第26話 ダンジョンの様相
どうやらオリハルコンゴーレムは入口付近に溜まっていたらしく、入った途端に受けたラッシュ以外に出てくる様子がなかった。
これ幸いとどんどん奥へと入っていくと、ダンジョン特有の奇妙な光景が増えてきた。
「家の目の前に墓地が広がってる……」
「何度見ても気持ち悪い光景だ。侘助君はダンジョンは初めてか?」
「はい、初めてです。王都を出るのは2回目ですね」
「まだそんなもんか。外は良いぞ。機会があったら出てみるといい」
話の流れで菖蒲さんの旅話を幾つか聞かせてもらった。
勿論だが世界は広い。僕が転移してきたフラジャイル以外にも国はあるし、国とまではいかないまでも大きな都市も幾つかあるようだ。
中にはモンスターの国もあるというのだから驚きだ。
「私も結構色んな所へ行ったが、まだまだ見飽きないぞ」
「楽しそうですねー……いやぁ、海外旅行とは縁のない人生だったから憧れちゃうな」
「此処は良いぞ。なにせパスポートも税関もない。冒険者登録していれば入国し放題だ」
そんなザルでもないとは思うが、A級とまで呼ばれる程の実力と名声があればほぼ顔パスだろう。
しかしそれだけの実力があっても相性によってはこうして厳しい状況にもなるのだからモンスターとの戦いは恐ろしい。
僕も此処だけならS級以上の力を発揮できるのだが。
「機会があったら君も外に出てみると良い。ジレッタさんがいれば何とかなるだろう?」
「まぁ契約上、離れられないですからね」
ジレッタとの関係は昨夜の内に話しておいた。
勿論、他言無用ということでだが、2人とも結構驚いた顔をしていたな。なんでも、『ドラゴン』と『竜』は一緒のようでまったく違う生き物らしい。
ドラゴンはそれこそモンスターだが、竜は一次元上の存在として扱われているらしい。
だから王城はてんやわんやになったのかもしれない。
事態がそれ程大きなことではないと思っていた僕からしてみれば慌てすぎとも思ったが、どうやら僕が異端だったらしい。
というかその状況でジレッタにヒヒイロカネの配合方法を聞き出そうとした貴族のなんと豪胆なことか。数ヶ月間、同じ敷地で暮らしたことで麻痺していたのだろうか?
「フラジャイルはいい位置にあるんだ。東の山の向こうは砂丘地帯。南には森林地帯。西はカルデラ湖。北には丘陵地帯が広がっている。何処を見ても景色は抜群だ」
「うわぁ、聞いてるだけで行きたくなる……」
その分、危険は多いだろう。それは海外も一緒なのだが、此方は些か直接的過ぎる。しかしそれでもまだ見た事のない景色を見たいというのはどの世界に居ても同じだった。
仕事ばかりしていた頃を思い出す。ブラック企業ではなかったが、縦とも横とも斜めとも繋がりの多い職場だった。
お陰様で人疲れをしていたっけ……休日は出掛ける日もあったが、大体はパソコンのマップ機能で『長期休暇がとれたら行きたいなぁ~』なんて思いながら海外の風景や写真なんかを見ていた。
思わぬ形でそれが叶うかもしれないとなると、気がそっちへ傾いてしまうのはしょうがなかった。
しかし今の仕事を放棄することもできない。以前の職場よりかは融通が利くとは思うが、こればっかりは要相談だ。
そんな浮かれた頭ではあったがピタリと足が止まってしまった。別に進みたくない訳ではなく、進めなくて足が止まってしまったのだ。
これまでは普通の……まぁ其処ら中に墓標が乱立していること以外は普通の街並みの、メインストリートとも呼べそうな通りを歩いていたのだが、その通りを塞ぐように家が生えていた。
それも、通りの並びにある家から真横に、だ。
「トリックアートでも見てるみたいですね……」
「此処から先は違法建築のオンパレードだ。しかしその先に墓地がある。墓地を囲うように無理矢理塞がれているんだ」
「そういうことですか。何処から入るのが安全なんです?」
「そうだな……君が居るなら、彼処から入るのも良いかもしれないな」
そんな菖蒲さんの言葉で案内されたのはナカツミ村の鍛冶工房【雲雀屋】だ。
かろうじてぶら下がっている看板から名前は把握できたのだが、此処が鍛冶屋と言われてもなかなか分からなかっただろう。
「まるで鉄の要塞ですね」
そう。此処はどういう訳か、出入口から壁まで全部が鉄で覆われていたのだ。
菖蒲さんの推測ではダンジョンに取り込まれた時に在庫になっていた鉄が変異してこうなったのではないか、という話だ。
埋葬されているのが鉄魔法を使うベルハイムだからあり得ない話ではない、のかもしれない。
「君なら通れるだろう?」
「えぇ、余裕です。ちょっと離れててくださいね」
鉄だから頑丈だとは思うが腐食の権能は解いた後も浸食は進んでいく。なので此処はこれまで多用してきた溶鉱の権能を使わせてもらうとしよう。
恐らく入口であろう部分に手を触れると一気に灼熱していく。普段であればこれで鍛冶が出来るところだが、更に温度を上げていくとドロドロと鉄が溶け始めた。
そういえば鉄が溶ける温度というのは1500度以上らしい。この温度の物に素手で触れている僕は本当に人間なのか怪しいところだ。実際、熱くも冷たくもない。
権能に守られてるから手袋も服も燃えないのだが、これが菖蒲さんやデンゼルさんに跳ねたりしたら一気に燃え上がるだろう。
「凄まじいな……熱くないのか?」
「常温、って感じですね。熱くも冷たくもないです。あぁ、でも確実に熱い物質なので触っちゃ駄目ですよ。足元にも気を付けてください」
「頼まれても嫌だな……っとと、流れ出たのがこっち側で良かったな」
ドン引きの眼差しを受けながら鉄を溶かし、開いた場所はやはり入口だった。溶けた鉄が中に広がってたら火事になってたかもしれないと思うと少し考えが浅かったか。
入った工房内もところどころ鉄に浸食されているが、言う程被害は大きくない。
木造の建物が鉄の重さで潰れていないのはダンジョンだからか、或いは鉄で覆われて蓋になっているだけだからか。
どちらにしても中は安全そうだったので、溶けた鉄の熱が冷めるのを待って2人にも入ってきてもらう。
「場所によっては家の中を突き進んでいくルートもあるが、此処は誰も入ったことがないだろうな」
「探索してていいですよ。墓地側の壁も開けてきますから」
「そうか? ではよろしく頼む。行くぞデンゼル」
工房は母屋とも繋がっているようで、探索する場所はあるだろう。その間に穴を開け、冷やしておけば時短である。
早速工房内を突っ切り、溶けた鉄で塞がれた裏口を開く。
出来るだけ家屋に引火しないように細く、人が1人通れるくらいの幅を意識しないといけないのが少し大変だったが、それもすぐに終わる。
今度は溶けた鉄が逃げ出さないように金槌で叩いて適当に固める。【鍛冶一如】、便利過ぎる。
がっちり固まった鉄を踏み、工房の外に出て……ゾッとした。
これまでは山間の村に奇妙な墓標が並び立つ、という感覚だったが、この光景を見た瞬間は此処が山間であることを忘れてしまった。
視界いっぱいに広がる墓地。工房を挟んだ町側はまだ明るいのに、こっちは夜みたいに暗い。その異質さが恐怖に拍車を掛けた。
それはそれで怖いのだが、それよりも怖いのが墓地の規模だ。
村の中にあるというのなら、それぞれの家族墓地が幾つかある程度だとは思うのだが、此処にあるのはまるで一都市の個人分の墓でもあるかのような量の墓標が並んでいた。
というか、規模と敷地の計算が合わない。
「ダンジョンってのは空間が歪むものなんだよ。見た目と間取りは殆ど一致しないね」
「な、るほどな……合点がいったよ。ていうかいきなり耳元で囁かないでくれ。怖い」
「狭いんだからしょうがないでしょ?」
肩に顎を乗せたジレッタを追い払い、覗かせた顔を引っ込めた。
そういえば……2階に上がった菖蒲さん達が降りてこない。
不審に思った僕は左手の中の緋心の感触を確かめながら、工房へ戻った。
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