第16話

 リベラは目を閉じると、森と家をひたすら往復していた日々をぽつぽつと思い出す。


『……森に行けば、動物さんやマリーと会えた。家に帰れば、毎日届く美味しいごはんと、どれを読むか迷うくらいに絵本がたくさんあった。……いつも同じことの繰り返しで、変わるのはお天気しかなかった。楽しくなかったわけじゃない。でもお母さんもお父さんもいない、一人ぼっちのお部屋だった。――けど今は。サフィラスもロアも、ネーヴェもいる。あの時、宝石を拾っていなかったら。あの時、洞窟で「森に帰る」って言っていたら、今はなかったんだよね』


 リベラはゆっくり目を開くと、胸に手を当てサフィラスに訴えかける。


「自分から動く……私だったら、そうしたい。もしかしたらそのせいで、もっとひどくなるかもしれない。でも――動かなくて辛いままでいるより、ずっといいと思うの」

「リベラなら、そう答えるだろうと思っていたよ。だから私達は、その手助けをしよう」

「! もしかして――」


 リベラが期待の声を上げると、サフィラスは頷く。


「そう。殻に閉じ籠もってしまった王子に、機会を与えるんだ。件の舞踏会は、その先駆けとなるだろう。けれど作戦を成功させるには、キミたち二人の協力が必要だ。――ライア村と同様に、一波乱起こす覚悟はあるかい?」


◇◇◇


 翌日の午前中。一行は晴れ渡る空の下で、市街観光を開始していた。人々を小人と錯覚させる高さの石の壁に沿いながら、サフィラスは先頭で歩みを進める。


 その後ろでは、ロアが気持ち良さそうに伸びていた。


「う〜ん、今日も絶好のお散歩日和ね! けど少し暑くなってきたから、水分補給もちゃんとしていかないとね」


 すると彼の隣に並ぶリベラも、上機嫌な様子で手を上げる。


「はーい! ネーヴェも、お水飲みたくなったら教えてね」


 ネーヴェはポシェットから顔を出すと、リベラの指に触れる。ロアは彼女たちの愛らしいやり取りに微笑みを浮かべながら、数歩先を行くサフィラスに声を飛ばす。


「それにしても……イルミスで出会った頃はアタシも含め、人をこれでもかってくらいに避けてたのに。まさか、サフィラスちゃん自ら人助けしようとするだなんて。何か心境の変化でもあった?」

「……いいや。あくまでも、私の本懐を円滑に果たす下地を整えているに過ぎないよ。だって、所詮不測の事態を潰すための下見でしかない」


 本懐を伝えず、されど偽らず。昨夜サフィラスは、二人に“気掛かりな施設がある”旨を伝えていた。しかしロアは、わざわざ駆け足でサフィラスの行く手を阻むと顔を覗き込む。


「ふ〜ん?」

「何か異論でも?」

「んーん、何でもないわ。さ、そんな怖い顔しないで観光よ観光〜」


 ロアは何食わぬ顔でリベラの隣に戻ると、彼女の雑談に耳を傾ける。


「ふふっ。それにしても、本当に迷路みたいで面白いね。でも向こう側の景色が見えないから、迷子にならないように気をつけなくちゃ」

「迷子といえば、イルミスのときはヒヤヒヤしたわ……少しでも遅かったら、リベラちゃんがどんな目にあってたか。想像するだけで身の毛がよだつわ」

「えへへ……うん。だから次からは、サフィラスと一緒に行こうかなって」


 リベラが「どうかな?」と小首をかしげるも、ロアは難色を示す。


「ん〜……今のメンバーならそうするしかないけど、やっぱり同じ女の子じゃないと心細いわよね。とは言っても、旅についてきてくれる子なんて、そうそういないでしょうけど……」

「女の子――そういえば、メネレテは今どうしてるんだろう。またどこかで会えるってサフィラスは言ってたけど、お弁当とか作ったら遊びに来てくれるかな」

「そうねぇ、ソレでいけるならすぐにでも作るんだけど……ってうわっ!?」


 ロアが前を向くと、腕を伸ばせぬほどの至近距離に、紅髪をポニーテールに結んだ女性が立っていた。緑色の帽子を被る彼女は、三人の顔を見ると黄金色の瞳を細める。


「こんにちは! 皆さんは観光客の方ですか?」

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