第6話 変態コスプレイヤー


「チクショウ! 最悪だ! クソが!」と男性教諭の江藤が悪態をつきながら、ちょうど真横にあった柱を蹴飛ばした。



 腹に肉を蓄え、頭頂部は少し肌が見えている。高級ブランド『オールドフォックス』の革靴、腕時計とブランド物を散りばめているが、コートやスーツ、インナーのシャツは量販店の安物だし、チョッキに関してはジジ臭すぎてどこで売っているのかも判別できない代物だった。

 まだ連日0℃に近い気温が続く厳しい寒さの中で、江藤は額に汗の粒をいくつも貼り付けて、怒りに眉を吊り上げていた。



「まぁまぁまぁ。落ち着いてください。江藤先生。いいじゃないですか、まだ一人キープしてるんでしょ? ね」と同じく男性教諭の門野が宥める。細い体の線はマッチ棒のように脆そうで、体だけでなく目も細い。優しく微笑んでいるようにも、悪巧みをしているようにも、どちらとも取れる表情をしていた。


「俺のだったんだ! 金も払ってた! なのに! クソ! もう少しで俺のものだった!」怒り冷めやらぬ、といった様相で江藤が目を血走らせる。



 二人並んで外階段を上がり切ったところだった。

 生徒用の昇降口は1階にある。職員はそれとは別に、外階段から2階に上がり、2階の職員用下駄箱を使っていた。

 いつものように、階段を登ってから90°曲って、開きっぱなしの両開きガラス戸に踏み込む。

 ——が、踏み込んだ足は床を踏み締めることなく、江藤は後ろに倒れた。



 顔だった。

 江藤の視界に飛び込んできたのは——もっとも相手は立っていただけなのだが——異様に整った若い男の顔だった。

 気配もなく無表情で佇むその男子生徒に驚き、「ひぃ」と情けない声を出しながら、江藤は尻餅をついた。



 隣で門野が「江藤先生! 大丈夫ですか!」と江藤を引き起こそうとする。

 江藤が尻をついたまま言った。



「な、な、なんだ貴様は! ここは職員用玄関だぞ!」


「おはようございます、先生。先生方に教えていただきたいことがあって、待ってました」


 ハルがそういうと、門野が代わりに答える。「何を教えてほしいんだね」



 その間に江藤がどっこらしょ、と効果音をつけたくなる鈍い動きで起き上がった。



「西田先生のことです」



 ハルがそう言うと、空気が変わった。

 明らかな警戒の色でハルを見ているのがありありと分かる。



「亡くなった方をあれこれ詮索するのはやめなさい」


「ですが、思い出話もされないようだと西田先生も気の毒です。今からでも、西田先生のこと、少しだけでいいので知りたいんです」



 嘘も方便。

 こう言われては教師という立場上、無碍には扱えない。



「何が聞きたいんだ」



 ハルがニヤリと笑う。



「西田先生は恋人とかはいらっしゃったのですか?」


「……いたらなんだと言うんだ」


「いえね、いたら大変可哀想なことだなと思いまして。あれほど惨たらしく殺されては、残された者は悔やんでも悔やみきれないでしょうね」


「……交際している者がいるとは、聞かないね」と門野が答える。歯切れが悪い返答に少し引っ掛かりを覚えた。


「恋人はいなかったとしても、それによく似た関係の人なんかはどうでしょうね例えば——」



 ハルは早口に一気に捲し立て、2人を——特に江藤を——よく観察しながら続きを口にする。



「——愛人とか」



 普段から強気な者ほど、追い詰められると怯えた瞳を見せる。

 ハルは江藤の中にそれを見た。



「いい加減にしたまえ! 早く教室に戻りなさい!」と門野がハルを叱りつけ、ハルは退散することにした。





 ♦︎





 教室に戻ると、ハルの席に顔が丸い童顔の女性が座っていた。顔が丸いとは言っても、肥満とは程遠く、身体は引き締まっており、キュート系の顔に似合わずアスリートのような肉体をしている。明るいブラウン系統のショートボブは動く際に邪魔にならないように、という職業柄のものだろう。



「僕の席で何してんですか、百地ももちさん」



 新米刑事、百地桃子が学生服を着て、クラスの女子と輪を作り喋くっていた。完全にクラスに馴染んでいる弱冠23歳。



「も〜、似合いすぎてるからってジロジロ見ないでくださいエッチ❤︎」



 百地が自らの胸を抱き身体を捩って宣う。言葉に反して顔はニヤニヤと嬉しそうである。

 ハルはスマホを出して警察に通報した。

 もっともかけたのは110番ではないが。

 テゥルルルと何回かコール音がしてから、繋がる。



「もしもし?」


時雨しぐれ姉さん。うちのクラスに変態コスプレイヤーが出たから逮捕して」挨拶も抜きに訴えた。


「誰が変態コスプレイヤーですか!」と百地が激昂するが無視する。



 時雨は「あははは、違いない!」と爆笑していた。爆笑していないで早く法の裁きを、とハルは願う。


「ハルの方でも調べてんでしょ? 事件について」一通り笑いこけてから、時雨が言う。



 西田殺害から5日が経っていた。今日から学校が再開したが、事件は未だ解決に至っていない。ハルは事件の真犯人について、独自で捜査していたが、未だ手がかりはゼロと言えた。

 時雨は続ける。



「どうせやめろって言っても言うこと聞かないじゃない? キミは。だから、お守りをつけることにしたの。ハルなら事件解決に貢献した実績があるから、上を説得しやすかったよ。特別にオーケーだって」



 いらぬ特別だ、とハルは思う。

 刑事を連れて捜査できるのは確かにハルにとっても都合が良い。だが、アホを連れて捜査するのは勘弁願いたかった。



「百地は確かにアホだけど——」と時雨が言うと、耳ざとく百地が声を拾い、「誰がアホですか!」と喚く。



 時雨は喚くアホに取り合わないで続けた。



「——ボディガードには使えるから」



 こうしてハルはアホのボディガードを仲間に加えて、『黙認』という形で捜査活動を認められた。


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