8 長女と一人っ子

第42話


「秋田さん?」

「あ、もしもし鮎原君」

「どうしたの? こんな時間に」

 彼女はまたベランダにでもいるのかガサガサと風の音がスマホ越しに聞こえる。きっと兄弟たちが寝ているのだろう、少し小声だ。

「ううん、特にこれって用事はなかったんだけどね、モカちょっと心配になって」

「そっか、心配? 俺のこと?」

「うん。あのね、今日放課後に顧問の先生を呼びに職員室に行ったらさ……。ほら後藤先生が電話しているの聞こえちゃって」

 なるほど。俺は大体の要件を察してしまった。

「大丈夫、ちょっと親には怒られたし反省したからさ」

「そっか。よかった。なんか後藤先生が『母子家庭とはかかわるな』みたいなこと言ってるの聞こえちゃって……ほんとひどいよね。ニャコちゃんのことひどくいうなんてさ」

 珍しく怒った声色で秋田さんは言った。

「それはうちの親も怒ってたよ。とんでもない先生もいるもんだねって。そういえば、秋田さん。あの時、黒谷さんと俺を庇ってくれたよな。ありがとう」

 そう、俺と黒谷さんが後藤と言い争いになっていた時、秋田さんが救いの手を差し伸べてくれたのだ。

「ううん、でももうサボっちゃだめだよ?」

「はーい、すんません」

「えへへ、ウソウソ」

 秋田さんは進学や就職のために努力を重ねている人だ。だからこそ、俺や黒谷さんのためにあんな嘘を教師相手に吐いたことに正直驚いていた。あぁいう場面での1番の正解は「関わらないこと」なのだから。

 秋田さんほど頭が良い子ならそのくらいわかっていただろう。けれど、彼女は……。

「秋田さん、どうして助けてくれたんだ?」

「えへへ〜。やっぱ変だよね。モカ、嘘つく理由なかったんだし」

「うん。すごくありがたかったし、あれで俺も黒谷さんも救われたけどもしも後藤が変な動きしたら秋田さんまで巻き込まれることになったろ?」

「うん。授業が止まってるのも嫌だったんだけどね、実はね」

 しばらく黙ってから秋田さんはゆっくりと話してくれた。

「モカの今のお父さんはモカの本当のお父さんじゃないんだ」

「そう……なんだ」

「ごめん、変な空気になっちゃうよねぇ。でもね、仲良しだよ? だから安心して聞いてほしいんだけどね。モカの本当のお父さんはモカが幼稚園の時に死んじゃったの。それで、今のお父さんとママが再婚するまでママが1人でモカを育ててくれたんだよね」

「そうだったんだ」

「だからね、ニャコちゃんとお話ししててシングルマザーだって聞いた時、なんだか共感しちゃって。だからニャコちゃんがあんなふうに言われてるの耐えられなかったんだよねぇ」

「まぁ、サボってる俺らが悪いっちゃ悪いんだけどね」

「えへへ、そうだねぇ。でも、後藤先生はやりすぎだよ。鮎原君のいうようにきっとニャコちゃんを外見とかで判断して吊し上げてたんだし。その後の電話のこととか聞いてもなんかね〜」

 秋田さんは明るい感じだが、俺は彼女の生い立ちを知って少しだけ複雑な気持ちになった。彼女は「幼い弟や妹たちのために頑張る」と毎日努力をしているが、そこになにか悲しさのようなものを俺は想像してしまったのだ。

「でも、ありがとう」

「いいよ〜。そうだ、じゃあ一個聞いてもいい?」

「いいけど、何?」


「鮎原君ってさ、ニャコちゃんとお付き合いしてるの?」


 秋田さんの声色はどこか震えていて、なんだかドラマでよく見る告白のシーンみたいだった。スマホ越しなのに彼女の緊張が伝わってくる。

  どうしてだろう? ただ、聞かれているだけだというのに。


「ううん、付き合ってないよ」

「そそそ、そっか! そうなんだ」

「よくそう聞かれるけど、違うよ。もちろん、黒谷さんはめっちゃ可愛いし付き合えたらどんな男子でも嬉しいだろうけど」

「そうだよね! ニャコちゃん可愛いもんね!」

「でも、どうして?」

「そ、それは……ほ、ほらっ。今日、鮎原君があんなふうにニャコちゃん守ってるのみてお付き合いしてるのかな〜って気になったの。だって、そのすごくカッコよかったから」


——カッコよかった?


「え?」

「だから、モカね。鮎原君のこと格好いいなって思ったの。あんなふうにみんなの前で女の子を守ってあげられるのってすごいもん」

「あはは、なんか恥ずかしいな」

「モカも恥ずかしいかも……。そろそろ寝ないとだっ。じゃあ来週また学校でね!」

「お、おう。おやすみ」

「おやすみぃ」


 通話が終わると、俺は不思議と心臓が高鳴っていた。黒谷さんと付き合っているかどうか聞かれたことに? それとも「格好いい」と褒められたことに?

 黒谷さんといい秋田さんといい、同じ年の女の子が何を考えているのかさっぱりわからない。

 俺にとってこんな気分になるのは生まれて初めてだった。

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