幼馴染の悪ガキがイケメンになったせいで私がイジメられるようになってしまった件

九傷

幼馴染の悪ガキがイケメンになったせいで私がイジメられるようになってしまった件



 私には、幼稚園から付き合いのある幼馴染がいる。

 名前は斎賀 巳鶴さいが みつる。私はミツと呼んでいる。

 ミツは近所では有名な悪ガキだったが、何故か私の言うことだけは聞くので、同い年だというのに周囲からは完全にアイツの飼い主とか保護者扱いされていた。

 アイツのお陰で私の周囲にはヤンチャ坊主ばかり集まり、同性の友達はほとんどできなかった。

 非常に迷惑な話ではあるのだが、私は私であまり女の子っぽい遊びは好きじゃなかったので、結果的には良かったと言えるかもしれない。



 ただ想定外だったのは、中学くらいからミツがどんどんとイケメン化していったことだ。


 丸坊主だったアイツは、変に色気づいたのか髪を伸ばし始めた。

 たったそれだけのことで、女子の評価が180度変わったのである。


 ミツは私の真似をして同じシャンプーやリンス、化粧水を使うため、同い年の中では美容意識もあって清潔だと称えられ、あっという間に人気者となった。

 そして、中学を卒業する頃には学校一のイケメンとまで評価されるほどの存在になったのである。


 しかし、アイツの中身というか、本質自体は変わっていないため、私からすれば昔から変わらず悪ガキというイメージのままであった。

 ……まあ外見については、正直悔しいけど、カッコよくなったと認めざるを得ない。

 笑い方や仕草などは昔のままで何も変わっていから、余計にズルく感じる。


 ミツは今でも私の言うことは大体聞いてくれるし、私達の関係性はあの頃から全く変わっていなかった。

 そしてそれは、これからも変わらない――そう思っていた。





 地元の中学を卒業し、高校に入ってから、周囲の環境はガラリと変わった。

 一緒の中学だった生徒はほとんど同じ高校には入学せず、知り合いと呼べる存在はミツくらいしかいなくなってしまったのである。

 ただ、元々私は友達は少なかったので、高校でも中学と変わらない生活を送ることになるだろうと思っていた。

 ……しかし、そうはならなかった。


 今思えば、私は環境に恵まれていたのだろう。

 中学時代は半分近い生徒が同じ小学校出身だったこともあり、私とミツの関係についてはある程度認知されていたというのが大きい。

 ミツの悪ガキ時代を知っている生徒も多く、小学生時代から引き続き飼い主扱いされることも多かった。

 流石に完全なイケメンと化したあとは嫉妬されることもあったが、どちらかといえば羨む声の方が多く、公認カップルのような扱いを受けたこともある(否定はしたのだが)。


 ぶっちゃけた話、悪い気はしてなかった。

 少なからず優越感を感じていたことも、否定はしない。

 将来、このままなし崩し的に付き合うことになったとしても、それはそれでいいだろうくらいには考えていた。



 しかし、高校に入ってから私に向けられた感情は、嫉妬というレベルを通り越して憎悪に近いレベルだったのである。

 私がミツの幼馴染であり、飼い主扱いされていたことを知らない女子にとっては、私なんて害虫にしか見えなかったのだろう。

 ……そして私は文字通り、害虫のように扱われることになった。


 当然だが、元中で幼馴染ということも説明したし、昔のミツは坊主頭の悪ガキだったと説明したこともある。

 しかし、私の弁解は火に油を注ぐだけでしかなかった。



「はぁ? 何それ、もしかして自慢? ウッゼェんだよお前!」



 ただ事実を言っただけなのに、彼女達にとっては自慢に聞こえたらしい。

 私はなんと説明すれば、虫のように踏みつけられないで済んだのだろうか……



 いよいよ限界になった私は、近寄らないでとミツを拒絶した。

 唯一の友達であるミツを拒絶すれば完全にボッチとなってしまうが、話しているところを見られれば彼女達の逆鱗に触れることになるため、そうせざるを得なかったのである。

 当然ミツはそれを拒んだが、昔から私が強く言えば逆らえないことは知っているので、強引に受け入れさせた。



 私の選択を愚かだと思う者は多いと思うが、彼女達の血走った憎悪の目を見てしまうと、恐怖で人に相談なんてできなかったのである。

 ミツは薄々私の状況に気付いていたようだけど、彼女達を刺激すると下手をすれば殺されかねないと思ったので、余計なことはしないよう念を押しておいた。




 そのお陰もあってか過激な攻撃はあまり受けなくなったが、依然として嫌がらせは続いているため、持ち帰れるものはなるべく毎日持ち帰るようにしている。

 残念ながら机を持ち帰ることはできないので毎日のように落書きされているが、模様だと思って気にしないようにした。



 しかし先週から、私の机が新品のようにツヤツヤに洗浄されるようになった。

