その国を滅ぼしたのは誰?
蓮
ソレック王国
どの国からも程よく離れた小さな島国であるソレック王国。この国では次期国王は現王の指名制である。現国王のトゥーニスには二卵性双生児の息子がいる。第一王子アルヴィンと第二王子バルテルだ。しかしトゥーニスは次期国王を指名する前に海難事故で亡くなってしまった。その事故では王妃エルケも亡くなっている。よって、現在のソレック王国ではアルヴィンとバルテルのどちらが王位を継ぐかで問題が起こっていた。
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「国王に相応しいのはこの俺に決まっている!」
第一王子アルヴィンは王城自室のソファでふんぞり返っていた。
輝くようなブロンドの髪にタンザナイトのような紫の目の見目麗しい王子。身に纏うものは全て値が張る一級品。常に周囲に複数人の女性を侍らせており、公務などはバルテルに任せきりで毎日自分の派閥の者達を呼びパーティーを開いたり外遊するなど贅沢三昧の生活をしていた。
「アルヴィン殿下程国王に相応しいお方はおりませんわ」
猫撫で声でアルヴィンにすり寄る女性はミア。艶やかな赤毛にサファイアのような青い目の妖艶な美女てある。
「ミア、やっぱりお前もそう思うか」
ミアの言葉に気をよくし、彼女の肩を抱くアルヴィン。彼にとってミアが一番お気に入りの女性だった。
「ええ、地味なバルテル殿下よりもずっと」
悪戯っぽく微笑むミア。何とも妖艶である。
アルヴィンは更に気をよくした。
「お前達も、バルテルより俺の方が国王に相応しいと思うだろう?」
アルヴィンはワインを一口飲み、自身の派閥の貴族達や侍らせている女性達に問う。すると周りのもの達も同調した。
「よし、では今宵も宴を開こうではないか! おい、そこの者! 今すぐワインと豪華な食事を持って来い!」
アルヴィンは近くにいた王城の使用人にそう命じた。
こうして、この日もアルヴィンは贅沢なパーティーを開催している。民の身に何が起きているのかも知らずに。
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一方第二王子バルテルは、アルヴィンとは違い公務をする傍らお忍びで民の様子をよく見に行っていた。
「近年冷夏でソレック王国内どの地域も小麦の収穫量が減っている。このままでは近いうちに餓死者が出てしまいそうだ。国庫にどのくらい小麦があるのかを調べなければ。民達へ分け与える量を計算しよう」
現状に危機感を抱き、対策をしようとしているバルテル。それだけでない。ある時は民が住む家の修繕、ある時は怪我をした者を治療施設まで背負うなど、バルテルは街で困った人を見かけたら必ず手を差し伸べていた。
「ああ、バルテル殿下はお優しく素晴らしいお方だ」
「あのお方こそ、次期国王に相応しい」
「我々はバルテル殿下を応援いたします」
褐色の髪にアンバーの目で、アルヴィンと比べると華はないが、民を思う高潔な王子だった。
アルヴィンとバルテル、周囲がどちらを国王に望んでいるのかは火を見るより明らかであった。
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しばらくすると、アルヴィンの周囲からはどんどん人が減っていき、皆バルテルを国王にしようとしていた。
アルヴィンはそれが気に入らなかった。
「
納得いかないと自室で喚き散らすアルヴィン。そんな時、ミアがすり寄りこんなことを言う。
「アルヴィン殿下、いい方法がございますわ。民の不安につけ込むようなバルテル殿下の悪い噂を流してしまえばいいのでございます」
妖艶に、誘うようにねっとりと微笑むミア。
「不安につけ込むようなバルテルの悪い噂?」
アルヴィンはいまいちピンと来ていないようだ。
「ええ、例えば……アルヴィン様、貴方の側近であるメルヒオール様もバルテル殿下につくおつもりでございますわ……と申し上げたら?」
「何!? 奴がバルテルにつくだと!? そんな馬鹿な!?」
ミアの言葉に気が動転するアルヴィン。
「今のは冗談でございますわ。ですが、アルヴィン殿下は一瞬信じてしまいましたでしょう? それはアルヴィン殿下がバルテル殿下に王座を取られそうで不安になっているからでございます。人は不安になっている時、一種の防衛本能としてネガティブな話や噂を追いがちですわ。そしてそれが自分の身に降りかかりそうなら全力で回避しようとする。近年の冷夏の影響で、現在ソレック王国では小麦などの収穫量が減っております。民達は食糧が尽きてしまわないかと少しずつ不安になってきておりますわ。そこに、『バルテル殿下が国庫の小麦を独占しようとしている』と噂を流せば……」
