ただしい異世界の歩き方!
空見 大
第1話 新たな世界の歩き方
正しい人生というのはどのような人生だろうか。
素晴らしい人生とはどのような人生だろうか。
病床にあって常にその先の事を考えてはきたものの、世界はどれだけ願っても願いを叶えてくれることはない。
届かぬものに対して手を伸ばし続けることしか出来ないというのに、神はその願いを叶えてくれることはないのだ。
(密林とか海は無理だったとしても、山とか川くらいには行きたかったなぁ……)
ゆっくりと身体から力が抜けていき、次第に呼吸の感覚が長くなっていく。
あれもしたいこれもしたい、何も為せなかったからこそ、何かを為したいと心の底から渇望する。
次の人生があるのならば、次こそはいろんな場所を見て回りたい。
そんな願いを胸に秘めながら男は静かに息を引き取った。
田中翔──18の夏の日の出来事であった。
そうして華々しくも儚く散って行った翔だったが、ふと死んだはずの自分にまだ意識というものが存在することに気がつく。
身体は既にその機能を停止しているので、自我を認識しているのは差し詰め魂といったところか。
翔の頭の中によぎった今の自分の状況は幽霊、自慢ではないが常人のそれより遥かに巨大な未練を残して死んだ自信が翔にはあった。
それこそ悪霊にでもなれるほどの想いの強さだと自負するほどである。
この際外の世界を観れるのであれば悪霊でもなんでもいい、自分の足で世界を観られるのなら悪魔や天使に魂だって売り渡せるだろう。
そうして奇跡は現れた。
心から請い願った翔の前に人の形をした奇跡が降臨する。
「ほう、これは中々面白いの! さすがワシが覗いていた人間じゃ!」
不定形のそれは人が神と呼び崇め奉るもの。
もっぱらそれは上位者と呼ばれる者達であり、者でもある目の前のソレは翔の方へと微笑みかける。
目がないはずなのにその姿が見えているのは、翔自体が心で神を見ているからなのかもしれない。
「人の姿の方が親近感も湧くじゃろう。これでどうかの?」
そうして上位者が指をパチンと鳴らすと、60代ほどの恰幅のいい老人が現れる。
声からはそこまで年を感じず見た目の印象とは少しだけちぐはぐなように感じられた。
だが神としては最近の人の意向を汲んだ結果こうなったのであって、自分の見た目に興味がない神からしてみれば、幼女だろうが老人だろうが些細なことである。
ただこちらの価値観に合わせてくれただけにすぎないのだ。
「しゃべれんじゃろう? まぁ無理もない、魂だけで思考が出来るだけ随分凄いもんじゃ。
そんなことよりお主別の世界へ行ってみたくないか?」
神が唐突に口にしたのは翔が心から乞い願う未知の世界への足掛かり。
喉どころか口すらないため言葉を発することは出来ないが、翔は必死にその世界に行きたいと、未知の世界を見たいと願う。
「なぜ自分が選ばれたのか、そのことに関してなら考える必要はないのじゃ。
ただ単純に80億分の1に当たっただけじゃからな、スーパーラッキーということじゃよ。どれその体では不便じゃろう。仮の肉体を与えてやる」
翔にとってみれば自分が選ばれた理由などはどうでもいい。
大切なのは自分が知らない世界を知ることができるか、それだけに尽きるのだ。
タブレット越しに見ていただけの世界を自分の両の目で見ることができるのであれば、それ以上の幸福はこの世界に存在しない。
神が魂だけの翔を不便だと思ったのか指をパチンと鳴らすと、ゆっくりとその身体が形成されていく。
病院で横たわっていた時の服装で、生前と何も変わらない姿のままであった。
「どうじゃその身体は」
ニヤリと笑みを浮かべた神を前にして、翔は自分の視点の高さに驚いた。
小学校高学年の頃に難病にかかり両足が動かなくなってから、翔は自分の足で立つことがなかったのだ。
だがいま確かに死後の世界ではあるが、翔は自分の足で立っていた。
「俺自分の足で立ってる……立ってる!」
「えらい喜びようじゃのぉ、まぁお主のことは生まれた時から見ておったからワシもなんじゃか嬉しい気持ちではあるが。
ソレでじゃが、翔よ、先ほども聞いたが別の世界へといく気はないかの?」
「行きます!」
神の言葉に対して被せるように返答した翔は、その場で跳ねたり少し歩いてみたりして自分の足が思い通りに動く感動を享受していた。
異世界に行っても足が動かなければいい餌だ。
だが転移直後に龍に食われても未知を知れたのならいいだろうと考えていた翔の前に言葉通り足ができた。
ならば心の底から翔は異世界に行く事を楽しみだと言い切れる。
「行きますってお主、もう少し考えてから喋った方がいいじゃろ。行き先が地獄だったらどうするんじゃ」
「この二本の足がある時点でどこでも天国ですよ。ついでにいい景色のある場所なら万々歳です」
正常な思考が出来ているか怪しい翔を前にしてなんだか不安になってくる神であったが、拒否されるよりはいいだろうと考えを改める。
「まぁ断られるよりは楽でいいんじゃが……残念なことに世界についての詳しい説明はここではできん。
それは向こうの世界に行ってからゆっくりと時間をかけて調べると良いじゃろう」
「そうですか、何から何までありがとうございます。ではお願いします!」
(こやつさては人の話聞く気がないな?)
そんな事を思いながらも神は一言でも許可を出せば今すぐ走り出しそうな雰囲気の翔を前に、伝えるべき事をまとめておいたメモを見ながら説明する。
「待て待てそう急ぐでない。足が動くとはいえ、このまま別の世界に行けば持って1日、いや1時間持てば良い方じゃろ。
せっかく自由に動き回れるのにすぐに死んでしまっては元も子もない」
「確かにそうですね」
「聞き分けはいいんじゃな。向こうの世界に行っても死なないようにいくつか能力をくれてやる。
それにのぞむ能力を3つくれてやろう、死んでからも意識を保った褒美じゃ」
意識を保った褒美と言えば一応褒美を与える理由にはなるが、実際のところは別の理由があって必要だからである。
元々は神の方で考えた力を与える手筈だったのだが、人がどんな力を必要とするかわからないのでそれならばと本人に任せることにしたのだ。
(危険な能力を要求してきたら最悪気絶させて適当なものぶら下げさせて送り込めばいいじゃろ)
なんともその場凌ぎの考え方ではあるが、いまのところ神はその神生をこれで無事乗り切ってきたので問題はないはずだというのが神の考えである。
少しだけ考えた翔は己の素直な願望を口にした。
「望んだものの位置がわかる能力と健康な体をください。冒険に必要な力も頂きたいですね。お願いします」
望んだものの位置がわかる力は目標を作る為。
健康な体を求めるのは病床の辛さを知っているから、冒険に必要な力を求めるのは未知を追い求めるためだろう。
戦闘に特化したような能力がないことに安堵した神だったが、同時に最後の冒険に必要な能力という抽象的な提案に頭を悩ませる。
「最後のは随分と抽象的じゃのう、てっきり魔眼だの製造系能力だの神の力だの魔法の極意だの要求すると思っていたのじゃが」
「健康に生きてさえ居られればそれでいいです。僕は自分の足で新しい世界を見たいだけなので」
無敵の力が手に入れられると分かったなら、欲を出すのが人間というもの。
分不相応な力を手に入れて自壊する人間を何人も見てきた神からすれば、もはや病的な異世界への探究心も可愛らしく見える。
「ならばワシの名の下に能力をいくつか授けよう。お主が異世界でもその探究心を腐らせることなく生きていけるようにの」
神が手を振り翳すと翔の体が光に包まれていき、紋章のような物が身体中を駆け巡る。
元々は何の演出もなかったのだが、見た目が地味だからと神が駄々をこねて演出を作ってもらったのは記憶に新しい。
「どのような能力を手に入れたかは向こうに行ってからのお楽しみじゃ。
お主はワシのお気に入りじゃからの、なるべく面白おかしく過ごすんじゃよ」
翔からの返答はない。
本来人の身に余るほどの力を与えているので、身体が拒絶反応を起こさないように強制的に生命維持に必要な活動以外の全てを停止させているためだ。
声が届いているのかも怪しい状況の中で、神はまるで母親のような慈愛の表情を浮かべながら言葉を続ける。
「あぁそうじゃ、祈りを忘れておった。お主のこれからの冒険に幸おおからん事を」
創生神からの祈りを受けたことで転移の条件は完全に成立し、翔は異世界へと飛び立っていく。
あの男ならばこの退屈を紛らわせてくれるかも知れない。
与えた能力が書かれているボードに目を落としながら、一人残された空間の中で神はそんな事を思うのだった。
獲得能力
創生神の加護
異世界言語
神眼
冒険者
金剛不壊
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