第2話 ダグとアウラ

 この国――パウロ帝国は、長きに渡る魔王と、魔王が生み出す魔族たちとの戦いに疲弊していた。


 八十年前、突如パウロ帝国の南の地域に現れた魔王。

 それが発する邪気は、土地を汚染し、作物が育たない不毛の地へと変えてしまった。魔王汚染によって多くの領地で食糧不足が起こり、たくさんの人々が飢えによる辛い日々を送ることとなった。


 被害はそれだけではない。

 魔王は自身の配下として魔族を生み出し、人間の領地やその地に住まう人々を襲わせたのだ。魔族は僕として魔獣を生み出して従え、魔獣も非常に厄介な存在だった。


 それによってパウロ帝国の領土は、四分の一を魔王と魔族に奪われたとされている。


 魔族も魔獣も個体差はあれど、人間一人で太刀打ち出来るような存在ではない。

 腕に覚えのある者たちや兵士達が集まって、ようやく退治・撃退できる強さだったため、人々は魔王汚染だけでなく、魔族の襲撃にも怯えなければならなかった。


 だが、全く望みがなかったわけではない。


 実は、魔王は過去にも何度か現れている。

 そのたびに魔王汚染と魔族・魔獣たちの攻撃によって害を被った人間たちが、今も存続出来ているのは、魔王が発生するたびに彼の存在を討つ者――創造の女神に選ばれし勇者様が現れたからだ。


 勇者様には、人が持ち得ぬ強大な力があった。

 それらの力をもって魔王を打ち倒し、この世に平和を取り戻してくださったのだ。


 だからこの時代の人々も、勇者再来を待ち望んでいた。

 死がすぐそこにある生活に怯えながらも、勇者が現れ、魔王を打ち倒してくれることを信じ続けていたのだ。


 そんな中、勇者様しか扱えないとされる聖剣を引き抜いたのが、ダグ。


 私とダグは、同じ孤児院で暮らしていた幼馴染みだった。

 ダグは両親が他界したことで、私は赤ん坊だったときに村の入り口に捨てられていたことで孤児となった。


 私たちの村も魔王汚染の被害に遭い、汚染されていない少ない土地を耕して何とか生きているほど貧しかった。


 だから、孤児院で暮らす私たち子どもへの風当たりが強いのは当然とも言えた。


 特に私は、何をさせても鈍くさかったせいもあり、村人たちだけでなく他の子どもたちにも見下されていて、私が大きくなり神聖魔法の才能を見いだされ、村でたった一人の神官となった今も変わらなかった。


 苦しい生活が続く中、今から六年前――私たちが十七歳になった頃だったと思う。


 ダグが勇者の力に目覚めたのは――


 突如魔獣の大軍が私たちの村を襲い、ダグがほぼ一人で撃退したのだ。


 たった一本の剣で。

 それも無傷で。


 その日から、ダグは村の英雄となった。

 今まで孤児だからと彼をぞんざいに扱っていた村人たちが、ダグの機嫌を伺うようになり、村長ですら彼に逆らえなくなっていた。


 ダグの力の噂は帝都にも流れ、彼が初めて魔獣を撃退してから二年後、帝都から迎えが来た。


 そして、勇者の力を持つ者にしか使えないとされる聖剣を抜いたことで、ダグの力が過去の勇者様のものと同じであると認められたのだ。


 勇者だと認めれれば、やることは一つしかない。村に戻ってきたダグが私に言った。


「アウラ、俺、皇帝の命により、魔王討伐に旅立つことになった」

「そう……なのね」


 胸の奥が苦しくて堪らなかったが、仕方のないことだった。

 ダグは小さな村の英雄ではなく、この国の希望となったのだから――


 私は幼い頃からずっとダグが好きだった。だけど、決して叶うことのない想いだと諦め、気持ちを胸の奥にしまっていた。


 村の英雄である彼と私の間には決して越えられない壁がある。その壁を乗り越える勇気も力も、私にはないと分かっていた。


 遠くから、彼の姿を見るだけで十分だったはずなのに――


「アウラ、お前のことがずっと好きだった。もし……この戦いが終わったら一緒になろう」

「……えっ?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。言葉の意味を理解するのに、少しだけ時間が必要なほどだった。


 だけど全てを理解した瞬間、今まで蓋をし続けていた彼への気持ちが溢れ出し、涙となって零れ落ちた。


 信じられなかった。

 ダグも私と同じ気持ちを抱いてくれていたなんて……


 夢なら覚めて欲しいと思ったけれど、目の前の光景がいつまでも消えることはなく、嬉しさからまた涙が溢れた。


 彼の告白に何度も何度も頷くと、ダグは形の良い唇を上げて笑い、私を抱きしめてくれた。


 とても幸せな瞬間だった。


 彼の温もりに包まれ幸せを噛みしめる中、私の冷静な部分が不意に囁いた。


(だけどダグはこれから危険な旅に出る。彼が無事戻って来られる保証はない)


 浮き足だった気持ちが一気に冷めた。喜びで満ちていた心が不安一色に変わり、最悪を想像して背筋が冷たくなる。


(ならばせめて私が出来ることを……)


 幸いにも私は神聖魔法が使える。


 神聖魔法は、治癒や解毒、結界や防御強化など、魔術師が使う魔術と比べて補助・支援的な魔法が多いけれど、ダグを守ることはできる。


「……私も、あなたとともに魔王討伐に行くわ。あなたを……助けたいの」

 

 愛する人を守りたい。

 その一心から出た言葉だった。


 私を抱きしめるダグの腕に力が入った。

 密着する体にドキドキしている私の耳元で、彼の嬉しそうな囁きが聞こえた。


「ありがとう、アウラ。お前なら、そう言ってくれると思っていたよ」


 と――


 こうして私たちは、魔王討伐に旅立った。


 途中、戦士であるマーヴィさんを盾役として加えて三人パーティーとなった私たちは、三年という時間をかけて、とうとう魔王の討伐に成功した。


 今考えると、告白の時点からおかしな部分ばっかり。


 私も一緒に魔王討伐に向かうと告げたとき、ダグが受け入れてくれて嬉しかった。


 あのときは浮かれてて……いえ、彼のことが好きだったから、何でも自分の都合良く解釈していたけれど、婚約者が危険な旅について行くと言い出したら普通、引き留めると思う。少なくとも、迷う素振りを見せるはずだ。


 だけど、ダグは全く迷わなかった。

 まるでこの展開を予想していたように、嬉しそうにお礼を言っていた。


 そして皇帝が仰っていたあの言葉。


『勇者ダグよ。、魔王討伐の褒美として我が娘イリスを与えたい』


 ダグがイリス皇女様と結婚することは、魔王討伐に旅立つ前からの決定事項だったのだ。


 つまり、私に告白した時点で……決まっていたわけだ。


 ダグが私を裏切ることを――

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