フッと口角を上げるミア。アルヴィンはハッとタンザナイトの目を見開く。
「そうすれば……いやしかし、そのような噂を皆信じるのか?」
「最初は信じはしないでしょう。ですが、繰り返し同じことを伝えるのです。そうすれば、皆が信じそれが本当のことになるでしょう。アルヴィン殿下が喉から手が出る程欲している国王の座も手に入りますわ。私は、アルヴィン殿下が国王として即位なさるのを楽しみにしておりますのよ」
ミアの妖艶なサファイアの目は、アルヴィンのタンザナイトの目を見つめていた。ミアの言葉はアルヴィンの心の隙間からゆっくりと染み込む。
「そう……か」
アルヴィンはニヤリと口角を上げる。
「ミアは美しいだけでなく頭もいいのだな。流石俺が気に入った女だ。俺が国王になった暁には、お前にとびきりの贅沢をさせてやろう」
「嬉しいですわ」
ミアは妖しく微笑んだ。
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それから、アルヴィンは「バルテルが国庫の小麦を独占しようとしている」という噂をまずは王城内に流し始めた。最初はやはり誰も信じなかったが、繰り返し何度も言っているうちにアルヴィンの言葉を信じてしまう者が出て来た。
「そう言えば最近バルテル殿下はよく国庫に行くようになった」
「ああ、それは私も見ました」
「先日バルテル殿下が国庫の小麦の量を確認していましたが……もしかすると……」
「では、やはりアルヴィン殿下が言っていたことは本当に……」
王城の貴族も小麦の収穫量が減っていることは知っており、薄々と不安を抱いていた。そしてそこに今回の噂である。バルテルへの不信感はあっという間に広まった。
噂は民達にも広がる。民達も初めは全く信じなかったのだが、やはり繰り返し伝えるうちに貴族達と同じように信じてしまう者が出て来る。そしてそのうち、バルテルが民の家を修繕した話は、民の家を壊したということに、バルテルが怪我人を治療施設まで背負った話は、バルテルが民に怪我をさせたという話にすり替わっていた。そして噂に尾ひれが付き、ついにはバルテルは人殺しだと言われるようになっていた。
(参ったな……。でも、人の噂も七十五日。噂が落ち着くまで僕は大人しくするか)
バルテルは現状に苦笑し、噂が収束するまで王城の自室で大人しくしようとした。しかし、その矢先にバルテルは彼に不信感を抱いていた貴族に暗殺されてしまった。
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こうして、ついにアルヴィンは国王の座を手に入れた。しかしアルヴィンは民のことなどそっちのけで、毎日高いワインや豪勢な料理を食べ、贅沢三昧の生活であった。その頃にはアルヴィンの隣にミアの姿はなかった。
アルヴィンの贅沢三昧の生活には当然お金がかかる。当然のように民達に重税を課すアルヴィン。
ソレック王国の民達の間では、アルヴィンに対する不満が溜まっていた。そしてついにそれが爆発する。ソレック王国で革命が起こったのだ。その革命により、アルヴィンだけでなく国内の貴族全員が民達に殺された。
『アルヴィンを殺せ! 王族貴族は皆敵だ!』
民達は皆その思想に支配されていたのだ。
しかし、国王だけでなく国を動かす貴族達上層部も軒並み殺されたせいで、ソレック王国は大混乱に陥った。民同士での内乱も各地で勃発。そんな時、外部から援助部隊が派遣された。ナルフェック王国の騎士団である。各勢力が疲弊していた時なので、ナルフェックの援助部隊は大変歓迎された。ナルフェック王国の騎士団による食糧分配や治安維持のお陰で、ソレック王国の混乱は収束した。そしてそれに感謝する民達。ソレック王国はもう国を治める力のある者がいなかったので、大多数の者達がナルフェック王国への編入を望んだ。
こうして、かつて栄えたソレック王国は滅び、ナルフェック王国に編入。ナルフェックの王家直轄領ソレック島となったのだ。それにより、元ソレック王国の民達の生活も落ち着き、今では希少金属の採掘と観光が盛んな島になった。
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