アカネとメイ

だれより可憐で、だれより強く

「え?」


「だって、アカネ姫の顔が、とてもくやしそうに見えたから」


「……くやしい、ですか」


 アカネ姫が、小さくうなずく。


「そうですね、くやしいです。……アオバにすべてを押しつけた、私の弱さが」


 アカネ姫の弱さ? そんなもの、あるの?


「メイ様もごらんになったと思いますが……私は兵士たちを動かすことも、王国を率いていくこともできません。ただ一点、私が姫であるから」


 そう。兵士も他の大人も、アカネ姫の意見を聞き入れようとしない。思いだしてもむかむかしてくるけど……アカネ姫は、優しく続ける。


「メイ様、彼らを責めないでください。これまでの慣習や数百年の歴史が、彼らの考えをジャマしているだけなのです」


「そんなこと言ったって……納得できません」


 ぶすっと言った言葉に、アカネ姫は困った笑顔を浮かべてうなずいてくれた。


「そんな王国のあり方を変えるための切り札が、キューターリーフです」


「切り札?」


「だれより可憐で、だれより強く、王国のために戦う存在。アオバの言うとおり、国を思うことに、男女のちがいなんて関係ないですから」


 うんうん、と、私はめいっぱい首をたてにふる。


「私は古い文献を調べ、キューターの存在を知りました。それから王国の地下に眠っていた秘伝のつるぎを見つけ、コカゲ帝国からの攻撃が始まったとき、私がキューターリーフの力をふるうつもりでした」


 じゃあ、本当はアオバじゃなくって、アカネ姫がキューターリーフに変身するはずだったってこと?


 それも、観てみたい……。


「ただ、私が戦場に向かうことを、だれひとり認めてくれませんでした」


 アカネ姫は、ネグリジェをきゅうっとにぎる。


「戦場で万が一のことがあったときに、王族の血が途絶えてしまう。その危険がある以上、私を戦いの場に出すわけにはいかない。そう、みなに反対されてしまいました」


 それは……兵士さんを責められない。


 アカネ姫が国民を守りたいと思うように、国民だってアカネ姫を守りたい。優しく、聡明なアカネ姫がいなくなるなんて……私だって、いやだ。


「そして、むりにでも剣を引きぬこうとした私を止めたのは、アオバです。アオバは私から剣を取りあげて、戦場に飛びだして……キューターリーフに変身しました」


「……アオバはアカネ姫を守るために、キューターリーフに変身することを選んだんですね」


 アカネ姫を危険にさらすことはできない。でも、キューターリーフとして戦い、国を守り、国を変えたい。


 アオバはアオバにしかできないことを、やっているんだ。


「わたくしは、アオバの優しさに甘えているのです」


 アカネ姫の瞳が、ランプの光をはじいてゆれている。


「アオバを戦場に送りだしてしまったことを、毎日後悔しています。血のつながりなんて、関係ない。アオバは、わたくしの大切な家族なのに……」


 今度はアカネ姫が顔を腕の中にうずめてしまう。


 私は、気の利いたことは言えそうにないから……思いついたことを、伝えてみた。


「アオバはたとえキューターリーフに変身していなくても、真っ先に飛びだしちゃってますよ。きっと」


「え?」


「アオバは、アカネ姫も王国のみんなも、コカゲ帝国の人たちだって助けたい! って、本気で言っているんです」


 キズを負ってまで、私を守ってくれたアオバ。


 だれかを守りたい。その気持ちに突きうごかされて駆けだす背中が、すぐに頭に浮かぶ。


「……えっと、なのでその、アカネ姫が後悔する必要は、ないんじゃないかなって……」


「ふふ……これでは、昔のアオバのことを言えませんね」


 アカネ姫は、袖で涙をぬぐう。


「メイ様の言うとおりです。もう、泣いてばかりのアオバはいません。優しく、たくましい子に育ってくれました」


「それって、ぜったいアカネ姫のおかげです。強く、優しく、美しい! アカネ姫は、理想のお姉さんですもん」


「そんな、はずかしいです……」


「私のお姉ちゃんも、アカネ姫を見ならってほしいです!」


 私の軽口に、アカネ姫が食いついてくれた。


「あら、メイ様にもお姉様が? よければ、メイ様のご家族のことをお伺いしても?」


「は、はい。お話、私の番ですね!」


 そこから私は現実世界を「遠い国の故郷」ということにして、家族や学校のことを話した。


 テレビやスマホの話に、アカネ姫は「おとぎ話のようです!」なんて目を輝かせていた。

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