第6話
彼女の孤独な奮闘を知る由もなく。ホテルに戻ったリベラは、ロアのもとに食事を運んでいた。トレイに配膳されているのは、お粥とフルーツの盛り合わせ。
「お待たせ! 熱いから気を付けてね」
「二人だけでホテルのレストランに行って良かったのに……ホントにごめんなさいね」
「ううん。レストランにネーヴェは入れないし、何より私、久しぶりにお料理してみたかったんだ。だから気にしないで」
「ふふっ……なら遠慮なく頂くわ、ありがとう」
ロアは粥を掬うと、軽く息を吹きかける。そして咀嚼の果てに、表情を綻ばせた。
「んー! すっごく美味しい! 野菜が煮込まれ過ぎず程よくシャキシャキしてて、卵の滑らかさと絶妙にマッチしてる。グリルされたお肉も下味がついてて、最後まで飽きずに食べられそうだわ!」
「えへへ、良かった」
「お店開けるくらいよ。そういえば、リベラちゃん晩ごはんは?」
「まだだよ。これから食べようかなって」
「あら。アタシはもう平気だから、サフィラスちゃんと食べてらっしゃいな」
「うん。何か欲しい物があったら教えてね」
「ええ、分かったわ」
リベラはロアのブランケットを直すと、ドアノブに手を掛ける。そしてドアの向こうに片足を出した瞬間に、ロアが口を開いた。
「……そうそう、最後に一つだけ聞いてもいい?」
「?」
「お出掛けしてる最中に、変な人に話し掛けられたりしなかった?」
「ううん、大丈夫だったよ」
「……なら良かったわ。引き留めちゃってごめんなさいね」
「はーい!」
リベラが立ち去ると、ロアは枕の下から2枚の封筒を引き出す。うち1枚は開封済であり、切り口から頭を覗かせる紙には、愛する息子への想いが綴られている。
「アタシの事情は後回しにするとして……これ、早めに見せておいた方が良いわよね」
そして、もう1枚の封筒はというと。緑色の蝋で丁寧に閉じられ、表面には“エーテス・ヴィゼ=ウルイヤ17世”と書かれていた。
◇◇◇
人々が最も寛ぐであろう、就寝前の穏やかなひととき。ロアは二人をリビングに呼ぶと、カットレモンの皿と共にティーカップを並べる。
「はい、どうぞ。今日はレモンに合う、さっぱりとしたお茶を調合したわ。リベラちゃんのは砂糖入りよ」
「えへへ、ありがとう」
リベラがレモンを絞り、くるくるとスプーンを回すと、浮かんだ花びらは溶けて紅茶を檸檬色に染める。サフィラスも手元のカップに同様の手順を踏むと、ふと思い浮かんだ謎を言葉にする。
「それにしても……毎日振る舞っているにも関わらず、よく茶葉や一式が尽きないね。イルミス国を離れてから、もうひと月程経ったというのに」
「ふふっ。長旅を見越して、大量に圧縮してきたの。皆で飲んでも、向こう1年はもつんじゃないかしら」
「成程、それは大したものだね」
『よし、掴みは順調ね。この流れから、少しずつ本題に持っていくわよ……!』
ロアは内心ガッツポーズを決めると、声のトーンを僅かに上げる。
「ちなみに、このお茶にはある逸話があるの」
《その昔、舞踏会に参加した女性が、“恋の香り”を纏っていった。それが偶然にも、すれ違った王子の琴線に触れたのだが、仮面で彼女が誰だか分からない。しかし王子は諦めずに、国中を歩いては香りの主を探した。
そして数年後、彼女の声も忘れたある日。通りかかった民家から、あの時の香りが漂っていた。遂に女性を見つけた王子は、彼女にプロポーズをし、結婚したのであった》
「っていうお話で――なんでも、この国で本当に起こった出来事らしいわ。とは言っても、今は普通のダンスパーティーなんだけどね」
すると紅茶を飲んでいたリベラは、瞳を輝かせる。
「舞踏会ってほんとにあるんだね! 絵本の世界だけかと思ってた」
「ええ。でもね、参加するためには幾つかルールがあって。皆が楽しめるものではないの」
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