第10話 臨時神官

「わ、私が、こんな大きな街の臨時神官に⁉」


 突然の申し出に、思わず声を大きくしてしまった。あまりにも驚いてしまったため、お尻が半分椅子から浮くほど前のめりになってしまう。

 

 バックス様が私の目を見つめながら大きく頷いているので、聞き間違いでもなさそう。


 この城に来る途中神殿の前を通ったけれど、かなり大きな建物だったはず。

 神殿を管理し、人々を導く神官だっているはずなのに、何で私に声がかかったんだろう……


 戸惑いと疑問で頭の中がいっぱいになっている私に、バックス様は事情を話してくださった。


「少し前、この辺りで魔族との大きな戦いがあってな。その際に、従軍したこの街の神官が亡くなってしまったのだ」

「そう……だったのですね」


 時期的には、魔王が討伐される少し前の話だという。

 もう少し早く魔王と倒していたら救えた命があったかと思うと、居たたまれない気持ちになった。


「でも、あんな大きな神殿です。他にも神官はいるのでは……」

「それがなあ……建物はデカいんだが、肝心の神官は亡くなった彼しかいなかったんだよ」

「えっ?」


 そんなこと、ある? あんな大きな神殿なのに⁉


 でもこれには、クレスセル領――いや、魔王領に隣接していた領地だったからこそ起こった特別な事情があった。


「昔は大勢の神官たちで神殿を管理していたんだが、魔王が発生してからは、魔王領に隣接しているからと、この地に来てくれる神官がいなくてね」

「でも、亡くなった方は……」

「彼はこの街で生まれ育った人間だったから、神官を引き受けてくれたのだ。亡くなる直前まで、たった一人の神官として、この街のために力を尽くしてくれたよ。本当に……素晴らしい人間だった」


 そう言ってバックス様は、目を細められた。一緒に話を聞いていたリィナ様は両手を組んで祈り、マーヴィさんは俯いている。

 

 本当に良い方だったのだろう。

 誰も怖がって来たがらない故郷のために、たった一人で神官を引き受けるほど……


「魔王が討たれたから、そのうち帝都の大神殿から新たな神官を派遣して貰えるとは思うが、今すぐではない。ああ見えて、領民たちも不安や心の傷を抱えている。だから、次の神官がやって来るまで、この街の臨時神官として力を貸して頂けないだろうか。勇者パーティーの神官様ともなれば、人々の希望にもなる」

「そ、そんな大役、私にはとても……」


 人々の希望、とまで言われ恐縮してしまう。

 魔王を倒したのは、ダグとマーヴィさんの力なのに……


 バックス様の申し出を受けられない理由はそれだけじゃない。

 いや、こちらの方が問題なのだ。


「それに……私は神官ではありますが、故郷の村では何かあれば村の魔術師に相談することが普通で、私の出番はなかったんです……」


 神官として、きちんと働いた経験がない。

 これが一番の問題。


 通常、村や街の神官になると、この世界をお造りになった女神の偉業を伝え、広めながら、人々の困りごとを解決するために神聖魔法を使ったり、様々な状況に応じた儀式などを行う。


 だけど私の故郷では、神官としての勤めを必要とされなかったのだ。


 バックス様が、人差し指と親指で顎をさすりながら、ふむっと唸る。


「確か、神官がいない村では、その役目を魔術師が引き受けているという話は聞くが……神聖魔法と魔術には違いがあるだろう? それでもアウラ殿の村の者たちは、魔術師に頼っていたのか?」

「はい。仰る通り、神聖魔法と魔術とでは、原理や得意不得意が違います。ですが望む結果が得られれば、どちらの魔法を使おうが村の者たちは気にしないのです」


 この世界の魔法は、魔術師が使う魔術と、神官が使う神聖魔法が存在する。

 魔術師と神官は、効果が同じような魔法を使うから混同されることが多いけれど、根本的に違うものだ。


 魔術は、魔力と呼ばれる自身の力を使って起こす魔法。魔術師の血が入っていることで魔術が使え、肉体と精神を鍛えることで自身が生成出来る魔力の量が決まる。


 神聖魔法は、神力と呼ばれる女神様の力を借りて使う魔法。どれだけ神力を借りられるかは、女神様への信仰心によって変わる。

 ただ信仰心が高くとも、神聖魔法を使う素質がなければ使えない。


 その素質をもつ者は、あまり多くないと聞いている。だから、孤児である私も神官になれたわけだけど。


「それに……私はその……あまり皆から期待されていなかったというか……」

「同じ結果が得られるなら、長年村にいた人間に頼むということか……まあ効果が重複する魔法もあるからな。何も知らない人間からすれば、そういうものなのかもしれませんな」


