第8話 幻
リリアーナは自分が入れられている独房の中をぐるりと見やった。
貴族を収容する場所だけあって内装は豪奢な造りになっている。
家具やカーペットなども貴族が使用するに相応しい品質のものばかりだ。
ただ一点だけこの作りにそぐわないものをあげるならば、扉には鉄格子がはめられ、扉にはドアノブが付いていない事だ。
つまりこの扉は外からしか開けられないようになっていた。
(…これはきっと悪い夢だわ…)
(次に目を開けたら違う世界が広がっているはず…)
目を閉じたリリアーナの耳に微かに赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。
「嫌だわ、なんで赤ん坊なんかいるのよ」
そう呟いたリリアーナがゆっくりと目を開けると、そこは先程とは別の場所だった。
そこはかつてリリアーナがランベールを出産した部屋だった。
「…何故、こんな所にいるの?」
その質問に答える者は誰もおらず、ただ遠くで赤ん坊の泣き声が聞こえるばかりだった。
その赤ん坊の泣き声があの日の事をまざまざとリリアーナに思い出させる。
リリアーナが王子を出産したという知らせを受けて国王がリリアーナの元にやってきた。
生まれたばかりの赤ん坊と一緒にベッドに横たわるリリアーナに国王は笑いかけた。
「リリアーナ、良くやった。礼を言うぞ」
側妃として王宮に上がって初めて国王の心からの笑顔を見た。
その笑顔を見た途端、今までの国王の不誠実な態度もすべて水に流せる気がした。
ようやく国王もリリアーナ自身に向き合ってくれるのだと喜んでいた。
だが、現実は違った。
生まれたばかりの王子に「ランベール」という名前を付けて、国王がランベールを抱き上げようとした時だった。
まるでタイミングを測ったかのように正妃の侍女からの伝達が届いた。
「正妃様がご出産されました」
それを聞くやいなや、国王はランベールに伸ばしていた手を引っ込めて、そそくさとその侍女と一緒に部屋を出て行ってしまった。
後に残されたリリアーナの叫び声すら届かなかった。
リリアーナの泣き声に呼応するようにランベールも激しく泣き出した。
「うるさい! 誰か、この子を向こうへ連れて行って! もう顔も見たくないわ!」
侍女達がとりなそうとしてもリリアーナは聞く耳を持たなかった。
それどころか、泣いているランベールの口を手で塞ごうとしたので慌てて侍女がランベールを部屋から連れ出したのだ。
その日以来、リリアーナはランベールの面倒をすべて侍女や乳母に任せきりになった。
そんな昔の事を思い出しているうちに、いつの間にか赤ん坊の泣き声が聞こえなくなった。
部屋も気が付けば先程の場所に戻っている。
「…嫌だわ。疲れているのかしら…」
そう呟くと誰かが近付いてくる足音が聞こえた。
鉄格子の嵌った扉が開く音がしなかったので不思議に思っていると足音はリリアーナの側で止まった。
リリアーナが顔を上げると、その人物はニコリと笑いかけてくる。
「…陛下?」
国王は優しく微笑んだまま、リリアーナに手を差し出してきた。
リリアーナが恐る恐るその手に自分の手を重ねると、国王はゆっくりとリリアーナを立ち上がらせた。
リリアーナが立ち上がると国王はリリアーナの体を抱きしめてきた。
突然の事に驚いていたリリアーナだったが、国王が自分を抱きしめていると認識したリリアーナはゆっくりと国王の背に自分の腕を回す。
「…ああ、陛下。…こうして抱きしめてもらえる日をどれほど待ちわびたことでしょう…」
側妃となったあの時も、せめて一言優しい言葉をかけてもらいたかった。
(わたくしはずっとこのぬくもりが欲しかったの…)
涙を流しながら国王を抱きしめるリリアーナの耳に、小さな囁きが届いた。
「…許してください」
…え?
何を言われたのか理解するより先に、リリアーナの下腹部が熱を持ったように熱くなった。
ぱっと体をよじって国王の顔を見ると、そこにいたのはリリアーナと同じ赤い髪をした人物だった。
「…ランベール?」
その後の言葉を続けるより先に、今度はリリアーナの胸にナイフの切っ先が吸い込まれる。
何が起こったか理解するよりも先にリリアーナの意識が途切れた。
(ねえ、アロイス。わたくしが夢見たものは…)
ー完ー
夢見たものは… 伽羅 @kyaranoa
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