第13話 自分像

 私が魔王汚染を浄化した話は、瞬く間に街全体に広がった。


 バックス様も魔王汚染が浄化できる話は初耳だったらしく、マーヴィさんから話を聞いたときは懐疑的だったけれど、浄化された土地を実際その目で見て信じざるを得なかったようだ。


 戻ってこられたバックス様に、


「アウラ殿! 本当に……本当になんと礼を言えば良いか……」


 と涙ながらに御礼を言われたときは、恐縮してしまったけど。


 その後私は、バックス様から正式に、クレスセル辺境伯領の汚染浄化の依頼を受けることとなった。


 それが昨日の話。


「まだ浄化が終わっていないのに、街はお祭り騒ぎだ」


 次の日の朝食後、私が使わせて頂いている客間に訪れ、そう報告するマーヴィさんの声色は、呆れを滲ませながらも嬉しそうだった。


 この地を悩ませ続けた一番の問題が解決するのだから、嬉しくて仕方ないに違いない。


 マーヴィさんがここに来たのは、報告のためじゃない。昨日私が浄化した範囲から計算して、これからの浄化計画を立てて持ってきてくれたのだ。


 地図上に区切られた範囲に、私は眉根を寄せた。


「一日の浄化範囲、狭くないですか? 私、もっと浄化できますよ?」

「分かっている。だが、あんたに無理はさせたくない。それにこれは俺だけでなく、父や領民たちからの要望でもある」

「そう、ですか……」


 役立つどころか、皆に余計な心配と気遣いをさせてしまったと思うと申し訳なくなって俯いた。


 だけどマーヴィさんに、


「問題がなさそうなら、後からいくらでも浄化範囲を広げることだって出来る。あんたの体調もそうだが、俺たちにとっても初めてのことだから慎重に進めたいんだ」


 と言われ、これ以上反論出来なかった。


 何だか落ち着かない。


 自分の力を人のために使うことは当然のことであり、今までそのように生きてきたから。


(ここの人たちは、何故私に力を使わせないのかな? マーヴィさんだって……)


 魔王討伐の旅の時、一番に俺を守れと私に言い続けたダグとは正反対に、マーヴィさんが私に求めることはあまりなかった。


 盾役という過酷な役目のせいで怪我も絶えなかったのに、小さな傷で大騒ぎしているダグを優先するように言ってくれたし。


(そういえば一度だけ、マーヴィさんが私に怒ったことがあったっけ)


 確か私が自身の安全よりもダグを優先したときだ。

 危機一髪でマーヴィに助けられたとき、あのマーヴィが声をあらげていたっけ。


『もっと自分を大切にしろ!』


 って。


(自分を大切に……か……)


 私にとって、自分を犠牲にしてでも相手に尽くすことが、相手に認められ、好きになって貰う一番の方法だと思ってた。


 そのような生き方を、故郷の人々にもダグにも求められていた。

 

 だけどマーヴィさんたちを見ていると、自分の生き方は正しかったのかと少しだけ疑問が湧いた。


 そんな気持ちを抱えながら、私は毎日汚染浄化へと向かった。


 浄化には必ずマーヴィさんが同行し、私が無理をしていないかの厳しい(?)チェックが入った。


 その日の浄化が終わると、臨時神官として神殿に寄る。


 神官として、領民たちのお悩みを聞き解決を……と意気込んでいたけれど、


「アウラ様、聞いてくれよ~! うちの旦那がさぁ~……」


 みたいな感じで、領民たち――主に神殿の管理を手伝ってくれている女性たちや、何かのついでに立ち寄った人々の世話話を聞いて時間が過ぎていく。


 日が傾く頃にはマーヴィさんが神殿に顔を出してくれて、一緒に城へと戻る。

 今日一日あったことをバックス様に報告しながら夕食をとり、リィナ様のお茶のお相手をしたあと、休む。


 そんなのんびりとした生活を送らせて頂いていた。

 

 土地の浄化を始めてから、約二月。


 全ての土地を浄化し終え、今日から本格的に作物を育てる準備を始めることとなった。


 集まった沢山の人々が、浄化された土地を見て、驚きと、それと同じぐらいの喜びの声を上げている。


 バックス様とリィナ様が、浄化された土地を背中にして、人々の前に立った。


「今日、この日を迎えられて嬉しく思う。改めて、この地を浄化してくださったアウラ殿に、最大級の賛辞を贈りたい」


 バックス様の言葉とほぼ同時に、この場にいる皆さんから拍手が沸き起こった。


 私としては、ひたすら解毒の神聖魔法をかけていただけだから恥ずかしかったけれど、ペコっと頭を下げて皆さんの拍手に応えた。

 

 私がここにいるのは神官として、豊穣の儀式を行うためだ。


 儀式のやり方は知っているけれど実際行うのは初めて。さらにこんなにたくさんの人々の前だから、手が震えてしまう。


 台の上に用意してもらった大きめのロウソク二本に火を付け、香木に火を移す。香木の火が消えると、甘い香りの混じった白い煙が、空へと立ち上った。その香りを胸に吸い込みながら、神書を読み上げる。


