この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ

めぐめぐ

第1話 魔王討伐の褒賞

 真っ赤なカーペットが敷かれた豪華な広間――玉座の間。

 跪き、頭を垂れる私たちに、皇帝の感極まった声が降り注いだ。


「ダグ一行よ。よくぞ魔王を倒し、この世界を救ってくれた! まさに、帝国の歴史に名を刻む偉業である!」


 私たちを称賛する皇帝の言葉に、私――アウラは恐縮し、ますます頭を下げた。


 だって後方支援職である神官の私にとって、皇帝陛下からお褒めの言葉は過ぎたもの、そして私以外の二人にこそ相応しいと分かっていたから。


 頭を下げつつ、私の隣で頭を下げている人物に視線だけ向ける。


 全身フルプレートアーマーのとても大きな男性は、マーヴィさん。


 彼は盾役タンク。戦いの際には鎧と同じくらい厳つく大きな盾を持ち、攻撃を一身に受けながら敵を引きつけるいう一番過酷な役目を担ってくれていた。


 マーヴィさんが敵を引きつけてくれたお陰で、私たちの戦いが安全且つ楽になった。

 筋力がなくて鎧も身につけられない私が魔族や魔獣に狙われずに済んだのは、間違いなく彼のお陰だ。


 人よりも一つ頭が飛び抜ける大きな体にフルプレートアーマーという目立つ風貌だけれど、普段の彼は寡黙で静か。

 いつも私とダグの会話の聞き役になってくれていた。


 視線を前に向けると、この魔王討伐パーティーのリーダーである勇者――ダグの後ろ姿が見えた。彼の腰には、勇者しか扱えないとされている聖剣が差さっている。


 後ろ姿だけなのに、もうそれだけでドキドキする。


 ひとくくりにした栗毛色の長い髪が、背中に流れている。色んな人に会うからといつも念入りに手入れしていたので、私よりも艶々だ。


 女の私ですら、元々長かった金髪の手入れが難しくなって早々に肩の辺りで切ったのに、人々の希望たる勇者のイメージを崩したくないからと、見た目にも気を遣う意識の高さは称賛に値すると思う。


 髪の毛だけじゃなく、容姿も綺麗だ。


 切れ長の青い瞳に真っ直ぐな鼻筋。少し薄めの唇が笑みを形作れば、周囲の女性たちが思わず黄色い歓声をあげてしまうほど。

 マーヴィさんとは違い、戦うにはスラッとした体つきをしている。


 行く先々の街や村の女性たちの視線を集め、人だかりができることもあったけれど、彼はそんな女性たちを決して邪険に扱うことはなかった。


 とにかく格好良くて素敵で、皆が希望とするに相応しい勇者なのだ。


 そして――私の婚約者。


 魔王討伐に出てから三年間。

 本当に大変だったけれど、ようやく彼と結婚して結ばれることが出来る。


 清い体でなくなれば神聖魔法が使えなくなり、神官として人々の役に立てなくなるけれど、これからは一人の女性として愛する人の役に立ちたい。


 ダグとの未来を想像すると嬉しくて嬉しくて、顔が勝手ににやけてしまう。

 皇帝がさっきからずっとお話されているけれど、気持ちが浮ついて全然話が耳に入ってこ――


「勇者ダグよ。旅立つ前に話していたとおり、魔王討伐の褒美として我が娘イリスを与えたい。そして互いに手を取り合い、ともにこの帝国を治めるがいい。創造の女神に選ばれし勇者たるお主の力で、帝国を更なる発展に導いて貰いたいのだ」

「はい、謹んでお受けいたします。イリス皇女様とともに必ずや、帝国の未来をより良いものにすることをお約束いたします」


 ――え?

 今、何て?


 皇帝は何の話をしていたの?

 ダグは何を引きつけたの?


 皇帝の御前だということを忘れて顔を上げると、皇帝の一人娘であるイリス皇女様と私の婚約者が手を取り合っている光景が目に飛び込んできた。


 ダグ、どうして皇女様の手を取ってるの?

 どうしてそんなに嬉しそうに笑ってるの?


 ……うそ、だよね?


 それに、旅立つ前に話していたとおりって……何?


 ダグが一瞬だけ私を見た。

 その口角は、まるで私を嘲笑うかのように上を向いていて――


 周囲から上がった歓声は、私の耳の中に入るとたちまち雑音となり、脳内をかき乱した。


 体中が寒くて仕方ないのに、額には変な汗が噴き出している。

 何だか呼吸も荒くなって、空気を吸い込めば吸い込むほど苦しくなっていく。


 足元の地面が揺れてる。

 いや揺れてるのは、


(私の体……?)


「アウラ!」


 隣にいたマーヴィさんが私の名を叫んだ。

 次の瞬間、ぐらりと目の前が歪んだかと思うと、私の意識は闇の中に沈んでしまった。



******

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