04:連続自殺の怪

 私立M女学院高等部は、開校から百年近い歴史を誇る関東屈指の名門校だ。何人もの著名人を輩出している乙女の園でいったいなにが起きたのか。

 今年の四月。一人の女生徒が自宅で首を吊ったのを皮切りに、たった三ヶ月のあいだに三人もの女生徒が謎の自死を遂げている。

 インタビューに応じてくれた同級生の話では、学内にいじめなどはまったくなく、彼女たちが自殺を選んだ理由も、皆目わからないという――。



「くだらねぇ」


 女性週刊誌を一読した行平は、うんざりとそう吐き捨てた。まったくもってくだらない。不可思議だとか呪いだとか、そういった着地点に誘導しようとしているところが最高に最悪だ。

 ぶつぶつと文句を言いながら、古新聞とひとまとめにして紙ひもで縛る。あとは廃品回収に出せば、それで良し。

 昨夜ふらりとコンビニに行った際、酒と一緒に買ってしまったことがいけなかったのだ。まぁ、ただの興味本位だったので、どう書かれていようとも構いはしないのだが。

 

 ――それにしても、女子高生が三ヶ月で三人ねぇ。


 自殺は連鎖するとは言うが、お嬢様学校としては大問題だろう。

 まとめた古紙を小脇に抱え、使い慣れたモップとバケツを手に自室を出る。管理人業務の中でもビルの清掃は好きな仕事だ。掴みどころのない変人の相手より、無機物をきれいにする作業のほうが、よほど建設的である。

 事務所を貸し出すついでに管理人業務を押しつけた大家は、「住んでいるのは、化け物じみた変人だけだ」と笑っていたが。実際に住んでみると、住人たちの変人度合いは、行平の想像の斜め上をいっていた。