 神書を読み終えると、最後は空間浄化の魔法をかける。


 今ここにいる人々の病魔を祓い、これから元気に働く力を与えるために。


(女神様……この地が再び、大地の実りで満ちあふれますように。どうかお力をお貸し下さい)


 私の祈りを乗せ、神聖魔法の光が土地に、この場にいる人々に降り注ぐ。


 歓声が響き渡る中、私が儀式の終了を告げた瞬間、


「うぉぉぉ! やるぞー!」


 という叫びとともに、道具を持った人々が、浄化された土地に飛び出した。次々に農耕のための道具や動物たちが連れてこられ、場が一気に賑やかになる。


 皆、笑顔で、こちらまで嬉しくなる。


 口元を綻ばせながら、人々に指示を出しているマーヴィさんの傍へと向かった。私の気配に気付いた彼が、地図から顔を上げてこちらを見下ろす。


「まさか、俺が生まれたときから汚染されていたこの土地が復活する日がくるなんて思わなかった。あんたのお陰だ」

「本当に良かったです。マーヴィさんが持ち帰った種や苗、これから大活躍しそうですね?」

「ああ、そうだな。上手く育ってくれるといいが」

「それを見越して、痩せた土地でも育ちやすい作物の種や苗を探したんじゃないですか。大丈夫ですよ。数ヶ月後には、緑で一杯になっていますから」

「……そう、だな。あんたが豊穣の儀式をしてくれたからな」

「! あ、あまりその話はしないでください。初めてだったので、凄く緊張していて……声なんかも震えていましたし……ちゃんと出来ていたのかは……」


 指先を弄りながら呟く。

 しかし、


「立派だった」


 その言葉とともに、彼の黒い瞳が真っ直ぐ私を見つめた。


 強い意志を感じさせる眼差しに、言葉が出ない。なのに胸の奥はザワザワと落ち着かなくて。


「そんなこと……ないですよ」


 少しの間の後、胸のザワザワも一緒に否定する言葉を、何とか搾り出した。


 マーヴィさんの片眉が上がり、首を横に振った。


「いいや、あんたは十分良くやっているし、父を含め皆があんたに感謝し、神官として立派に務めを果たしていると認めている。だからもっと自分に自信を持って欲しい」

「自信……ですか?」


 そう言われても、私が力不足なのは事実。でなければ、故郷の村でもダグにも、役立たずだと怒られることはなかったわけで……


「父は立派だと思うか?」


 突然問われ、私は反射的にバックス様を見た。


 服装は他の貴族たちと比べて質素だけれど、過酷なこの地を守り続けてきた揺るぎない意志と強さが滲み出ている。


「思います。とても強くて剛毅な方だと」

「しかし今まで大勢の領民たちを死なせてしまったことをずっと悔いている。自分は領主として力不足だと」

「えっ、でもそれはバックス様のせいではないですよね⁉︎」

「他の人間から見れば、な。それに母も、昔は今のような性格ではなかった。ここに嫁いできた当初は、常に相手の顔色を伺う気の小さな人間だったらしい。あの母にそんな過去があったなんて想像出来るか?」

「で、出来ません……」


 豪傑ともいえるバックス様とリィナ様の裏に、そんな姿があるなんて……


 言葉を失っている私に、マーヴィさんは言葉を続ける。


「自分自身が思う自分像と相手が見ている自分像に乖離があるのは、よくあることだ。でも俺は、どちらにも間違いはないと思っている。あんたが自分を卑下する根拠があるように、この街の人間があんたを認める理由がある。それを忘れないで欲しい」


 どう返事していいのか、言葉が見つからない。

 

 自分のことは、自分が一番よく分かっているつもり。

 分かっているつもり、だけど――


(皆さんのお役に立てていると思って、いいの、かな……)


 嬉しそうに畑を耕す人々を笑顔にしたのは、私の神聖魔法なのだと――


 以前ならこんなことを考えた瞬間、恐れ多くて考えを振り払っていたけれど、今まで私にかけられたお礼の言葉や、皆さんの笑顔を思い出すと、彼の言葉を素直に受け入れられるような気がした。


 でもこの気持ちを口にするのは憚られ、代わりに疑問を投げかける。


「マーヴィさんもあるんですか? 自分が思う自分像と相手が思う自分像との乖離」


 そう訊ねると、突然マーヴィさんが押し黙ってしまった。

 だけど、諦めたように大きく息を吐き出すと、私から視線を逸らしながらボソッと呟いた。


「そうだな。俺は…‥自分を臆病者だと思っている」

「えええ⁉︎ そんなことありませんよ! マーヴィさん、肉体的にも精神的にも、とても強いじゃないですか!」


 じゃなければ、盾役として過酷な役目をやりきることなんてできない。

 えっ、もの凄く意外過ぎるんだけど……


 しかし私の返答を聞いたマーヴィさんは、僅かに顔を顰めるとこちらに手を伸ばし――私の前髪をクシャクシャッとした。


「わわっ! な、何ですか! 私、何かしましたか?」


 乱された前髪を整えながら訊ねたけれど、マーヴィさんは意地悪く笑っただけで、理由を教えてくれなかった。

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