謎の映像と女子高生の逃走。

木天蓼愛希

第1話謎の映像。

 国道に青い看板。三四九号線の文字が書いてある。鶴岡市。左に曲がれの矢印も着いている。私の名前は佐藤正人。四十三歳。少々お腹のお肉がたるみ気味でシックス筋肉線が失くなりつつある。若い頃はくっきりとしていて、良く妻にも誉められて、触られたこともあった。が、しかし今はこの有り様だ。年のせいだと言うのは止めておこう。私は毎週こうして、ドライブをしている。趣味と言うかは習慣?!


「キューキューキューキューキューキューキューキューキーキーキーキー」


 蓋の空いたペットボトルが私の太ももを濡らしながら、足下のブレーキの下に潜り込む。私は、


「おい止めろ」


 と、言ったのと同時に右足でペットボトルをけりあげていた。ペットボトルはブレーキから回避出来たが、足下は水でびしゃびしゃになってしまった。ズボンも靴下や何やらぐしゃぐしゃになってしまった。まあ、それはよしとして、焦った。死ぬかと思った。事故をせずに済んで本当に良かった。いや、良くはない。足が冷たい。そして、寒い。早く帰って風呂にでも入りたい。なのに困った事になった。本来左に曲がる筈だった道を曲がれず、通り過ごしてしまったのだ。止む終えず、私は次の曲がり道を左折した。初めての道だ。こんな道があったのか。一つ曲がっただけなので、左折すれば行きたい道に出るのではと思った。それか何処かでUターンする方が確実なのだがなかなかUターンする所が無い。どうしたものか? などと考えながら、私は車を走らせていた。


「クウゥゥウウウン」


 私の相棒が鳴いている。そもそもラベンダーが水を溢した。多少悪かったと言う自覚は有るのか。塩らしくしている様だ。ラベンダーと言うのは私の犬の名前だ。ラブラドール・レトリバー黒メス。元々亡くなった妻が連れて来た犬だ。妻と結婚して直ぐに先に逝かれてしまった。あれから十年経つ。当初は再婚の話も出たが私は妻の事が忘れられず、再婚する事は考えられず今に至る。ラベンダーは子犬の時、妻と一緒に我が家にやって来た。犬と住む為、貸家で暮らしている。ラベンダーは直ぐに主人を失い、私は直ぐに妻を失った。同じ者を失った者同士私らは上手くやっている。もうすぐ11才を迎えるこいつラベンダーは犬の年で言うとお婆ちゃんとなる。だが、まだ元気だ。流石に若い犬とは勢いが違うが私達人間と歩くにはちょうどバランスが取れる。ラベンダーとこうしてドライブをしている訳なのだが、喉を渇かしているラベンダーに早く止まって水をあげたいが少し広めな自動車を止めるスペースがなかなか見つからない。しばらく走らしていると行列に出くわした。二十代から五十代位の年齢の男達が列を連ねて並んでいた。そこに一人女子高校生らしき女性がその中に紛れて順番を待っている。何の行列なのだろうか?

 私はその行列に興味を持った。日本人の習性なのか行列に興味が湧く。私は窪みの様なスペースを見つけ、そこに車を止めた。ラベンダーと共に車から降りた。水と皿を持ち、私はラベンダーとその行列に並んだ。どのくらいの時間がたったのだろうか?

 前の方がざわつき始めた。何やら前方の方でトラブルが起きたらしい。怒鳴っている声が聞こえて来た。そんな中、さっき見た女子高生らしき彼女が逃げる様にこちらの方へと駆けて来た。そして、通り過ぎていく。何かを持っていた。ビデオテープの様な物だろうか?

 それを持ち去ったとでも言うのだろうか?

 男達は怒りながら、帰って言った。私はここで帰ることは出来なかった。男達が帰る方とは真逆に私は進んで行った。ちょっとした山に沢山の足跡がある。ここを男達はよじ登って行ったに違い無い。早速私はそこをよじ登って見る事にした。私の気持ちを察したのか先にラベンダーがよじ登って行く。私も何の躊躇も無く、ラベンダーの後に続いた。上まで登って見ると、そこには人一人通れる位の道があり、その上が岩肌になっていて切り割りになっていた。そこにはちょっとした洞窟になっていて、中には小さな祠が置いてあり、その隣にはビデオデッキが置かれていた。ビデオデッキは固定されており、持ち出せない様になっていた。ビデオデッキの横には百円を入れる文字が書いてあり、百円入れるとビデオの映像が見られるらしい。私は手を突っ込んで調べて見るとビデオテープは入って居なかった。やはり、あの女子高生が持ち逃げしたに違い無い。あの子の映像なのだろうか? だとしても皆んなが楽しみに並んでいる物を勝手に持ち逃げしたら駄目だろう。おそらく金目当てに出してしまった彼女の映像に違い無い。今更後悔しても遅いのだ。金を貰ったのだとしたら、契約は成立してしまうだろうに今更返せと言うのか? ここの主人も金儲けしている金額では無く。ほぼただで提供している様な物だ。自業自得なのだから、諦めるべきでは無いのか? 誰もテープを持ち逃げする客もいないのだから、皆んな良い客じゃないか? こんなに謙虚な客達なのだから十分見る権利がある筈だ。それなのに持ち逃げするなんて酷いよな。ああ見たかった。本音を言えばそんな所か。私はどんな人がこのビデオデッキの持ち主なのか気になった。コードの先を辿って行った。すると、そのコードは山の反対側まで繋がっていた。私はそのコードの繋がった家まで行って見ようと思った。なので、欲望のままその先へと向かった。向かった先へ着くとそこはオンボロの神社の様だった。私はラベンダーと一緒に神社の扉の前へと来て見た。


「御免ください。御免ください」


 私は主人の事を知る為、会って見ようと思った。声を掛けるが返事が無い。留守なのか? それとも聞こえないのか? 私は両扉の扉を横に引き少し扉を開くとまた呼び掛けて見た。


「御免ください。誰もいませんか?」


 それでも返事は無かった。私は好奇心のまま中へ入って見た。部屋の中はもぬけの空の様になっている。ある物といえば、神主さんの衣装が衣紋掛けに掛けられている事。米櫃が一つ置かれている事。後箒塵取りバケツ雑巾がバケツに掛けられて置かれている。呉座。大きな座布団、普通の座布団五枚。長押柱には色取り取りの布地が引っ掛けてあった。どれを取っても古ぼかしい。畳も色はすっかりさめて、傷付き砂埃が付いていた。とてもでは無いが人が住んでいるとは思えない程の状態だった。


 私はこれに諦め、ここを出た。仕方無く元の道を帰って行った。それでも諦めきれなかった私は次の週もあの場所に行った。そこにはやはり、沢山の男達が並んで立っている。そこで私はラベンダーと共に再び並んだ。暫くするとやはり、あの女子高生がテープらしきものを持ち去って行った。当然のように男達は怒りながら、帰って行った。次の週も次の週も私は習慣付いた様に並んでしまった。このままでは毎回同じ事の繰り返しだ。私は少し早めに行って待つ事にした。私はラベンダーと共に列に並んだ。もう既に十二人程も並んで待っていた。私はその後に並んだ。半分程も減るとあの女子高生がやって来た。私はその女子高生が来るのを不満に思っていた。今日こそは見られると思っていた。心とは裏腹にその女子高生はやって来てしまった。

 その女子高生は山の上に攀じ登り、テープを持って降りて来た。順番を守らず、またテープを持ち帰ろうとしているその女子高生に怒りを感じた私はその女子高生の手首を掴み、テープを取り戻そうとした。しかし、女子高生は私の手を振り払い怒鳴った。


「やめて‼︎」


 そして、逃げる様に去って行く。私は女子高生の後を追った。道路を道なりに走って行ったのだ。中年の走りに息が切れる。女子高生はまだ若いせいか走りは安定している。私も若い頃なら簡単に追い付く事が出来ただろう。だが、今は同じ様なスピードで走るのがやっとだ。しかもこの息切れは体が持たないを訴えている。道は途中で二股に分かれていた。それを彼女は右に走って行った。後を追う私も右に向かって走った。すると、辺りは白いもやがかかっている。靄で道の先が見えない。それでも私は諦めずに彼女の後を追った。靄は暫く走ると薄くなっていた。その道を走っていくともはや彼女の姿は見当たらなかった。その道はどんずまりとなっていた。そして、両端には日本家屋の家が建っていた。左右どちらかが女子高生の家なのだろう。よしよし。やっとで女子高生の家を見つけ出したぞ。これでやっとでみんなのテープを取り返す事が出来る。

