発言に、重い物が鳩尾辺りにのしかかった気がした。
私とイリス皇女を選べと言われたら、誰だって皇女様を選ぶだろう。
もちろん、マーヴィさんだって……
マーヴィさんはダグの質問に答えなかった。ただ諦めたように両肩から力を抜くと、鋭い眼光をダグに向けた。
「……ここまで言っても……本人を前にしても、謝らないんだな。分かった。人の心を弄んだお前の行い、いずれ自分に返ってくるぞ」
「俺は女神様に選ばれた勇者だぞ。ありえないな」
マーヴィさんの発言をダグはせせら笑った。何か言いたそうにしていたマーヴィさんだったけれど、私が彼の服を軽く引っ張ったため、開いた口を閉じた。
「いいんです、マーヴィさん。そもそもダグに謝って貰おうなんて、私も思っていませんから」
「自分の立場が分かってんじゃないか、アウラ。少しは自分の立場を弁えるくらい、利口になったんだな」
「……違うわ。あなたに何を言っても、会話にすらならないから無駄だって言ってるの」
「はぁっ⁉」
ダグが身を乗り出したけど、マーヴィさんに睨まれて浮かした腰を下ろした。そして怖い顔つきで、シッシと追い払うように手を振った。
「もういい。役立たずがどんな惨めな顔をしているのか見たくて呼び出したけど、興ざめだ。さっさと出てけ」
ダグは最後まで身勝手だった。
彼の言葉に、私たちは渡りに船と言わんばかりに立ち上がった。
(私……何でこんな人が好きだったんだろう……)
今となっては不思議でしかない。
心の中で大きな溜息をついていると、
「一つ気になったんだが……」
部屋を出ようとしていたマーヴィさんが振り返った。それに答えるダグの反応が刺々しい。
「んだよ」
「お前、聖剣はどうした? 持ってきているんだろ?」
彼の言葉に、私もハッとなって部屋を見回した。
聖剣がない。
ダグは自分しか扱えない聖剣を皆に見せびらかしたくて、片時も手放すことはなかったのに……
ダグの視線が宙を彷徨い、
「も、もちろん持ってきている。でもどこにあるかとか、お前には関係ないだろ」
と、明らかに動揺しながら答えた。
マーヴィさんはというと、ダグの返答にただ一言「そうか」と言うと、今度こそ部屋を出ていった。
私も彼の後を追って部屋を出た。
ドアが閉まったと同時に、マーヴィさんの唇が動いた。
やはりな――と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます