第20話 ゴブリン砦襲撃

 兵には剣と防具が与えられる。鉄の鎧に身を包み、鉄の剣を持って戦う。場所によっては大盾を持ったり、或いは大砲を扱ったり。それ等を作るのは鍛冶師の仕事だ。製作者はは造られた物が実際に扱われる場面を殆ど目にしない。そういうものだと思っていた。オーダーメイドで合わせた鎧は自分では着ないし、何かを殺す為に鍛えた剣は振るわない。


 だからこそ、これは貴重な経験だと思えた。思うことにした。思い込むことにした。


「侘助殿!」

「おぉっ!」


 通常のゴブリンが成長したような姿の【ホブゴブリン】の棍棒を躱し、その手首、肩、胴と順に切り払う。バラバラになって崩れた死体を蹴散らすように【ゴブリン】が数匹、飛び掛かってくる。


「せぇぇい!」


 それを大盾を持った兵士が横からタックルしてまとめて吹き飛ばす。転がったゴブリンは槍を手にした兵がしっかりととどめを刺した。

 垂れる汗を手の甲で拭う。が、思ったよりも粘性があり、自分の手の甲を見るとそれがゴブリンの血だったことに気付いた。


 此処は王都エフェメラルを潤す二又の大河、ハランホリッシュ川の源流に近い位置にある中州だ。川に挟まれたこの場所にキングゴブリンは砦を築いていた。


 そう、砦である。【王】と呼ばれるクラスのモンスターが発生すると此処まで知能が上がるのかと戦慄した。丸太を使い、釘を使い、彼等は人間へ反旗を翻すべく、己らの穴倉を城へと変貌させたのだ。外敵から身を守れる安全な場所が出来たことで数も増え、その結果、今回のスタンピードが発生した。


「はぁ、はぁ……」

「大丈夫か?」

「……っ、あぁ、まだやれるさ」


 顎を伝う汗を引っ張った襟で拭う。ハッとして襟を見るが、今度こそそれは自分の汗だった。


 陣地を出た僕達は斥候が見つけていたゴブリンの拠点を目指した。道中は絶え間ないゴブリンの襲撃があったものの、殲滅を決定した人間は余力を惜しまない奮闘でそれらを押し返した。

 やがて川の流れる音が聞こえ始め、木々の隙間から見える景色が増えてくる。そうして見えたのがゴブリン城という訳だ。魔法のスキルを持つ魔法兵の力でスパイクの効いた氷の橋を作り、滑ることなく渡河した僕達はこうして今、ゴブリン城へと攻め入っている。


 現在は砦を囲う丸太の防壁を魔法兵が破壊したので境目はなくなっている。中からわらわらと溢れ出てきたゴブリンを始末しながらゆっくりとではあるが進軍している途中だ。


 飛び掛かってきたゴブリンの側頭部を蹴り飛ばし、追撃がないか周囲を見ると、いつの間にか自分達が敵陣地内にまで進んでいることに気付いた。中は歪ながらも木造の住居が置かれている。そして住居と住居の間には枝を組み合わせたような貧弱な小屋にも満たないシェルターのような家もある。この差はなんだろうか。


「二人一組で行きましょう!」

「はい!」


 一緒に突っ込んだ兵達がツーマンセルを組んで離れていく。僕のパートナーは言わずもがな、ジレッタだ。


「どうする?」

「少し調べたい」


 僕は先程見たシェルターの前へとやってきた。扉のようなものがあったので注意しながら開けてみると、中には食い散らかした骨のような物が散らかっていた。


「何か分かった?」

「いや、まだだ。次はこっち」


 ゴブリンを蹴散らしながら木造住居へ押し入る。中にもやはりゴブリンが居たが、漏れなく首と胴体を永遠におさらばさせた。足元に転がるゴブリンは、種族的には他と大差ないゴブリンだが他とは違って衣服を身に着けていた。見れば住居の中には丸太を薄切りにしたようなテーブルや椅子があり、椀まで置いてあった。


「何となく見えてきた気がする」

「ほう?」

「此奴等、人間になろうとしてるんじゃないだろうか」


 正確にはなりつつある、が正しいか。それも無意識のうちにだ。


 ゴブリンは数が増えた。知恵もついた。その所為で個体に『差』ができた。体格の良い者。頭の良い者。手先が器用な者。


 そういった個体は優遇され、衣服を身に纏い、家に住み、椀で食事をする。


 そうでない個体は以前と同じシェルターで野生同然の生活をするのだ。


 この差はぱっと見で分かる通り大きい。そしてそれだけ奴等が進化しているということになる。放置すればいずれは軍隊を作り上げ、他種族を征服して一大国家を作る可能性もありえるかもしれない。


「やはり殺すしかないな。王をやれば知識の供給は止まるはずだ」

「生き残りが居たとしてもやれるのは所詮真似事。問題ないと思うしさっさとキングゴブリンとやらを始末してしまおうかね」

「別に僕達がそれをやる必要はないが、数はとにかく減らしておきたいな」


 その過程で王様と出会ってしまったらそれまでだ。やるべきことをやるまでだ。


 住居から出て再び殲滅戦へと参加した僕は日が暮れるまで砦から出てくるゴブリンを退治し続けた。暗くなってからは奴等の奇襲を受けかねないということで撤退を余儀なくされたが、戦闘中に安全が確保された場所から順に王国軍の陣地が移設され、僕達はゴブリン砦の前で圧を掛けながら夜を過ごすことになった。


 今回の戦闘でも怪我を負った者は少なかった。が、それは防具に助けられたお陰だ。つまるところ、僕の仕事の時間である。


「よろしくお願いします!」

「あぁ、其処に置いといてください。替えの物は倉庫からどうぞ」

「ありがとうございます!」

「これもお願いしますっ!」


 僕は先に受け取っていた胸当ての大きな凹みを修復する。胸当てに取り付けられた緩衝材や革のベルトを全部外し、胸当てだけの状態にしてから手を添えて権能を行使する。熱くなった胸当てに修復する意識を強くイメージしながら金槌で叩く。《鍛冶一如》は発動し、胸当ての凹みは解消された。


 取り外した部品は冷めるまで付けられないので、セット品としてまとめて置いておきながら次の防具に手を伸ばす。欠けた部分には熱して引き延ばした灼熱千歳飴を小さく切って押し当てて叩き、修復する。当たり所が悪くて折れてしまった剣は熱してくっつけて金槌で叩く。


 そうして作業を繰り返している内にあっという間に作業は終わってしまった。本来ならもっと鍛冶職人を集めて大規模な作業場で行わなければ同じ速度で作業は終わらないだろう。国は同じ分だけの工賃を支払うべきである。


 修復作業が終わり、少しして配られた食事を食べ終えた僕達の元へヒルダさんがやってきた。


「大丈夫か?」

「問題ないです。お腹いっぱいで眠いくらいですよ」

「はは、敵前で眠れる豪胆さがあるのなら心配する必要はなさそうだ」


 ヒルダさんも割と前線で獅子奮迅の立ち回りをしていたように見えたが、今は上半身の鎧は脱ぎ去り、とてもリラックスしているようだ。引き寄せた椅子に腰を下ろしたヒルダさんは先程とは打って変わった真面目な表情で話を切り出した。


「実はまだキングゴブリンが見つかっていない」

「砦には早々に侵入出来ていたようでしたけれど、そんなに複雑な構造だったんですか?」


 僕の問いにヒルダさんは首を横に振った。


「単純すぎる程に単純だった。見た目からしてゴテゴテと木々を張り付けた張りぼてのような砦だ。中はその辺の住居と殆ど変わらない。広さが違うくらいだ」

「なのに、見つからないと」

「あぁ、其処で侘助殿に知恵を借りたい。貴方なら何処を探す?」


 そう尋ねられた僕は眠気が占めつつある頭をフル回転させた。突入した砦がしょうもない住居で、王が見つからない状況。張りぼてのような砦。


「他の出入口は……」

「全て探したが、正面しかなかった。地下への階段もない」

「……うーん……となると例えば、張りぼてのような、じゃなくて本当に張りぼてだった場合。王は他のゴブリンに紛れて何処かへ身を隠してる可能性があります」

「ふむ。それは私達も考えた。時間が許す限り調べられる場所は調べた。奇襲の危険もあってまだ全てではないが」


 奴等の目の前に陣地を置き、哨戒もしているくらいだ。調べきれなかった場所からこの時間帯に逃げ出すことは不可能に近い。周囲は川だしな。


 しかしそれでも逃げるなら……。


「まだ探してない場所で、今すぐにでも調べられる場所がありますね」

「というと……?」


 僕は人差し指を地面に向ける。


「此処。この王国軍陣地です。兵の中にキングゴブリンが紛れ込んでる可能性があります」

「なんだって!?」


 灯台下暗し。木を隠すなら森の中。全身を鎧に包まれた人間を目視で判別するのは難しい。兵は皆、金属鎧を身に着けている。体格により多少の差はあれど、肌の露出部分を……例えば顔ならマスクで覆ったりすれば、なかなか判別は難しくなる。長く共に居る戦友であれば見分けはつくかもしれないが。


「この陣地内で寝静まるのを待っているか、哨戒班に紛れて今すぐにでも逃げる機会を伺っているかもしれません。すぐに全員を招集するべきです」

「侘助殿の推理が当たっていれば、ゆっくりしている暇はないな。この件は作戦本部を通さずに今すぐに実行するとしよう。時間が惜しい」


 天幕を飛び出たヒルダさんは腕を上げ、手の平を空へと向けた。その手に赤い術式方陣が広がる。その方陣から矢の形をした炎が連続で5つ、空へと放たれた。


「これは緊急招集の合図です。【術式;火矢五連】。私のオリジナルです」

「なるほど。ヒルダさんだけが使える合図なら、全員が従うはずですね」


 すぐに陣地内の兵達が大慌てで集まってきた。そして続々と哨戒班達も戻ってくるのが、松明の明かりで見えた。僕の読みが当たっていれば、今夜中に蹴りがつきそうだ。果たしてどうなるか……気合いを入れて臨むとしよう。

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