 一体誰が……なんて考えるまでもなく、恐らくミツの仕業だろう。

 あれ程関わるなって言ったのに……、本当……、バカなヤツだ……


 ただ、落書きを止めるでもなく、落書きさせたうえで掃除しているせいか、彼女達をあまり刺激はしなかったようだ。

 ミツもバカなりに考えたのかもしれないと思うと、なんだかまた涙が込み上げてきた。


 でも、そろそろやめさせないと、彼女達も黙ってはいないだろう。

 私は次の日、かなり早めに家を出ることにした。

 ミツはバイトがあるから、放課後残って洗浄しているとは考えられず、やっているなら恐らく早朝だと思ったからだ。




 私が教室に入ると、そこに待っていたのは彼女達――川津かわつさんと米望よねもちさん、そして飯島いいじまさんだった。



「あ、やっぱり来た」


「……お、おはよう、飯島さん」



 私が挨拶すると、飯島さんはその綺麗な顔を歪めて憎悪をぶつけてくる。

 クラスで一番人気があり、明るくて美人な彼女が……、こんな悪魔のような顔をするなんて、誰も想像できないと思う。

 恐らく私なんかが言っても、誰一人として信じてくれはしないだろう。

 一度隠し撮りを試みたことがあるが、すぐにバレて悲惨な思いをしたため、もう一度挑戦する気にはなれなかった。



「オイ、おはようじゃねぇだろ。まずはゴメンナサイだろーが」


「あ、謝るようなことは、した覚え、ありません……」


「してんだろーが! お前には汚い机がお似合いだって言っただろ! なに急に掃除しだしてウチらをイラつかせてんだよ!!!!」



 最初の2~3日は、「また汚されるために綺麗にするとか、無駄な努力ご苦労様!」と笑っていたくせに、いざそれが続くと怒り出す。理不尽な人達だ……



「ち、違います、私じゃ……」



 逆らうつもりはないが、自分だと認めればそれはそれで酷い目にあうため、仕方なく否定する。



「お前以外に誰がこんなことすんだよ!」






「……俺に決まってんだろーが」


「「「「っ!?」」」」



 怒鳴られて身をすくめた私の背後から、久しぶり……だけど凄く聞きなれた声が響く。

 距離を取るようになってまだ一か月くらいしか経っていないのに、酷く懐かしく感じる、ミツの声だった……



「ミ、ミツ……」


「待たせて悪かったなナツ。けど、もう安心していいぞ」



 ミツが私の頭をポンと優しく叩き、飯島さん達の視線から庇うように前に出る。



「さ、斎賀君、どうしたの? こんな早くに……」


「今更そんな演技しなくていいぞ、飯島。最初から、全部見てたからな」


「っ!」



 腹の底から響くような、迫力のある怖い声。

 ミツのこんな声、初めて聞いたかもしれない。



「ま、まさか、ソイツに呼ばれて――」


「ナツは関係ねぇよ。全部俺が勝手にやってるだけだ」



 そう言ってミツは、近くの机を殴りつける。

 その音に飯島さん達がビクリと反応したが、私はもっとビックリして心臓が止まりそうだった。



「明るくてクラスで人気者の飯島が、こんな陰険なヤツだなんて、誰も思わねぇだろうなぁ……」



 ミツはそのまま殴った机の中に手を入れ、何かを取り出した。



「っ!? それは……」


「見ての通り……つっても見ただけじゃわからねぇか。まあでも、察してはいるだろ。ボイスレコーダーだよ」


「チィッ……」



 飯島さんがあからさまに舌打ちをする。

 どうやら今度こそ本性を隠すことを諦めたようだ。



「コイツら、中々尻尾出さねぇから時間かかっちまったぜ。今日はバッチシその悪人面も撮れたし、ナツ様様だな」



 飯島さん達は、映像や音声が残らないよう徹底的に身の周りのことを管理している。

 私をいたぶるときは録音器具や撮影器具がないことを入念にチェックし、何かの機械で盗聴器がしかけられてないかも確認を行う。

 そのため、私が音声や映像を記録しようとしてもすぐにバレ、二度とやる気にならないよう酷く追い込まれた。


 そんな飯島さん達の警戒網を掻い潜り、ミツは音声や映像を記録したらしい。

 私の知っているミツの性格からは考えられないほど、用意周到にこの状況を作り出したようだ。



「お前ら、教室の隅々までチェックしてたようだが、流石に人の机の中までは入念に確認してなかったろ。お陰で何回かは下品な会話が拾えてたぞ?」


「っ! アンタ達……!」


「い、いや、だって、流石に人の机の中を長々と漁ったりできないって!」



 飯島さんは、一瞬眉をひそめてから後ろの二人を睨みつける。

 どうやら指示自体は出していたようだが、二人は軽くしかチェックしていなかったようだ。



「俺だって人の机の中触るのは抵抗あったから、普通の神経してたら隅々までチェックなんでできねぇだろうよ。触ったのがバレる可能性だってあるしな。だからこそこうして、毎朝早朝に回収しに来てたワケだが」


