情況の摺合せ
結局ダキアは片目が潰れ、全身のあちこちにひきつれた傷跡が残ったものの、僅か二日で元のように動けるようになった。グラディアテュール領に入った行幸の隊列が最初に訪れるオアシス集落は、馬でここから一日の距離。隊列は牛歩で時間をかせいでいるはずだから、今から出立すれば手前で合流できる。
だが、動けるようになってダキアは行幸に向かわず砦の主力を招集した。
砦のミザル、アルコー、フェルカド、チャラワンはその場の情況に応じた現場の判断とはいえ、手続きを得ずにシェリアル直属部隊となったことは立派な懲罰ものだ。どんな罰則だろうが受けるといったきっぱりした表情で下座に侍る砦のウルスス達。カインはダキアが生きて動けるようになって深く安堵したものの、行幸の隊と合流しないのはどうしたことかとリョウと怪訝な顔で顔を見合わせる。そうこうしている間にシェリアルに付き添われてダキアが広間に入ってきた。
「一体何事っすか」
シェリアルに小声で話しかけると
「状況を整理します」
と穏やかに返してきた。
そんなシェリアルの様子に、カインは内心首を傾げた。なにか雰囲気が違う。変な意味ではなくて、今までぼんやりしていた精神的な輪郭が鮮明になった、そんな印象だ。
上座の席に着くなり、ダキアは
「この際だ、みんな洗いざらい全部吐け。情報の摺合せをするぞ」
そう命じた。
この行幸で起きている異常な事態の全体像が見えないのは、情報が欠落しているからではないのか。そうダキアは考えたのだ。
「では私から」
まず記憶を取り戻したシェリアルがシチフサの事を語った。
これは行幸に随伴するカインとリョウにとって驚くべき事態を内包していた。
まず、神殿最高位である宮司は死んでいる。
そして婚礼の朝の託宣「記憶を奪ったのはサピエンス」は虚偽。
言われてみればサピエンスにはマナは使えないのだ。サピエンスが使えるのは、ミアキスヒューマンが作った【水晶に入れたマナを、薬草と共に水に浸して保存した治癒の水と解毒の薬】だけ。なぜそんな当たり前のことを忘れていたのか。
「記憶を奪うマナなんて一体誰がそんな物騒なもんを生み出しやがった、キツネ、お前何か知ってねぇか」
フェルカドがリョウに問い、カインはダキアが攫われた時のことを脳内で反芻する。
そうだ、あの化け物が現れた時、リョウは目を合わせるな、そう言っていた。
「リョウ、お前あれを見た時、何か知ってるような口ぶりだったな」
「知ってますよ。神官から口止めされているから黙ってましたが」
カインが問うのなら全て打ち明けます。そうしてリョウはアシル神殿の禁足地で眠るエンキのマナの話を語った。
「記憶を奪う、ってなんだよそれ」
もう何が何やらと言った表情のチャラワンが床に伏し頭を抱える。
「100年前のハフリンガー大陸で皆がおかしくなってたのはエンキの仕業って事か」
そうして最後にミザルが100年前の大災害が起きる以前のウルススとサピエンスの軋轢の話をした。
ダキアにとってウルススの話は俄かには信じがたいものだった。ミザル、アルコー、フェルカドの話が真実なら、それは、いつぞやシェダル兄が話を振ってきたシャイヤー湾の舗装道問答の解でもあり、結果、ウルススがサピエンスに対して異常なほどに敵愾心を抱くのは至極当然の帰結と言えた。
ならばやはりパンテラ系の姫に部隊を預けるのは合理的かもしれない。横目でシェリアルの様子を窺うと、シェリアルもダキアの方を見遣っていて、視線が合うと小さく頷いてきた。
これでウルススの問題は大丈夫。片付いた。後はタイミングを見計らってミザル達に頭を下げよう。
当時は知らぬこととはいえ酷い物別れをしたのだ。
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