第39話
ケージの刑になったソラくんはケージの中のクッションに丸くなってふて寝をしていた。と言っても、普段開けっぱなしになっている扉を閉めているだけで水場もトイレもあるので問題ないらしい。
「おかわりもたくさんあるからね」
「あざっす!」
「食べ盛りの男の子がいると作りがいがあるわぁ」
美香さんはチラリと黒谷さんの方を見る。
「だって〜、ダイエットとかそういうのしたいし」
学校では割と「そういうの興味ない」的な雰囲気を出している彼女だが、やっぱり家では普通の女の子のようだ。
「黒谷さんってダイエットとかするんだ?」
「そりゃ、学校では『してない』っていう方がなんか格好いいからそう言ってるけど、やっぱり家では節制してるよ?」
「今日、にくまん食ってたけどな」
「あっ……」
思い出したのか、恥ずかしそうに目を逸らすと「それは別腹じゃん」と口を尖らせる。美香さんが「ふふっ」と吹き出すと、俺も自然と笑顔になって、黒谷さんも表情を崩して笑った。
「2人とも本当に仲良しね、なんかだ安心したわ」
お好み焼きをそれぞれ2枚ずつ食べて、満腹になった俺たちはキッチンで片付けの手伝いをしていた。俺が洗い場担当で黒谷さんが食器を拭くのを担当。美香さんは「やらなくていいよ」と言ってくれていたが、やはり食って飲んでそのままというのは気がひけるのである。
こういうところで、母さんに命じられる強制的なお手伝いが役に立つなんてな。ふとキッチンから見えるリビングをみると、ケージの刑から解放されたソラくんがキャットタワーの一番上からこちらをじっと伺っている。どうやら、鰹節やイカのおこぼれが
「ほい」
「ありがと」
グラスを水切りカゴに乗せる。洗い物をするときは汚れの少ない順。スポンジの泡を汚れないように効率よく使うのがコツなのだ。
「助かるわぁ」
「いえ、美味しいご飯あんなに食わせてもらって……他にも何か手伝えることがあればやります」
普段なら面倒臭いことを自分から提案しないが、今は別だ。やっぱり、黒谷さんに「頼りになる」とかそういうふうに思われたい。あわよくば、俺と一緒にいたら楽しいとか頼れるとかそんな男子になりたいのだ。
「あっ、ママ。電球変えてもらう?」
「こらニコ。脚立が届いたら自分でやればいいでしょ」
「え〜、高いところ怖いんだもん」
「黒谷さん、高いところ苦手なの?」
実に意外である。猫系女子……猫といえば高いところが好きなイメージだ。キャットタワーや戸棚、冷蔵庫の上などによく登っているのをTVなどの動画みるし……。
黒谷さんもてっきり見晴らしの良いところがすきだろうな、なんて勝手に思っていた。
「うん、小さい頃からあんまり好きじゃないかも。滑り台がギリ」
「それは結構ギリだな……屋上とかは?」
「ムリムリムリ!」
「うちの学校、屋上閉鎖されてるからさ残念に思ってるのかと」
彼女はある程度水の切れた食器を拭きつつ食器棚に片付けていく。
「マンションだって本当は低層がよかったのにさ〜、防犯からってママが9階選んだんだよ」
「そうなんだ。じゃあ、廊下とか歩くの怖くないか?」
「めっちゃ怖い、目に入れないようにしてる」
「高所恐怖症か……俺はあんまりそういうのないかも」
ホットプレートの粗熱が取れたので洗える部分を分解してシンクに入れる。給湯器のスイッチを入れて暖かいお湯でゆっくり油汚れを落としていく。
「恐怖症系ってなんでもいえるらしいよ?」
「え? どういうことだよ?」
「だから〜、猫恐怖症とか暗所恐怖症〜とか。その人が怖いって感じるもの的な? 基本的には過去のトラウマとかが原因らしいよ」
「黒谷さん、高いところにトラウマが?」
彼女は「え〜」と考え込んだ。
「ニコは覚えてないでしょうけど、赤ちゃんの時、ファミレスの赤ちゃん用の椅子から落ちそうになったとことがあるのよ。それかしら……」
黒谷さんは「覚えないけどそれかも?」とおどけて見せた。潜在的に恐怖が埋め込まれるのか?
「あ〜、じゃあ俺は……」
——人間関係恐怖症……とか?
口には出さなかったか、俺自身が幼稚園の時から同級生を心の中で馬鹿にして線引きをして関わらないようにしてきたのはこれが原因なんじゃないか?
思い出せないけど、何かお友達同士のトラブルを見たとかあったとかで。
「ないな」
「え〜、そうなの? 空君最強じゃん」
「ははは、これから何かの恐怖症になるかもな〜」
「なにそれ、あっ。ありがと。拭いちゃうね」
「重いから気をつけて」
「はいはーい」
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