「……ミツ、それって、もしかして――」


「ああ、ナツの机を綺麗にしたのはついでだよ。まあ、こうすればナツかコイツ等が釣れるんじゃって目論見もあったけどな」



 まさか、ミツがここまで色々物事を考えて行動できる人間だとは思っていなかった。

 ミツは見た目だけじゃなく、中身もしっかりと成長していたということなのかもしれない。



「っ!? お、おい、なんで泣くんだよ!?」



 気付くと、私の目からは大量の涙が流れ出していた。

 ミツの成長が嬉しかったのか、それとも悲しかったのか、助けに来てくれたのが嬉しかったのか、それとも緊張感が途切れてただ涙腺が崩壊したのか、感情がグチャグチャで自分でもワケがわからなかった。


 慌てて私に駆け寄り、抱き寄せてくるミツ。

 そして、その隙を突くように、飯島さんが凄まじい形相で走ってくる。

 まさか殺す気なんじゃと思い咄嗟にミツを庇おうとするが、ミツも気づいていたようで再び私を背に庇った。



「ミツ!」



 思わず叫んだが、飯島さんはそのまま私達の横を通り過ぎ、教室を出ていった。



「なんだぁ……? 一体何をしたかった――って、そういうことか。あの女、スリの才能もあるとかヤベェわ。もしかして、前世は結構な悪人だったんじゃねぇ?」



 どうやら、飯島さんはあの瞬間にミツのポケットからボイスレコーダーを盗んで逃げていったらしい。

 本当にとんでもない人だ。



「「さ、さすが飯島!」」


「いや、さすがじゃねぇよ。言っておくが、証拠はアレだけじゃねぇからな。さっき言った通り映像も残ってるから、お前ら覚悟しておけよ。言っておくが俺は善人なんかじゃねぇから、全部学校中にバラまくし、ネットにも晒すからな」



 川津さんも米望さんも一瞬笑顔を浮かべたが、ミツの無情な言葉の前にヘナヘナと床に沈んでいった。





 ◇





 その後、あの三人は当然の如く学校で居場所を失い、不登校となった。

 まさかあの三人がイジメの主犯格だとは誰も思っていなかったらしく、クラスでは未だに気まずい空気が漂っている。

 そして、ミツの晒したデータには他のイジメ加担者も記録されており、さらにSNSで実際のイジメ映像を流し拡散したことで学校やクラス自体もネットで叩かれ大炎上してしまった、

 結果、今日学校は臨時休校となっている。


 晒したミツの名前は公開されていないが、これだけ炎上すればすぐに特定されることになるだろう。

 そうなれば、なんらかのペナルティを与えられる可能性も高い。



「言っておくが、俺は全く後悔してないからな」


「そんなこと言って、関係ない人にもいっぱい迷惑かけてるよ……」


「そんなこと知らねぇよ。ナツをイジメてたヤツも、それを黙認してたヤツ等も、全員ぶっ潰れればいい」



 昔はこんな過激なタイプじゃなかったと思うんだけど、なんでこんな風になってしまったのだろうか……



「たとえ世間や世界がナツの敵になったとしても……、俺は、俺だけはナツの味方だ! だからナツ、俺をもっと頼ってくれ。……一生俺といろ! もうナツのお願いだとしても、絶対離れる気はねぇからな!」



 こういうのが、愛の重いタイプというヤツなのだろうか……

 まさか、ミツがここまで拗らせてるとは思いもしなかった。


 多分だけど、私はどんどんカッコ良くなっていくミツに対して負い目を感じていた。

 自分では絶対釣り合わないと思っていたし、ミツはもっと可愛くて、お似合いの子と付き合うべきだとも思っていた。

 だからこそ、ミツの想いに気づきつつも、応えはしなかったのである。


 でも、そうは思いつつも、私はミツのことをハッキリ拒絶しなかった。

 ミツと一緒にいると周囲の目が怖かったけど、それ以上に離れるのはもっと怖かったのだ。

 だから、都合の良い友達以上恋人未満という関係を維持しようとしたのである。


 私はズルくて、最低の女だ。

 自信過剰かもしれないけど、多分ミツがこんな風に病的で重い愛情を抱くようになったのも、私のせいだと思う。

 ミツのことを本気で好きだった子達も、私が中途半端な態度だったからからこそ複雑な気持ちを抱えていたに違いない。

 もし私が同じ立場であれば、間違いなく邪魔な存在だと感じたハズだ。

 だからイジメられたのだって、私の自業自得という面が大きいと思っている。


 そんな風に周囲に迷惑をかけていた私が、ミツを責めることなんてできるハズがない。

 私は……、もっと早く、ミツと向き合うべきだった。



「……うん。私も……、覚悟を決めたよ。もう、ミツと離れたりしない。ずっとミツのそばにいる」


「っ!? 本当か!?」



 多分、ミツと付き合うことになれば、今後も辛い思いも沢山することになると思う。

 イジメの主犯格はいなくなったけど、私を敵視したり妬む人がいなくなったワケじゃないからだ。

 でも、それに怯えて中途半端な態度を取れば、今回のようなことを繰り返すだけだ。


 だから、私は強くなろう。

 せめて中身だけでも、ミツと釣り合う存在になってみせる。


 たとえ世間や世界が敵になったとしても、私はミツとともに生きていきたい。



「ミツ、大好きだよ」





 ~おしまい~


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