「君を愛することはできない」と真実の愛を貫いた婚約者。私がザマァするまでもなく自滅しました。

古芭白 あきら

第1話 「君を愛することはできない」と真実の愛を貫いた婚約者。私がザマァするまでもなく自滅しました。


 私は急いでいました。


 私の愛する婚約者シナーフ殿下のもとへと。


 早く、早くと焦りはしますが、はしたなく走るわけにはまいりません。


 何故なら私はモリカ・イルノア。


 キシュホーテ王国の侯爵令嬢であり、第一王子シナーフ殿下の妃ファーストレディになる身なのですから。


 私は淑女の鑑とならねばなりませんし、貴族だけが通うこの学園で生徒たちの規範とならねばならないのです。


 それでも私が急いでいるのは、とんでもない噂を耳にしたからです……



 目的地に近づくと薔薇の香りがふわりと私の鼻腔をくすぐり、それと同時に色とりどりの見事な薔薇が私の目に飛び込んできました。


 中庭には学園自慢の薔薇の花壇があるのです。その花壇に囲まれて愛らしさのある四阿ガゼボがありました。


 そこから男女の仲睦まじそうな笑い声が私の耳に届く。


 男性の声は私の婚約者シナーフ殿下のものです。


 ああ、先ほど聞いた噂は本当だったのですね。


 私の愛する殿下が中庭で公然と浮気をしているなんて……


 あまりの絶望感に目の前が暗くなりました。


 追い討ちを掛けるかのように四阿を遠巻きにした令嬢達の悪意のヒソヒソ声と嘲るクスクス笑いが聞こえてきます。


 ダメ!

 気をしっかり持つのよモリカ!


 令嬢は何よりゴシップが大好き。

 これを放置するわけにはいきません。


「シナーフ殿下、どう言う事ですの!」

「モ、モリカ⁉」


 私の姿に慌てて女から離れて立ち上がるシナーフ殿下。


「こ、これは、その、私は決してやましい事は……」

「婚約者がある身で女性と仲良くベンチに並んで腰掛けてベタベタするのはやましくないと?」


 この目でバッチリ見ましたわ。

 言い逃れはできませんことよ!


 まったく、私という者がありながら、いったいどこの泥棒猫にうつつを抜かしていらっしゃるのかしら。


 殿下に続いて立ち上がった女生徒をチラリと見て私はギョッとしました。


 ふんわりとした桜色ピンクの髪と優しげな水色マリンブルーの瞳、雪のように真っ白な肌、低い背に折れそうなほど華奢な肩と腰。


 小さな顔はとても愛らしいく、まるで儚い妖精のよう……


 お相手は隣国のカミア・グウトン王女でしたの!?


「そ、そんな……シナーフ殿下はカミア様を?」


 私は信じられないと頭をふるふる振って尋ねました。


 信じられない。

 信じたくない。


 ああ、私の愛する殿下がそんなはずは……


 ですが、殿下は目を閉じてグッと拳を握り締め葛藤したのも束の間、カッと目を見開いて宣言されたのです。


「すまないモリカ……私は……カミアを愛してしまったのだ!」

「嬉しいシナーフ様!」


 殿下とカミア様は人目もはばからず、抱き締め合い二人だけの世界を作り出されました。


「カミア、私が愛するのは君だけだ」

「私もシナーフ様をお慕いしております」


 更にあろう事か、大衆の面前でブチュッと――


「「「キャァァァァァア!!!」」」


 周囲(私含む)から黄色い悲鳴が巻き起こりました。


 仕方ありません。

 これ・・って令嬢達の大好物ですものね。

 ちなみに私も大好物です!