 私は早速ラベンダーと共にラベンダーの向かう左の家の方へ足を進めた。私は勝手に犬が庭に入ってしまった事にして庭に入った。庭には名の知らぬ花が咲いていて、剪定された植木が植えられており、家の窓は日本家屋の家なので窓は大きい。障子が閉まって居なければ丸見えだ。廊下は丸見えなのだが、特に何も置いて無いので目のやり場に困る事は無い。見ると少し障子が空いている。隙間から覗き込んで見るとそこには盗まれただろうテープが棚の中に並んでいた。やはり、ここだ。女子高生の家に間違い無い。しばらく様子を見ているとお婆さんらしき人が襖の間を通り抜けた。その後を追う様にあの女子高生も通り抜ける。二人で居るのか。何人で暮らしているのだろう。などと考えていると私は我に返った。何をやっているんだ私は恥ずかしい。これではストーカーじゃ無いか。ただ、テープを取り戻そうとしただけだ。私は何をしているんだ。帰ろう。アホらしくなって来た。

 私は帰ろうとして庭から外へと出る。すると、道路にはお巡りさんらしき格好をした三十代位の男性が立ってこちらを見ていた。まずい。何でこんな時におまわりがいる。事情徴収などされたら何て答えりゃあ良いんだ。そんな事を考えているとやはりこちらに寄って来た。


「おはようございます。すみませんが聞きたい事があります。最近この辺で変出者が出たと噂が有りますが何か知っている事は有りますか?」


 お巡りさんに聞かれてしまった。全身が強張ったのを覚えた。唇と手が震え冷や汗をかいた思いだった。このタイミングに待ったが係らない。


「あっ。ええっと、知りませんでした。私は何も見ていません」


 咄嗟に私はそう答えた。


「ああ、そうですか? ではあなたはここで何を?」


 疑う目付きでこちらを伺う。私は目を逸らし、顔を背けた後、誤魔化していた。


「私はこいつラベンダーがこの家に潜り込んでしまったので、迎えに行って来たんですよ」


「ああ、そうですか? わんちゃんがね。まあそう言うこともあるのでしょうね」


 お巡りさんはそう言った。上手く騙せたのだろうか?


「ハイ。お役に立てなくてすみません」


「そうですか。分かりました。ありがとうございます。それでは私はこれで!」


 そう言うと、お巡りさんはその場から離れて行った。私はホットした。ラベンダーが一緒で良かった。そうで無ければ私は確実に疑われていただろう。待てよ。考えてみればおかしな話だ。お巡りさんが巡回している。変出者が出たって、変出者だと、テレビもラジオも新聞にもそんな報道されてなかったぞ! 列に並んでいてもそんな話はまるで無い。何かあれば噂の一つもある筈だ。おかしい事にピンポイントであの家に現れるなんておかし過ぎだろ。奴はお巡りとかしながらもあのテープが目当てでは無いのか? そうに違い無い。お巡りだとして置けば幾らでも対処出来る。お巡りさんの風上にも置けない奴だ。でも、まあ良い。結局はテープを持ち出す事は出来なかったんだからな。奴も同類って訳か。


「もう行くかラベンダー⁈」


「わんわんわんわん」


 ラベンダーは尻尾を振っていた。私はその日、自宅に戻った。

 

 次の日も同じ様に信号機を左に曲がろうとするが何故か曲がる道が無い。


「あれ、可笑しい。道が無い。曲がる道が無いぞ。うっかりして通り過ぎてしまったとでも言うのか?」


 次の日も次の日も私は信号機を左に曲がろうとするもやはり、そこには左に曲がる道は無かった。私は手掛かりが欲しくてその道を調べる事にした。


 


 








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