第5話 提案

 次の仕事……。

「いいえ、まだです。何か、花奏師として培った技術を生かしたいとは思っているのですが……」

 私が首を振ると、ガロンさんは紙とペンを取り出し、そこにさらさらと文字を書いた。

「これは提案なんだが……」

 そう言って、私に紙を見せる。


 その紙に書いてあったのは数字だった。

 いち、じゅう、ひゃく、せん、……ゼロがいっぱいだわ。


「俺の元で働かないか?」

「……え?」


 ガロンさんの元で、働く?


「そして、これは、俺の元で働いてくれた場合のひと月の報酬だ」

「ええっ!?」


 王城で働いていた頃と桁が二桁以上違うその金額に思わず、目を剥く。


「素性がわからない私にどうして、こんな金額を……」

「あなたが扱いの難しい聖花に好かれている、とびきり腕のいい花奏師だということ。その技量に見合った金額を提示しているだけだ」


 聖花に好かれているって、さっきも言っていたけれど……。

「なぜ、そんなこと……」

「さっきも言ったように、俺は鼻が利く。聖花の香りが分かるんだ。そして、その香りから聖花があなたを離したくないって、思ってたことがわかる」

「……香りで」

 自分には、さっぱりわからないから、いまいち実感がないけれど。

「……そうなのですね。ところで、ガロンさんの元で働くとしたら、私は、何を……?」

 聖花は王城にしか咲いていない。

 だから、聖花に演奏を聞かせる仕事ではないだろう。


「それは……」

 ガロンさんは言葉をそこで止める。言葉を選んでいるようだった。

「一番、わかりやすく言えば、子守りだな」

「子守り?」


 誰の子供だろう。ガロンさんの上司? それとも、ガロンさんの子供?


「ああ。……子守りと言っても、音楽が好きなやつだから、毎日曲を聞かせてやってほしい」

「……なるほど」


 それなら、花奏師とやっていることは変わらない……かもしれない?


「ちなみに、ガロンさんのお子さんですか?」

「俺じゃない。……詳しくは、契約後に話す」


 契約後……か。

 ということは、わりと重要な方の子供なのかしら。

 だって、お給料だって、あんなに良かったし。それは、口止め料も入っているのかもしれない。


「……そうですね」

 私は、残りのお酒をぐいっと飲み干すと、ガロンさんを見つめた。

「ガロンさん、そのお話お受けします」

「いや、今日でなくても、酒が入ってない日に改めて――」

「今日が、いいんです!」


 頭がふわふわしている状態じゃないと、決められないこともある。

「私は、変わりたい。変わらなくちゃいけないんです」


 選ばれなかった私は、今度は誰かに選ばれる私になりたいから。


「……だから」


 だから、どうか……。


 言葉を続けたいのに、唐突に眠くなってきた。

「おい、大丈夫か? だから、ゆっくり飲めと……」

「だい、じょう……」


 大丈夫。そう言いたいのに。

 私は、ゆっくりと意識が夢に沈んでいくのを感じた。




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