 いやぁ、いいモン見せて頂きましたぁ〜


「そう言うわけだ。すまないが私は君を愛することはできない」

「モリカ様、ごめんなさい……でも、お願い私達の愛を許して」

「お二人はそこまで……」


 手に手を取り合って私をジッと見つめる殿下とカミア様。

 ふっ、これでは私が完全に二人の仲を裂く悪役ですわね。


「私は真実の愛に目覚めた。この愛こそ本物。何があろうと乗り越えてみせる」

「ああ、シナーフ様……どんな困難が待ち受けていてもシナーフ様となら耐えられます」

「殿下の意思は固いのですね?」


 ここは保守的な国キシュホーテ。


 殿下とカミア様の関係はとてもではありませんが許されるものではありません。


 しかし、私はとても理解のある女モリカ・イルノア。


「そこまでのお覚悟があるのでしたら私から申し上げる事は何もありません」

「分かってくれるのか!」

「ええ、もちろん……真実の愛、そう言うことでしたら是非もありません」


 あゝ、素晴らしき真実の愛。

 あゝ、何と尊いのでしょう。


 あっ、鼻血が出そうです。

 近くの令嬢のうち数人は鼻血で貧血を起こして倒れております。


「キシュホーテ王国とグウトン王国、両国の親善の為にも私は身を引きます」

「私達の愛を認めてくれてありがとうございますモリカ様」


 仲睦まじく並ぶ二人に私は満足そうに一つ頷く。


 ええ、ええ、認めますとも、許しますとも。

 これを認めないはずありません。


「お二人の幸せを心よりお祈りしております」

「ありがとうモリカ……私は必ず添い遂げてみせる」


 この大団円に私が拍手すると周囲の令嬢達も感動の涙を流しながらのスタンディングオベーション。


 これほど心洗われる光景が他にあるでしょうか。


 これぞ正真正銘、まごうことなき真実の愛!


 なんせカミア様は……なんですから。


「私が国王に、カミアが王妃となればキシュホーテ王国の未来は明るいだろう」

「はあ?」


 何をとち狂っているのでしょう?


「カミア様は王妃にはなれませんよ?」

「何だと!?」

「それにカミア様と添い遂げられるのなら殿下はおそらく廃嫡されます」

「どうしてだ!?」

「どうしても何も……カミア様は男のですから」

「なんだとぉぉぉ!!!」


 有名な話じゃないですか。

 全生徒周知の事実ですよ。


「だ、だが、カミアはグウトンの王女だと……」

「保守的な我がキシュホーテ王国とは違い、隣国のグウトン王国はとても先進的なLGBTに理解のあるお国柄。トランスジェンダーに理解があるのです」


 彼の国は我が国よりマイノリティに対する理解が300年は進んでいます。

 だから、本来なら王子であるカミア様も王女を称して許されているのです。


「ちなみに我が国では同性婚は認められておりませんので、殿下は王位継承権を剥奪され廃嫡されるのは必至」

「待て待て待て待て!」

「もう手遅れですよ。これだけ大衆の面前でイチャイチャしちゃいましたから、殿下の好みが男性であるとカミングアウトしたのと同じですから」

「えっ、大衆?」


 ぐるりと見回して青くなる殿下。


 今ごろようやく自分を囲んでいる令嬢達の存在に気がつくなんて、どれだけカミア様と二人の世界になっておられたのか……


 まさに真実の愛。


「この国は差別的でカミア様と結ばれるにはグウトン王国へ行かねばならないでしょう。ですがお二人の真実の愛ならこの程度の障害など簡単に乗り越えられると信じております」


 私が祈るようなポーズをすると、周りの令嬢達も同じポーズでうんうんと頷き期待の眼差しを殿下に向けました。


「あっ、言い忘れておりましたが、いかに革新的なグウトン王国でも王家や貴族まではさすがに同性婚は認められておりません」

「なんだと!?」


 当たり前じゃないですか。

 同性婚ではお世継ぎができません。


 継承問題になるので王族、貴族は同性婚タブーです。法律で禁止されております。


「ですので、カミア様は男性と結婚する場合は王族から抜けなければなりません」


 と言うわけで、お二人は結婚したら平民となるわけです。


「まあ、この程度の困難などお二人の真実の愛の前には困難とも呼べないでしょう」


 熱い抱擁と熱烈なキスで性別の壁さえやすやすとぶっ壊してしまわれたのですから。


 あゝ! 先ほどのチューは私の脳裏にしっかりと焼き付いておりますよ!


 これだけで私ごはん3杯はいけます!


「あぁ、なんて素晴らしいのでしょう真実の愛!」

「ちょっと待ってくれ。やっぱり私は君と……」

「私はお二人の真実の愛を全力で応援いたしますわ!」


 きっとキシュホーテ王国の未来も明るいですわ。


 その後、殿下は私に幾度となく面会を求められてきましたが、全て拒絶しました。カミア様に誤解されるといけませんからね。


 そして「知らなかったんだァァァァ!」と叫びながら、カミア様と共にグウトン王国へと連れて行かれたのでした。


 私の方は男に婚約者を寝取られた女としばらく揶揄されましたが……まあ、イルノア侯爵家は権勢を誇る大貴族ですので結婚相手にはさほど苦労はありませんでした。


 しかし、女の幸せは結婚と思ってしまうあたり、私もまだ考えが古いのですね。


 やはり、この国はまだまだ保守的です。

 どこかに殿下とカミア様のように苦しんでいる方が大勢いることでしょう。


 ですが、きっとあの二人がそんな大勢の苦しみに光を照らしてくれます……



 あゝ、崇高な二人の愛に幸あれ!

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