 自身の安請け合いを悔やんだものの、後の祭りである。


 ……ま、でも、寝る場所があって、仕事があるんだ。ありがたい話だよな。


 住人も大家も似非臭いが。半年前の荒んだ生活を思えば、そう評せざるを得ない。


「あれ。滝川さん。とうとう清掃員に転職したの」

「管理人の仕事のうちだ」

「またまたぁ。やぁっと飛び込んできた依頼があるんだから、そっちを優先したらいいのに」


 気配もなく現れた変人筆頭に、行平は階段を擦っていたモップの動きを止めた。通るなら通れである。

 昨日と同じ法衣姿の呪殺屋は、無言の圧力にも屈さず、満面の笑みを浮かべている。


「それで? どうするの?」


 いったいなにが楽しいのか。呪殺屋は階段の手すりに肘をかけたまま、行平をにこにこと見下ろしていた。


「滝川さんが女子高前でひとりで人待ちする勇気がないなら、付き合ってあげてもいいけど」

「あのな」


 このまま放っておいたら、勝手にどこまでも話を進めていきかねない。


「昨日も言ったが、あれは俺の客じゃない。そもそもとして依頼も受けてないし、追い返したのはおまえだろうが」

「えー、そういうこと言うの、滝川さん。俺、ちゃんと逃した代わりにお手伝いしてあげるって言ったのに」


 悲しそうに眉を下げた呪殺屋を無視して、行平は掃除を再開した。その顔に騙されるには、中身を知りすぎている。


「それにどうせ、滝川さんは、あのあとで調べたんじゃないの」


 確信に満ちた揶揄に、モップの先が不本意な方向にずるりと滑った。小さく行平の肩が跳ねる。


「時間に無駄に正確なあんたの朝の清掃が、いつもより十分始まるのが遅かった」

「ただの寝坊だ。寝坊」

「へぇ。じゃあ、その古紙の隙間から見えてる週刊誌はなぁに? それも、いつも二ヶ月分まとめて回収に出してるくせに、今回は一ヶ月でまとめてるじゃない」

「ストーカーか、おまえは!」


 たまらず叫んだ行平に、呪殺屋は例のチェシャ猫じみた笑みを浮かべた。


「ううん。滝川さんが好きなだけ」

「ストーカーじゃねぇか!」


 怪しげ極まりない呪殺屋に好きだと言われたところで、小指の先ほども嬉しくない。


「べつにそんなに必死に隠さなくてもいいのに。滝川さんのお客さんなんだから」

「呪殺屋」

「なぁに、滝川さん」

「なんでおまえは、俺の客だって強調したがるんだ?」


 行平の疑念に、呪殺屋は軽く眉を上げて応えた。


「あんたの矛盾だらけの葛藤で、百発百中の見沢の予言を台無しにされたくないからね」


 百発百中ときたか。似非臭いことこの上ない情報に、行平はむっつりと黙り込んだ。


「それに」


 顔を上げなくとも呪殺屋が笑ったことがわかった。


「元・警官の正義感の強すぎる探偵さんは、世の不幸を無下にできない」


 昨日の雨のせいで、階段には黒い足跡が点々と残っている。こそぎ落としながら、あの少女のものだろうなと行平は考えていた。張りつめたアーモンド形の瞳が脳裏に浮かんで、溜息をひとつ呑み込んだ。

 明かり取りの窓からは、眩いばかりの日光が差し込んでいる。昨日とは大違いの晴天だった。それでも夕闇が近づくころには、また雨になるのかもしれない。夏の天気は変わりやすく、読みにくい。この、呪殺屋のように。

 おまえは俺のなにを知っているのか。嘯く代わりに行平は問いかけた。


「なぁ、呪殺屋」


 呪いという非科学をどう取り扱うべきなのか、行平は知らない。

 けれど、たしかに昨日見たそれは恐ろしかった。なにが恐ろしいのかさえわからないのに、ぞっとさせられる。それが「呪い」なのか。


「呪いで人は殺せるのか」

「俺を『呪殺屋』と称しておいて、それはまたひどい矛盾だね」


 返答に詰まった行平に、呪殺屋は小さく微笑んでみせた。陽光に照らされた瞳が黄金色に染まる。狙っているのか、いないのか。魔物めいた仕草に行平は苦虫を噛み潰した。


「ちゃんと興味を示せた滝川さんに、ご褒美代わりに助言をプレゼントしてあげようか」

「いらねぇよ」

「まぁまぁ、そう言わずに」


 げんなりと首を振った行平をものともせず、呪殺屋は続ける。


「俺はね、滝川さん。良い占い師は、最良のカウンセラーだと思っている」

「はぁ?」


 いきなり飛んだ話展開に、行平の声が裏返った。変人の思考回路には着いていけないと実感する瞬間でもある。呪殺屋は、表情だけはやわらかに微笑んでいる。


「簡単な話だよ。その人が求めている未来を提示する占い師を、人は信じようとするでしょう。だから、占い師は求められていることを正確に読み取って、背中を押してやろうとする。まるでカウンセラーだ」

「あぁ、まぁ、それはそうかもな」

「というわけで。見沢の占いによれば、今のあんたは月の逆位置だそうだ」

「月の逆位置?」


 タロットカードの意味など知る由もない。首をひねった行平に、呪殺屋の笑みが深くなる。


「意味はあんたが好きに解釈したらいい」


 解釈もなにも、原義を知らないのだから、しようがない。けれど、呪殺屋はそれ以上の問答に応じるつもりはないようであった。踊り場に立てかけていた錫杖を手に取って肩にかける。しゃらりと涼やかな音が鳴った。


「さぁて、それじゃ、俺もお仕事に精を出そうかな。誰かを呪いたい人間で、この世は今日もいっぱいだ」


 軽口を叩いた痩身が、行平の脇をすり抜けていく。その瞬間、どこか懐かしいお香の匂いが行平の鼻先を掠めた。寺だとか、田舎の仏間だとかで嗅ぐものに似た匂い。


「呪殺屋」


 呼び止めるつもりなどなかったのに、気がついたときには声が出ていた。下段の踊り場で立ち止まった呪殺屋が、行平を振り仰ぐ。


「どうしたの。滝川さん。そんなに講釈が聞きたいなら、俺じゃなくて見沢のところに行ったほうがいいと思うけど」

「いや、……なんでもない」


 わざわざあの詐欺師のところに出向きたくはない。苦い顔で首を振った行平に、呪殺屋がまた笑った。


「この世は呪いが蔓延しているからね。せいぜいがあんたも気をつけたらいい」

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