第21話 キングゴブリン討伐

 日もとっぷり暮れて空には星が散りばめられた夜更け。星の下に広がる大きなひし形のような形の中州の下半分を占めるフラジャイル王国軍の陣地に並べられた今回のスタンピード鎮圧に参加した全員が集められた。大なり小なり怪我をした者も多いが、歩ける程度の怪我人もちゃんと集められている。


 集められた兵達の顔を見るが、ぱっと見ではそれがキングゴブリンかどうかは分からない。食後だったり、見張りの交代で兜を外している状態の者も多い。だがやはり大規模な戦闘の後だったからか、反撃も予想してフル装備の者も多く居た。


 作戦本部に居た上官達も集められ、何事かと不安そうにしていた。話を通してなかったから何も分からないのだろう。だがやはり、他の兵士よりは比較的落ち着ているように見えた。


 そんな彼等の前に立つのはヒルダさん。と僕とジレッタの3人だ。だからこそ、余計に事態がややこしくなっているのだ。それに関しては申し訳ない気持ちはあるが、しょうがない。


「全員整列」


 静かなヒルダさんの声に全員が姿勢を正した。その統率の取れた視界には、やはり異物はまだ見えない。


「兜を装着している者は全員外せ」


 理由は告げず、命令だけが出される。いくら露出部分を減らそうが、顔を隠そうが、兜が外されては隠しようがない。


 兜を装着している兵の皆が手早く外していく。手慣れた様子で皆が外していく。その一人一人を僕達が順番に確認していく。


 ――が、最後尾の1人だけが兜を外そうとしなかった。隣に立つ兵が訝しんだ様子で其奴を見ていた。


「其奴を取り押さえろ!」


 ヒルダさんが兜を外さない兵士を指差す。弾かれたように振り向いた兜の前の兵士が其奴の腰に向かって突進気味にしがみ付いた。それに一瞬よろけた兜兵士はしかし踏ん張り、しがみ付いた兵士を引き剥がそうと背中の鎧を掴む。


 メキィ! という金属が折れるような音がして兵士が悲鳴を上げる。肉を挟んだか、ひしゃげた鎧に圧迫されたか。命が危ない。


 明確な攻撃を仕掛けたことで反応が遅れた左右の2人が兜兵士を取り押さえようとするが、掴んだままの兵士を無理矢理振り回してそれを妨害する。


「片手で人間を振り回すような奴が人間であるはずがない! あれが紛れ込んだキングゴブリンだ!」


 ヒルダさんの声に剣を抜く兵士達。最初にしがみ付いた兵士を引き剥がしたキングゴブリンは、邪魔な兜を脱ぎ捨てた。


「ニンゲンドモメ……! ワガドウホウノカタキィィ!!」


 人語を喋るが、顔はゴブリンだった。その辺のゴブリンやホブゴブリンよりは人間に近い顔つきなのが気持ち悪い。体躯も人に近く、紛れるならやはり人の中しかありえないだろう。物陰に隠れるには少し大きすぎる。


「チィッ!」


 予想以上の動きに兵士達が対応出来ず、舌打ちをしたヒルダさんが駆け出す。姿勢を低くし、並ぶ兵士達の間を潜り抜けて最短ルートでキングゴブリンへと接敵した。その姿はまるで疾風のようだった。


「ほう、やるね。あの女」

「どういうこと?」

「侘助の鍛えた剣のシリンダーが風にセットされてる。抜かずに魔力を流すことで刃だけでなく全身に循環させ、あの疾風のような動きをしているようだ」


 くい、と顎でヒルダを指し示したジレッタが解説をしてくれた。


「もうそんな使い方を……やっぱ天才だな、あの人は」

「それを作り出した侘助もまた、天才の1人だよ」


 そうは言うが、僕の知識や発想なんてものはこれまで生きてきた中で摂取した物の複合体であり、その劣化版でしかない。誰かが作ったものでしか僕は創れない。しかしヒルダさんは誰にも教えられることなく、与えられた物の真価を自らの力で発揮している。


 あれこそが本物の天才であり、僕は偽物なのだ。


「君が考えていることは手に取るように分かる」

「勝手に分かるな」

「分かってしまうのが相棒というものだよ。その上で言わせてもらうが、私自身も両親から受け継いだ力でイキッているだけの俗物さ。しかし、与えられたものを手足のように使い、その先の力を見出すのは本人の才能だ。侘助、君の力は君だけの才能んなんだよ」


 ジレッタが語る最中もヒルダさんは剣を振るい、見事に使いこなし、キングゴブリンの首を刎ね飛ばした。その姿を見て、その振るわれる剣を見て、やはり僕はどこまでいっても本物にはなれないのだろうと思った。


 思えてしまったのだった。



  □   □   □   □



 キングゴブリンはヒルダさんの手によって始末された。この後はゴブリン砦を解体。残党狩りが始まるが大した作業にもならないだろう。王を失ったゴブリンは知識を得ることもなく、王の庇護もなく、野生へと帰っていく。結局は原始的な生活に逆戻り、だ。


 僕の仕事は終了した。もう大規模戦闘の予定はないし、多少装備が故障しても僕が出る幕ではない。其処は各々に対応してもらうしかない。


 帰りの馬車に揺られながら、今日までの出来事を思い返していた。たった2、3日の出来事だったが、とても濃厚な出張だった。学ぶことも多かった。それに今後考えることも出来た。


 無論、ジレッタの封印についてだ。


 ニシムラという男だか女だかが僕たちを日本から転移させていたことは歴史の授業で学んだ。しかしそれ以外は全くと言っていいほど、ニシムラについて何も知らない。


 その中で得た『ジレッタを封印した』という情報。


 これを果たして王都内で鍛治仕事をした状態で捜査することはできるのだろうか?


「到着しました」


 御者の兵士の声に顔を上げる。対面に座るジレッタは物憂げな面持ちで窓の外を眺めていた。


「ジレッタ、着いたって」

「ん? あぁ……本当だ。気付かなかった」


 窓の外は『翡翠の爪工房』に続く細い道の手前だ。馬車は中に入れないので此処に停めたのだろう。


「どうもありがとうございました」

「此方こそありがとうございました! また何かありましたらよろしくお願い致します!」


 敬礼をした兵士は馬車を発進させ、通りの向こうへと消えていった。


 また何かありましたら、か……。また頼む気満々なのもどうかと思うが、頼られて悪い気は、正直しなくもない。あの程度の作業であればまたやってもいいと思えた。戦闘はごめんだが……。


「終わった、ってことでいいんだよね?」

「そうだな。また鍛治の日々に戻れる」

「向こうでもやってることは一緒だったけれどね」


 確かにそうだな……やったことはヒルダさんの剣を作って修理をして、追加で戦闘をしただけだ。


「また呼ばれたら行くの?」

「まぁ行くだろ。何言われるか分かんないし」

「ふぅん。私も行くしかないし、その時はまた頑張ろうね」

「そうだな。うん……悪くなかった」


 外での鍛治というのも悪くなかった。もしニシムラを探しに行く時は旅の鍛治師というのも楽しいかもしれない。


 そんな未来を妄想しつつ、僕は荷物を背負い直して店まで続く路地をジレッタと共に歩くのだった。

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