5 黒谷さんと膝枕

第24話


「バイト……かぁ」

 結局、俺は色々とあってバイトをまだ決めてはいない。免許を取ってから新聞配達が濃厚であるが、それもまたいつになることやら。

「接客なしってなるとやっぱり狭まるよねぇ」

「そうだな」

「でも、お小遣いないとしんどいよ〜。メイク道具とか買いたいし」

「黒谷さんって親から小遣い貰わないタイプ?」


 俺たちは絶賛サボり中である。

 茶室の中は相変わらず静かで落ち着く香りが漂い、畳の上に胡座をかくだけで家の中にいるような安心感に包まれる。

「うちのママあぁ見えて結構厳しいんだよね〜」

「意外、すげー優しいイメージ」

「でしょ? でもシンママだし厳しいよ」

 シンママというのは「シングルマザー」の略称だ。

「俺はシンママじゃないけど、めっちゃ厳しいけどな。お小遣いは月2000円」

「おばさんさすがだなぁ……うちは欲しい時におねだりするんだけどあんまり許可は降りないかも」

「あ〜、そのタイプね」

「だから勝手に貯金もできないし、結構不便かも?」

「それでバイトしてたのか」

「うん、やっぱ新作のコスメとか欲しいし? 服とかもいい感じの欲しいしね〜」

 黒谷さんがごろんと寝転がった。男子の前でなんとも無防備な。

 投げ出された長い足とくるぶし丈のソックスは思春期男子の俺を触発するには十分だ。

「けど、なかなか接客以外だとむずくね?」

「だよね〜、夕方に出勤できて良い感じのバイトとかないかなぁ」

「工場とかテレアポとかは基本フルタイムだしな。飲食店の厨房系かポスティング、清掃員とか?」 

 黒谷さんは「うーん」と苦い表情をする。

「やっぱ、ニコニコできるような方が好きかもなんだよねぇ」

「じゃ、客層が良さそうなとこか」

「客層?」

「ほら、馬鹿な客が来ないようなところ。高級スーパーとかお高めの焼肉屋とか」

 客層も安かろう悪かろうという記事をネットで見た受け売りであるが、正直納得できるものだった。

 数百円でも入店できるファストフードよりも最低5000円かかるレストランだったらどっちが悪い客が集まるかというのは一目瞭然だろう。

 けれど、この前のような「女や店員には強く出る奴」は高級店だろうが激安店だろうが出てくるからなぁ……。

「私としては、空君が一緒に働いてくれたらいいんだけどなぁ」

「そりゃなかなかなぁ」

 黒谷さんの提案は相変わらずデリバリーピザである。確かに、ピザを焼く内勤は接客はほとんどないから安全だし。時給もそこそこ良い。

「空君はさ、社会人になりたいなら少しは接客した方がいいかも? ほら、人見知りじゃんね?」

「確かに……、社会に出るってなるとやっぱりコミュ力は必要だよなぁ」

「そうそう、だからピザ屋さんで一緒に働こうよ〜」

「まぁ、ピザ屋でやってみても良いかも。俺は嫌だと思ったら辞めるけど、俺がやめても黒谷さんが内勤なら変な客に会わなくて安心だろうし」

「確かに……空君って誕生日いつだったっけ?」

「実は……もうすぐなんだよね。6月」

「じゃあ、私が先にピザ屋さんの面接受けるから免許とったら、私が紹介してあげる」

「紹介?」

「うん、お友達紹介的なので優先してバイトの面接受けれるのがあるんだよね。コンビニの時もあったよ〜」

 黒谷さんはスマホで何やら検索すると、ニコニコしながらタップをする。多分、その辺のピザ屋の求人を探しているんだろう。うちの最寄りから少し離れた場所にも1軒あったはずだ。

「今度さ、ウチでピザ食べようよ。自分達が働くピザ屋さんの味なんだし? それに、なんか話してたらピザ食べたくなっちゃった」

「ははは、黒谷さんって意外に食いしん坊キャラかよ」

「普段はダイエットのために我慢してるの〜。女子は意外と大変なんだからね」

「はいはい、そうですか」

 彼女から少し離れた場所に座布団を敷いて俺も横になった。茶室の天井と障子からかすかに溢れる日の光、暖かい気温にすぐにでも眠気が襲ってきそうだ。

「このサボりスポット、最高だよな」

「でしょ〜? 私の人脈のおかげよ。感謝してよね」

「ありがとうございます、まじで」

 全くコミュ力のない俺とは違って、彼女は年齢や性別関係なくいろんな人に好かれている。だからこそ、こういうサボりスポットもサクッと手に入れてしまうわけで……。

 彼女のいうように俺こそ社会に出たいなら接客でもしてコミュ力を磨くべきなのかもしれない。

「けど、私がいないと空君ここは入れないから不便でしょ」

「まぁ、それはそうだけど……」

「実はさ、もう一個あるんだよねぇ。誰にも干渉されない最高のサボりスポットが」

「まじ?」

「おおまじ、教えてあげよっか」

「お願いします」

 俺は起き上がって正座の体制でぺこりと頭を下げた。

「じゃあ、次の休みにピザ。約束してくれるなら良いよ?」

「約束します、しかも俺の奢りで!」

「よーしっ。じゃあ早速次のサボり授業は……」

 俺たちは直近でサボれそうな授業を探す。最近サボったばかりの数学Aは避けて今週小テストのある英語も避けたい。

「国語だな」

「国語だね」

 俺たちのサボりお箱「国語総合」だ。国語総合は週末の授業に小テストがあるもののそれ以外はあまり出席してもしかたがない。後藤は勝手にしゃべっているだけだし特に提出物などもない。

 何より、黒谷さんから後藤の裏の顔を聞いてからなんとなくあいつのことを好きになれないのだ。


「じゃあ、明日の国語の時間。そうだな、校舎裏に集合ね!」

「校舎裏?」

「うん、上履きは脱いでおいてね」

「ってことは雨天中止?」

「あ、そうだねぇ。一応天気もみておこうか」

 彼女はスマホをタップして天気を調べ、それからにっこりと微笑んだ。

「晴れ、絶対に空君も気に入る場所だよ!」

「楽しみにしとくわ」

 もう一度俺は体を横にして腕を投げ出した。

「寝る?」

「うん、チャイムなったら起こして」

「私も起きたらね」

 うとうとと目を閉じるとすぐに眠気がやってくる。黒谷さんがこちらをみているような気もするけど、今は眠気が優先だ。

 ガクイチギャルと添い寝なんてとんでもない状況なのに、眠気を優先するなんてクラスの男子たちが知れば羨ましがるだろうな。



「おやすみ、空君」


「おや……すみ」



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