第1部 

1 冷めてる男と猫系ギャル

第1話 


 俺は、昔から同級生がガキに見えて仕方がなかった。幼稚で頭の悪い行動をする同級生たちを「バカだなぁ」なんて思いながら遠巻きに眺めている。

 幼い頃から皆と一緒になって戦いごっこをするのもバカらしかったし、親に連れて行かれたヒーローショーもどこか冷めた目で見ていたのを覚えている。

 小学校低学年くらいまでは「おとなしい子」だと言われていたが、年を重ねるにつれて「ひねくれた子」だとか「万年反抗期」だとか言われるようになったっけ。

 まぁそんなことはどうでもいいのだけど。


鮎原あゆはらくん、だよね?」


 教室で席についた俺に話しかけてくれたのは後ろの席の……えっと誰だっけ。入学してまだ数日。顔も名前も知らない人の方が圧倒的に多い。高校生にもなればもう少し精神年齢が高い人たちがいるかと思ったら期待はずれだった。入学式で黙ることもできない女子、初日から女子のパンツを見ただのなんだの騒ぐ猿ども……。入学して早々、俺はこの学校を辞めることを決意した。幸い、高校は義務教育ではないし働きながら高卒認定を取れば親も文句は言わないだろう。


「あ〜、うん。おはよう」


 俺の素っ気ない返事に「おはよう」と彼は返してくれた。けれど、俺はそのまま自分の席について、イヤホンを取り出すと耳に装着した。装着するだけで音楽はかけない。ただ、話しかけてほしくないためにつけているのだ。

 友達なんて作ってもくだらない会話に巻き込まれるだけだし、1人の方がまし。それに、すぐに学校を辞める予定の俺なんかと友達になる相手も可哀想だろう。


 ため息をついて、時間を確認すると時計は8時25分を指していた。朝のHRが始まるまであと15分ほど。明日からはもう少しギリギリにこよう。こうして待っている時間は無駄なんだし。



「ねぇ、2年の灰原先輩みた? 有名大学からもうスカウト来てるんだって。ガクイチでかっこよくてサッカーのエースストライカー。あとで2年の階行かない?」

「なぁ〜、うちの制服全然可愛くなくて萌えないよな〜」

「ってか俺、モテたいしサッカー部入ろうかな? 黒谷くろたにさんサッカー好きらしいよ」

「髪の毛染めたのバレないかな? ピアスちゃんと隠れてる?」

他中ほかちゅうの子と話した? クラスのカーストもそろそろ決まる頃だよねぇ」



 同級生たちのくだらない会話には心底うんざりだ。2年の教室にかっこいい先輩を見に行って仮に付き合えたとしてもどっちか1人だろうし、制服が可愛くないのなんて入学前からわかっていたはずだ。

 サッカー部に入ってもモテない奴はモテないし、先生は髪の色なんかすぐに気がつくだろう。

 そしてスクールカーストなんて馬鹿げたガキの非常に嫌な風習だ。


——だから、学校が嫌いだ。


 チャイムがなるちょっと前に担任教師の牧田が教室に入ってくる。牧田はピシッとした感じの中年女性で家庭科を担当する教師だが、生徒たちからはその厳しそうな見た目ゆえ「はずれ枠」と囁かれている。彼女が教壇に登ると同時に俺は両耳のイヤホンを外してポケットに突っ込んだ。


「出席を取ります。相田、赤井、秋田、鮎原」


「はい」


 消えいるような小さな声で返事をして、黒板横の壁に貼られた時間表を見る。今日は各授業のオリエンテーションだったか。なんで授業割りが決まっているのにオリエンテーションがいるんだ? この学校の偏差値は極々普通で頭の悪すぎる生徒も良すぎる生徒もいないはずだけど。


黒谷くろたにさんはまた遅刻かしら。誰か知ってる人」


 牧田先生の視線はクラスの派手な女の子数人に向けられる。なぜなら黒谷ニコはいわゆる「カーストトップ」に所属するような女の子で、入学早々かなり目立っている部類である。

 

「あ、寝坊だって」


 名前の知らない派手な女の子が答えると牧田先生は「全く、まだ入学して1週間も経ってないんですよ」と愚痴をこぼした。彼女は再び出席を取るために生徒たちの名前を呼びはじめたが、教室は「黒谷ニコ」の名前が出たことでざわざわしたままだった。


「ニャコはほんと猫ちゃんだよねぇ」

「居眠りしてるとこ本当に美人でかわいいんだぜ、俺の席からだとよく見えんだよな」

「黒髪ギャル、猫目、黒谷さんってM男の全部を知ってるよなぁ」

「ちょっと男子キモいんですけど〜」

「いいだろ〜、お前らもガクイチを見習えよ」

「うっざ」


 なんて彼女の話題が嫌でも耳に入る。ガクイチってのはこの辺では「学年で一番かわいい女子またはかっこいい男子」を指す言葉である。中学くらいから使い始めるこの「ガクイチ」システムは俺のような人間にとってはなんの関係もないものだけどな。


「今日は黒谷さんだけがいないわね。では先生からの連絡事項は1点。本日のお昼休み後に学年集会があります。お昼休みが終わる5分前には全員体育館に整列しておくこと。持ち物は特にいらないけど貴重品は持ってきておいてね」


 入学式の資料によればこの学年集会では1年生に向けて部活動の説明が行われるとのことだ。入学式以来の全体集会に他生徒たちはざわついていた。牧田先生は少しだけ生徒たちを見渡してからビシッと声をあげる。


「では、日直の秋田さん。号令を」


 俺の前に座っていた小柄な女の子が「ひゃいっ」と変な声で返事をした後に号令をかけた。起立の声に合わせて一斉に全員が立ち上がりギィギィと椅子を弾く音が響く。


「礼、着席」


 起立の時とは違ってそれぞれのタイミングで生徒たちが席についたり、そのまま友達の席に移動したりする。牧田先生は礼のあと急足で教室を出ていった。新学期、担任教師も忙しいんだろうな。子供数十人の相手をするんだ、見上げたもんだぜ。


(あれ、ってか明日俺日直かよ)


 日直は出席番号順、今日が前の席の秋田さんなら明日は俺の順番である。俺はちらりと遅刻をしている黒谷ニコの席に目をやった。


(明日は俺も遅刻しようかな)


 なんて、俺は思いながら新品の教科書をバッグから取り出して授業の準備を始めた。




 


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