いざ、コカゲ帝国へ
「なんだか……暗い。空気がよどんでいるね」
と、アオバの言うとおり、帝国は一面が灰色だった。入ったとたんに空がくもったっていうこともあるけど、天気のせいだけではないと思う。
「国民もみんな、うつむいている……」
すれちがう人たちは私やアオバには目も向けず、とぼとぼ歩いている。
おかげで偵察するのは楽そうだけど……こんなにどんよりしている場所、見たことがない。
きょろきょろ、周りを見るために立ちどまっていると……。
どんっ。
「うぐぇっ!」
「いたっ!」
子どもが前から走ってきて、ちょうど私のお腹に頭がぶつかった!
「い、つつ……なんなの?」
見ると、犯人の女の子が膝をすりむいてうずくまっていた。そして、私の足元にはリンゴがいくつか転がっている。
「あ、あ!」
少女は、真っ先に地面のリンゴを拾う。だれにも取られまいと、ぎゅっと胸に抱える。
「そこにいたか、リンゴどろぼう!」
「!」
雷のようなどなり声に、少女はびくっと飛びあがる。人ごみをかきわけて、エプロン姿の大男が鼻息をあらげてやってきた。
「おまえ、オレの店から商品をぬすんだな!」
どうやら、この人は八百屋のご主人。少女は、お店の商品をとってしまったらしい。
悪いのは、この少女なのだろう。それがわかると、周りの人たちは関わりたくないのか、目を背けてそそくさと歩いていく。
「メイ。さわぎに巻きこまれるのはまずい。行こう」
アオバが私のうしろにひざをついて、他の人に聞こえない声でささやく。その通りだ、と私は立ちあがる。
「…………」
ぶるぶる、と、ぶつかってきた少女はふるえて……私のマントをにぎった。
「ほら、来い!」
八百屋のご主人は、この子を捕まえようと手をのばす。
「やめてください!」
と、その手をさえぎる。私はとっさに、少女を抱きよせていた。
「なんだぁ? オレは、このどろぼうに用があるんだ!」
つばを飛ばして怒るご主人に、正面から立ちむかう。
「……どろぼうなんて、人聞きの悪いこと言わないで」
「なんだと?」
ギロ、とにらまれる。声が上ずってしまうのをぐっとこらえて、言った。
「この子は……私の、妹だし!」
私は、大ウソをさけんだ。
引くに引けず、大声を出した勢いをそのままに、少女のほっぺをぷにゅっとつまんだ。
「こらっ! お姉ちゃんたちが来るまで、おいしそうなリンゴを選ぶだけって約束だったでしょ! 勝手に持ってきちゃ、めッ!」
「……ご、ごえんなひゃい」
ほおを引っぱられたままだから、少女はそんな風に謝った。
「謝ったのなら、よし!」
私は、少女を自分のうしろにかくす。
「だったら、おまえが金を持ってんだな?」
八百屋のご主人は、額に血管を浮かべながら私につめよってくる。迫力が、すごい……。
「落っこっちまったモンは売り物にならない。責任とって、金ははらってもらわねぇとな」
「と、当然です」
胸をはって答える。たかだかリンゴをいくつか、小学六年生のおこづかいでも買えるはず。
私は、ポケットに手を入れる。
出かけるときはいつも、左のポケットにお財布を入れて……。
「あ」
ようやく、私は思いだす。
ここは家の近くの商店街じゃなくって、アニメの世界。
この世界のお金なんか、持っているわけ、ない!
「どうした? さっさとはらってくれよ」
「あー……、えっとぉー……」
だらだらと汗を流す私を見あげる女の子は、マントをにぎってはなさない。
……マント?
「お金は、ないですけど」
ふぅーっと、一息。それから私は、首元に手を当てる。
「代わりに、これを置いていきますっ!」
言って、私は自分のマントを八百屋のご主人に押しつけた。
さわがれる前に、女の子の手を引いて走りさる。
「これは、王国製の最高級マントだ!」「一切れだけでも、遊んで暮らせる金になると聞くぞ!」「よこせ、よこせ!」「さわるな! これはオレのものだ!」
大声が聞こえてくるが、私はその場からにげることに必死だった。
人気のない場所まで来て、私はべちゃっと地面にたおれこむ。
「メイ。大丈夫?」
そう言って、アオバはハンカチを差しだしてくれた。
受けとるより先に、私はアオバに深々と頭を下げる。
「ごめん! 貸してもらったマントを、あんな風に使っちゃって……!」
「そうだね。あのマントがあれば、農園ごとリンゴを買えると思うよ」
アオバはそんな冗談を言って、ぽりぽりとほおをかく。
「うぁあ……私、最悪だし」
頭を抱える。カッコつけてもすぐにあわてて、迷惑かけただけでうまくいかない。
やっぱり、私はキューターリーフみたいなヒーローにはなれないんだ。
「本当、ごめん。私、カッコわる……」
「そんなことない!」
そうさけんだのは、いっしょににげてきた女の子だった。
女の子が興奮気味に続ける。
「ララを助けてくれた! 守ってくれた! だからお姉ちゃんは、ララのヒーロー!」
「……うん。そうだね」
アオバも、私に笑いかけて言ってくる。
「最高にかっこよかったよ、メイ」
「や、やめてよ」
照れかくしにアオバから目をそらす。
それから私は、膝に手を置いて女の子と視線を合わせた。
「ララっていうのは、きみのお名前?」
「うん」
「ララちゃん。お金をはらわないで、お店の商品を勝手に持っていくのは、ダメ。わかった?」
私はもう一度、ララちゃんに注意する。人差し指で小さな鼻をつつくと、ララちゃんはシュンとちぢこまる。
「……ごめんなさい」
「もうしない?」
「絶対、しない」
「だったら、オッケー! さ、それじゃあお父さんとお母さんのところに行こっか!」
ララちゃんが気にしすぎないように、私は精いっぱい明るい声で言った。
でも、ララちゃんはぽろぽろと泣いて、スカートの裾をぎゅっとつかむ。
「ど、どうしたの?」
「パパも、ママも、いない」
ララちゃんはとぎれとぎれの涙声で、私とアオバに言った。
「帝王さまに、連れていかれちゃったの……」
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