 バックス様は納得されたようだけど、私の心はモヤモヤしていた。


(期待されていないなんて……良いように言って……)


 本当は、期待されていなかったんじゃない。

 神官などこの村にはいらないと言われたのだ。


 神聖魔法の才能を見いだされ、少しでも故郷の村をよくしたくて、人々の役に立ちたくて神官になったのに――


「ですから、お役に立てるかどうかは……」


 そう言って視線を落とすと、膝の上に置いた両手を強く握った。

 自分が情けなくて堪らない。


 しかし私の沈んだ気持ちは、空気をビリビリ震わせるようなバックス様の笑い声によって霧散してしまった。


「あっはははっ‼ 何でも出来る人間なんぞこの世にはおらん! 亡くなった神官も出来ないことが山ほどありましたが、出来んもんは出来ん! といつも開き直っておりましたぞ? だからそんなに気負わないで貰いたい。アウラ殿が出来る範囲でやって貰えればいい。もちろん、あなたに危険なことはさせないし、滞在の間、報酬も用意する」

「こう父は言っているが断っていいからな? あんたには心を癒やすという目的があるんだから」


 マーヴィさんが慌てて付け加えながら、ギロリとバックス様を睨みつけた。

 引き受けなくていい、断っていいと彼が逐一言ってくるのは、私をここに誘った責任を感じてのことだろう。


 マーヴィさんの言葉を受けたバックス様も慌てて、


「もちろん、無理強いをするつもりはない! 引き受けなくても、アウラ殿には満足するまでこの地に滞在して貰いたいと思っている。わしもリィナもな」


 と仰い、リィナ様も同意だと言わんばかり頷かれた。


 ここまで言われると、出来ない一択だったのに、迷いが出てきた。

 神官として、人々の役に立てるのは本望。


 だけど、


(……バックス様は気負わなくていいと仰ってくださったけれど……私なんかができるのかな……)


 神官としての経験もない。

 神聖魔法だって、ダグから散々、大した魔法が使えないと怒られていたのに。


「迷っているのですね、アウラ。何か心配事があるのかしら?」


 リィナ様に声をかけられ、私はハッと顔を上げた。

 優しくも、心の内を見通すような真っ直ぐなリィナ様の視線を受け、私は心の葛藤を口にした。


「あ、あの……お引き受けしたい気持ちはあるのです。ですが私なんかに務まるのか自信がなくて……バックス様は先ほど、できる範囲で良いと仰ってくださったのに……」

「なら、一度やってみましょう!」

「へっ?」


 思いも寄らぬ言葉に、私の口から気の抜けた声を出してしまった。だけどリィナ様は、両手を胸の前で握りながら、言葉を続けられる。


「だって、引き受けたい気持ちはあるのでしょう? ならやってみましょう! 無理なら止めればいいのだし」

「そ、そんな感じでいいのでしょうか……」

「いいのよ! 出来るか出来ないかなんて、やってみなければ分からないでしょう?」


 リィナ様が真っ直ぐ私を見据える。


「大切なのは、あなたの気持ちよ」


 私の、気持ち――


 今まであまり考えたことがなかったかもしれない。

 自分の希望ではなく、誰かの希望に応えることを優先して生きてきたから。


 故郷でも。

 魔王討伐の旅の間も。


 だけど今は……


(この街を領地を立て直すお手伝いをしたい)


 領主であるバックス様もリィナ様もとてもお優しいし、街の人たちも気の良い人たちばかりだ。


 身分を超えて繋がっている人々の温かさに、私も触れられたら――


「……分かりました。臨時神官のお申し出、謹んでお受けいたします。経験も浅く、まだまだ若輩者ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします」


 気付けば、自然と言葉が出ていた。


 私の返答を聞いたバックス様の表情がパッと明るくなり、リィナ様からは満面の笑みが零れた。


「アウラ殿、感謝しますぞ! もちろん、あなたの目的を優先して貰っていいからな!」

「片手間でやるくらいの気軽さで臨んでくださいね」


 とお気遣いをしてくださった。

 だけど隣にいるマーヴィさんの表情は、ニコニコしているお二人と違って険しい。


「本当にいいのか? ここには休息のためにやって来たのに……」


 申し訳なさそうに眉間に皺を寄せて訊ねるマーヴィさん。顔には思いっきり、面倒なことに巻き込んですまない、と書いてある。


 だけど私は、面倒なことに巻き込まれたなんて思わない。


「いいんです。それに……何かしている方が気も紛れるんです」


 私は安心させるように微笑んで見せた。


 気が紛れるという言葉を聞くと、マーヴィさんはそれ以上何も言わなかった。

 ただ諦めたようにため息をつくと、


「くれぐれも無理だけはしないでくれ」


 とだけ言った。

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