第11話 プレッシャー

「闇獣の世話係……」


 闇獣。……私たちの世界にある国には、それぞれ国に恵みをもたらす存在がある。私の祖国では、聖花で、魔国では闇獣だ。


「俺の代の闇獣は、変わり者で、話した通り、音楽を好む」

「……なるほど」


 闇獣は聖花と違って、必ずしも音楽を好むわけではない。

 たしか、食事を好む闇獣もいたと聞いている。


「この城では、音楽に素養がある者は少なくてな。……聖花があるアドルリア国なら、良き世話係になる者がいるのでは、と思って探していたのだが」

 そこで、私と出会った、ということね。


「ラファリア、あなたと出会えて僥倖だった。どうか、引き受けてくれるか?」

 輝く金の瞳は、真っ直ぐに私を見つめている。

 ——私は、マーガレット様にはなれないけれど。

 それでも、いつか。誰かに選ばれるような私に変わりたい。


 もちろん、新しい地で新しい仕事をしたところで、私自身が努力しないと意味がないのはわかってる。


 でも、環境が変わることは、きっと、私にいい影響を与えると思うから。


「はい。お受けします」


 大きく頷き、ガロンさんを見つめ返す。ガロンさんの瞳が、ゆっくりと細められ、唇が弧を描く。

「ありがとう」

「これから、よろしくお願いいたします」

「あぁ。こちらこそ、よろしく頼む」


 ぎゅっと、手を握る力を強くされ……ん?

 そこで、視線を手元に戻す。そうだ! さっき、慌てた私を落ち着かせようとガロンさんに手を握られて、ずっとそのままだった。


「あ、の……」


 心拍が急に速くなる。手汗、かいていないかしら。

 ……というか、いつまでこの手は握られるのかしら。


「っ!? ……あ、あぁ、悪い!」

 私の視線に気づいたガロンさんが、慌てて手を離す。

「いえ……」


 なんとなく、気恥ずかしい空気が、流れる。

 私がなんと言ったらいいのか分からず、途方に暮れていると、廊下の先から人が見えた。

「陛下!」


 片眼鏡をかけていて、神経質そうな顔をしているその人は、ガロンさんに向かって走ってきた。

「あぁ、マギリか」

 彼はマギリ、という名前なのね。

 マギリは、ガロンさんの前まで立つと、はぁ、と大きくため息をついた。

「あぁ、ではないですよ、陛下!! この度雇った、音楽師もまーったく、闇獣のお気に召しませんでした! このままだと、我が国の繁栄は……」

 そこで、マギリは言葉をとめ、私を見た。

 新緑色の瞳と目が合う。

「陛下が女性を連れられてるー!?!?!?!?!?」


 瞳がかっ、と開かれたと思うと、マギリはそう叫んで泡を吹いて倒れた。

「だ、大丈夫ですか?」


 慌てて、手を伸ばそうとしたけれど、ガロンさんがそれを制した。

「心配ない。マギリは三徹目だからな、このまま寝かしておこう」


 三徹目!?!?!

 それもすごいけれど……廊下だと風邪をひくんじゃないかしら。


「あぁ、そう心配そうな顔をするな。マギリは、徹夜で仕事をするのが趣味だ。とはいえ、このままはさすがにまずいか」

「……そう思います」


 ふかふかな絨毯だから、怪我はなさそうだけれど、やっぱり休むならベッドで眠ったほうがいいだろう。


「仕方ない、運ぶか」

 おそらく魔法でマギリを宙に浮かせると、そのままふよふよと廊下を進んで行った。


「……自室まで運んでおいた」

「……よかったです」


 これで一安心だわ。


「ところで、ガロンさん」

「どうした?」

「先ほどの音楽師とは……」

 どんな音楽師だったのか気になる。

 私は、闇獣に気に入られる必要があるから、その得意な楽器や音楽を聴いておくことは、今後の参考になるだろう。


「あぁ、それなら気にしなくていい。あなたなら、きっと闇獣も気にいる」

「!?」


 それは、大変ありがたい評価だけれど……、逆にプレッシャーと言うかなんというか。

「大丈夫だ。先にあなたの部屋に案内しようと思ったが、そうだな……。闇獣に会いに行くか」

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